第6話:世界は回る
魔法新聞の一面。「勇者レオン、裁判で堂々たる態度——"お金の話はよくわかりません"に国民感動」。二面には勇者の新しい冒険計画と、ファンクラブ『聖剣の誓い』による「裁判勝利記念パレード」の告知。判決内容は三面の片隅に五行。不当解雇の認定にも、追放理由の虚偽にも、未払い報酬の存在にも、一言も触れていない。
勝利記念パレード。勝ったのはリーゼのほうなのだが、そんなことは誰も気にしていなかった。
勇者の自伝はさらに売れていた。帯が変わっている。「あの裁判の真実!」。発売三週間で七刷。リーゼの名前はまだ仮名のままだ。判決は出たが、出版社は「改訂版は検討中」とだけ発表して動かない。検討中とは、やらないという意味の王都方言だ。
冒険者ギルドでは、わざとパーティーから追放されようとする冒険者が続出しているらしい。窓口で「追放証明書を発行してください」と頼む者。「追放されたことにしてくれたら報酬を山分けする」と持ちかける者。窓口の職員が一日で三人辞表を出した。
「追放されたら裁判で金もらえるんだろ?」。違う。そういう話ではない。だが、そう伝わってしまった。法律は正しく機能したのに、社会は正しく受け取らなかった。
ゲルダ・モーゲンシュテルン法律事務所の前には行列ができていた。ゲルダは満面の笑みで新規顧客を迎え入れている。手にはチラシ。「追放されたあなたへ——ゲルダ・モーゲンシュテルン法律事務所は、冒険者の権利を守ります。初回相談無料。成功報酬三十パーセント」。正義の味方か金の亡者か。おそらく両方だ。両方だからこそ、この女は強い。
◇◇◇
夕方、ヴェルナーの執務室。
ハンスが次の案件を持ってきた。だがその前に、一通の伝言を読み上げた。
「被告側代理人のオスヴァルト先生から伝言です」
「聞きたくないが、言え」
「"今回はいい勉強になった。次に勇者が仲間を外すときは、事前に簡素な解雇理由通知書を用意させる。一枚紙で十分だ。理由欄は"総合的な判断"とでも書けば足りる。これで法的な不備はなくなる。司法もたまには役に立つものだ"——とのことです」
ヴェルナーは椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。
司法は、勇者の横暴を止める武器にはならなかった。それどころか、次に「もっと上手くやる」ための知恵を、最強の特権階級に授けてしまった。不当解雇を不当解雇と認定した判決が、次の合法的な解雇を生む。
「……ハンス。私は、何かを変えられたのか」
「少なくとも、リーゼ・ハイルマンの三年間に、名前は戻りました。それだけは事実です」
「……そうか」
「踏みにじられた事実に名前を付け直す。判事にできるのは、それくらいです。——それくらい、と言うべきか。それだけは、と言うべきか。私には判断しかねますが」
ハンスにしては長い言葉だった。ヴェルナーはわずかに目を開けた。
◇◇◇
リーゼは街を出た。別の町で薬屋を開くらしい。百万クローネを元手に。
判決で勝ったはずなのに、去っていくのは彼女のほうだった。
荷物は少ない。鞄の中で、薬草の入った袋だけが不自然にふくらんでいた。
◇◇◇
ハンスが次の案件の書類を差し出す。
「クラフト判事。明日の案件です」
「何だ」
「"チートスキルの持ち込みに関する関税法違反"です」
「…………」
ヴェルナーは窓の外を見た。夕焼けの王都。書店の前ではまだ子供たちが勇者ごっこをしている。「お前は火力が足りないから追放な!」の声が、ここまで聞こえる。
昨日と同じ声。昨日と同じ遊び。裁判があったことなど、子供たちは知らない。
卓上の胃薬の小瓶を手に取った。蓋を開ける。
——飲まなかった。
おかしいのは私ではなく世界のほうだ。




