表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界判事―その奇跡、証拠はありますか?―  作者: 麻野籐次郎
Z-201号 勇者パーティー追放裁判 不当解雇等請求事件
5/29

第5話:最終弁論と判決

 ゲルダが立ち上がった。最初の三十秒は、見事だった。


「裁判長。三年間という時間は短くありません。朝に薬草を摘み、昼に配合し、夜に仲間の傷を癒す。それを千日繰り返した女性がいます。彼女の名前はリーゼ・ハイルマン。リーナではありません」


 傍聴席の空気が変わった。ファンクラブの数人が目をそらした。さっきまで応援うちわを振っていた女性が、うちわを膝の上に伏せている。


「原告が求めるのは、否定された三年間の回復です。金銭はその象徴にすぎません——」


 ここまでは良かった。


「——具体的には、慰謝料三億クローネ、自伝の印税の五十パーセント、今後の映画化・舞台化・絵巻化における原作監修権および拒否権、勇者パーティー公式紋章の使用許諾、グッズ化における肖像権の共同保有、ファンクラブ会員名簿の開示請求権、ならびに被告の次回作における事前校閲権——」


「弁護人」


「はい」


「最終弁論は、欲望のカタログを読み上げる場ではありません」


 ゲルダは舌打ちしたが着席した。三十秒で心を掴み、次の三十秒で台無しにする。この弁護士の通常運転だった。


 続いてオスヴァルト。


「裁判長。勇者とは何か。神に選ばれし者であり、国家の盾であり、民の希望であります。四百年前、初代勇者アルベルトが魔王を打倒して以来、勇者は法を超えた存在として——」


「弁護人」


「はい」


「勇者認定法前文の朗読は不要です。前文に法的拘束力はありません」


 オスヴァルトは眼鏡の位置を直し、「お若い方は前文の精神をお軽くなさる」と呟いた。この男は六十を超えた相手にも同じことを言うだろう。


「では条文に基づき申し上げましょう。たとえ通達によって枠を空ける必要があったとしても、誰を選ぶかは勇者の自由です。もしこの追放を不当とするならば、今後すべての冒険者は、仲間と別れるたびに裁判所に怯えることになる。冒険という文化そのものへの冒涜であります」


 どちらの弁護士もまともじゃない。

 だが、まともじゃない弁護士の間にも、真実はある。正論と暴論の瓦礫の中から事実だけを拾い上げて言葉にする。それが判事の仕事だ。楽しいかどうかは別として。


 ヴェルナーは胃薬を噛み砕いた。苦い。だが、頭は冴えていた。


◇◇◇


 判決を述べる。


 法廷は静まっている——ように見えた。

 実際には静まってはいない。レオンは被告席で聖剣の柄を磨いている。磨き終わったのか、今度は鍔の宝石を光にかざして眺めていた。ゲルダは電卓を弾いている。勝訴した場合の報酬の計算だろう。オスヴァルトは次の案件の書類を広げていた。この裁判はもう終わったことなのだ。彼にとっては。

 傍聴席の記者は判決前から原稿を書いていた。見出しが見える。「勇者レオン、裁判で堂々たる態度」。判決がどちらに転んでも使える見出しだ。


 リーゼだけが、窓の外を見ていた。

 夕方の光が、原告席に長い影を落としている。


 誰も、判決の中身など興味がないのだ。

 この場所で真実と向き合おうとしている人間は、裁判官席に一人だけ。


 ヴェルナーは水を一口含み、判決書を開いた。


「第一。勇者パーティーにおける原告の地位について。原告は三年間にわたり薬師として継続的に役務を提供し、パーティーの指揮命令系統に従い、日常の行動を共にしていた。報酬の約束が存在し、役割の分担があり、離脱の自由が事実上制限されていた。これらの実態に鑑み、本法廷は原告とパーティーの関係を事実上の雇用関係と認定する」


 四百年の法制史において初めて、勇者パーティーが「雇用」と認定された瞬間だった。だがその歴史的判断に対し、被告は「雇い主? 俺は勇者だけど?」と不思議そうな顔をしている。


「第二。追放の正当性について。追放理由として示された"火力不足"は、証拠により虚偽であることが判明した。実際の理由はパーティー人数上限の通達に伴う枠の都合である。虚偽の理由に基づく追放は、勇者認定法第十二条の編成権の正当な行使に該当しない。本法廷は追放を不当解雇と認定する」


「第三。勇者特権の範囲について。勇者認定法第十二条は編成権を勇者に一任しているが、これは理由を偽って構成員を追放する自由を含むものではない」


 ヴェルナーはそこで一度、言葉を切った。

 法廷を見渡す。レオンは剣を磨いている。ゲルダは電卓を弾いている。オスヴァルトは書類を読んでいる。記者は原稿を書いている。

 リーゼだけが、こちらを見ていた。


「第四。判決。被告レオン・アストレアに対し、原告への賠償金百万クローネの支払いを命じる。内訳は未払い報酬六十万クローネ、慰謝料四十万クローネ。加えて、自伝における原告の貢献を実名で明記するよう命じる」


 ヴェルナーは判決文を置いた。

 誰にも届かない、正しい言葉。


 沈黙。


 レオンが顔を上げた。


「で、俺は何すればいいの?」


 リーゼが窓から視線を戻した。


「……もう、どっちでもいいです」


 勝訴した。法は彼女の正しさを認めた。だが百万クローネの紙切れ一枚では、失われた三年間も、奪われた名前も戻ってこない。

 勝訴と救済は違う。ヴェルナーはそれを知っていた。


 誰にも聞こえない声で言った。


「……閉廷」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ