表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/88

第67話:感謝と勘定

 再びジークフリートが割って入った。

「しつこいぞ、奉行! いいか、よく聞け。俺が魔王を倒さなかったら、この世界は滅んでいた。お前らが今こうして温泉に浸かって団子を食ってられるのは、俺のおかげだ。感謝こそすれ、金を請求するなんて——」


「感謝」


カゲアキが静かに繰り返す。


「感謝、ねえ」


立ち上がる。飄々さが消える。


「お前さんが魔王を倒したのは事実らしい。ご苦労だった。——だがな」


「感謝と勘定は別だ」


白洲が静まり返る。


「世界を救ったから宿代がタダになるか。ならん。世界を救ったから屋台をひっくり返していいか。よくない。世界を救ったから家を壊していいか。いいわけがないだろう」


「お前さんがやったのは"魔王を倒した"だ。立派だ。だがお前さんがここでやったのは"町を壊した"だ。——別の話だ。功績と犯罪は相殺しない。百の善行があっても、一の悪事は一の悪事だ」


 ジークフリートが搾り出す。

「俺は英雄だぞ……」


「英雄なら、なおさら恥を知れ」


法廷が静まる。ジークフリートが、初めて黙った。



 ◇ ◇ ◇


カゲアキが着流しの片肌を脱いだ。


あらわになった右肩から背にかけて、鮮やかな墨色が躍る。

 それは、舞い散る花吹雪とともに枝を伸ばす、見事な垂れ桜の刺青だった。諸国巡回奉行のみがその身に刻むことを許される、法の番人の証。


「この桜が……まあ、背中だから自分じゃよく見えんのだがな」

 カゲアキが少し照れくさそうに肩をすくめると、控えていたハヤテがすかさず呆れた声を出す。

「お奉行! 毎回それ、やらなくてもいいと言っているでしょう!」

「馬鹿を言え、様式美だ。——黙れ」


カゲアキは再び座に戻り、手にした扇子を膝の上でパン、と力強く叩いた。


「これより、裁きを申し渡す」


「勇者ジークフリート・フォン・グランツ。器物損壊、脅迫、宿泊費詐取、その他町内における乱暴狼藉。被害総額二百六十両の、全額弁済を命じる」


「二百六十両だと!? そんな金、あるわけねえだろ!」


「払えないなら、町の修繕を自分の手でやれ。お前さん、攻撃力八千五百なんだろう? その力で壊したんだ。その力で直せ。家を建てろ。屋台を組め。看板を掛け直せ。——町が元通りになるまで、この里から出ることまかりならん。なお、勇者認定証は東嶺国内では紙屑に等しい。ただの旅人として、一般労働者と同じ日当で働いてもらう。勇者加算など一文たりとも認めん」


「戦士バルド。屋台破壊および町人への暴行。弁済に加え、禁錮三十日を申し付ける。牢で酔いを覚ませ」


「魔法使いフェリックス。放火の罪により弁済を命じる。——本来、大火であれば火罰が相当だが、燃えたのは看板一枚だ。お前は"止められなかった"と言った。嘘じゃないだろう。禁錮は免じる。だが看板を燃やした温泉宿で、修繕が終わるまで無償で働け。自分の手で直せ。それがお前の"止められなかった"の落とし前だ」


「回復魔法使いエルザ。直接の加害行為はない。——だが"ジーク様がおっしゃるなら正しい"と言って全てを肯定した。それは共犯だ。弁済に参加しろ。あと——」


カゲアキは一拍置いた。


「自分の頭で考える練習をしろ。それは判決じゃなく忠告だ」


扇子で膝をパンと叩く。


「——これにて一件落着」



 ◇ ◇ ◇


数日後。霧隠の里には、小気味よい木槌の音が響いていた。


「おい、そこ! 柱が曲がってるぞ! 右だ、もっと右!」

 大工の棟梁トメゾウの怒鳴り声が飛ぶ。

「クソッ、なんで俺がこんな……! 重い……なんだこの丸太は!」

 額に汗を浮かべ、泥にまみれて巨大な木材を担いでいるのは、かつての勇者ジークフリートだ。攻撃力八千五百の怪力も、棟梁の「建築の理屈」の前では宝の持ち腐れ。少しでも手元が狂えば、「攻撃力は高いが理解力は低いな、このガキは!」と怒号が飛んでくる。


温泉宿の前では、魔法使いフェリックスが慣れない手つきで筆を握っていた。

「……フェリックスさん、字が下手ねえ。これじゃ看板にならないわよ。もう一回書き直し!」

 女将にピシャリと言われ、彼はため息をつきながら墨をすり直す。


市場では、回復魔法使いのエルザが魚屋の親父に捕まっていた。

「いいか嬢ちゃん、魚を触るときは優しくだ! 魔法で鮮度を戻せばいいなんて思うなよ、職人の意地があるんだ!」

「は、はい! すみません!」


牢屋の格子窓からは、バルドが暇すぎて筋トレに励む姿が見えた。


カゲアキは温泉に浸かっている。


「お奉行。勇者が"いつまで働けばいい"と聞いています」

 ハヤテが湯の外から声をかける。

「町が直るまでだ」

「……あと何日くらいでしょう」

「棟梁に聞け。あの棟梁が"よし"と言ったら終わりだ。攻撃力十二の棟梁がな」


カゲアキは湯船で団子を頬張った。


「…………いい湯だ」


「お奉行。次の巡回先が——」

「まあまあ。もう一日くらい」


遠くで勇者が木材を落として棟梁に怒鳴られている声が聞こえる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ