第47話:十三回
「補助参加人として、量刑について意見を申し述べます」
補助参加人席のラドミルが立ち上がる。その巨躯が法廷に落とす影は、被告席を飲み込むほどに深く、重い。金色の縦瞳がユウキを捉え、地鳴りのような声が石壁を震わせる。
「ヴァルガス大公領の刑法には、『致命刑』という規定がある」
聞き慣れぬ言葉に、ユウキの肩が小さく揺れる。ラドミルは淡々と、その凄惨な定義を口にする。
「死刑を執行した後、蘇生魔法を用いて対象を蘇生し、直ちに再び死刑を執行する。……蘇生の回数は、宣告された刑の回数より一回少ない。十三回の致命刑であれば、十二回の蘇生が行われる。そして十三回目の死は、蘇生されることはない」
法廷が、呼吸を忘れたような沈黙に包まれる。
「大公領において、この回数は『被害者の死によって人生を破壊された者の数』に応じて定められる。……ゴーラ・グランの死によって、未来を奪われた者の内訳を申し述べる」
ラドミルが、一枚の書類を読み上げる。
「第一に、孫のメル。当時十歳。唯一の肉親を奪われ、その人生は断絶した。一回。
第二に、ゴーラが養育していた近隣の孤児三名。彼らの生活基盤は消滅し、再び過酷な困窮へと放り出された。三回。
第三に、ゴーラの商売で生計を立てていた従業員二名。二回。
第四に、ゴーラの仕入れ先であった大公領の農家六名。主要な販路を失い、廃業を余儀なくされた。六回。
第五に、ゴーラの死を看取ることすら叶わなかった大公領の旧友一名。一回」
ラドミルが書類を閉じ、ユウキを静かに見据えた。
「計十三名。一人につき、死を一回。被告に対し、致命刑十三回の適用を求める」
ユウキの顔から、完全に血気が引いていく。
主席裁判官ローレンツは、一度だけ目を閉じ、深く息を吐く。
「……ゴーラ・グランはこの都市で三十二年間暮らし、三十年間にわたり誠実に商売を行い、税を納めてきました。彼女はこの都市の信頼の柱であり、多くの人々に慕われていた市民です」
ローレンツが、手元の決定書に最後の一筆を刻む。
「被告人ユウキ・アサヒ。あなたを殺人罪で有罪とします。これは勇者の行為ではありません。殺人です」
宣告が下る。ユウキの身体が崩れ落ちそうになるのを、手枷の鎖が繋ぎ止める。
「本法廷は、大公領の致命刑制度を採用します。——主文。被告人ユウキ・アサヒを、致命刑十三回に処す」
十三回の死。
ユウキはその数字の重圧に、ただ震えることしかできない。
「ゴーラは三十年間、人を助けて、孫を育てて、笑顔で商売をして死んだ。あなたは七十八歳のおばあさんを背中から刺して死ぬ。……行き先が同じはずがない」
ローレンツは視線を傍聴席へ向けた。
「なお、パーティーメンバーであるブルーノ、エリザ、テオの三名について。殺害への直接的な関与は認められません。しかし、これまでの旅路における監督責任、並びに道義的責任は極めて重い。——よって、三名に対し、当市からの即時退去、並びに再入国の永久禁止を命じます」
ブルーノが、深く頭を垂れた。
「……受け入れます」
法廷の扉が重く閉ざされる。
◇◇◇
外征審査局、窓口。
夕刻の陽光が差し込むフロアは、以前と変わらぬ静謐さに満ちている。だが、受付に座るハンナの顔に、あの春の陽光のような微笑みは戻っていない。
「ハンナ審査官。次の申請者です」
書記官の問いかけに、ハンナは重い瞼を上げた。
「……何の申請ですか」
「通行許可です。大公領へ向かう普通の商人の方です」
「そうですか……」
ハンナは立ち上がり、棚からティーカップを取り出す。陶器が触れ合う小さな音が、静かな空間にやけに大きく響く。
お茶を用意する彼女の手は、わずかに、だが確かに震えていた。
「——お茶をお持ちしますね」
◇◇◇
裁判官執務室。
ローレンツは、最後の一筆を書き終えた判決文を静かに閉じた。
「この都市で殺人事件が起きたのは、十二年ぶりです」
傍らに控える書記官が、驚いたように聞き返す。
「十二年前は何でしたか」
「酔っ払いの喧嘩です。……ですが、『正義のための殺人』というのは、開都以来初めてです」
ローレンツは窓の外、暮れゆく街並みを見つめる。
「『正義のための殺人』」
書記官がその言葉を繰り返す。
「ええ。本人はそう信じている。——だからこそ、あらゆる私欲による凶行よりも、この判決は重い」
◇◇◇
石造りの独房は、骨まで凍えるほど冷たい。傍らに置かれた聖剣は、幾重もの魔力封印によってただの鉄塊に成り下がっている。かつて世界を救うと豪語した少年は、今や囚人服に身を包んだ、ただの十八歳の子供だ。
鉄格子の向こうで、看守が事務的に告げる。
「一回目の執行前に、名前が読み上げられる。メル・グラン。十歳。被害者の孫だ」
ユウキは微動だにしない。闇の中で、自分の震える呼吸だけが白く浮いて消える。
「十三回目まで、毎回違う名前が読み上げられる。お前が壊した、十三人の人生だ」
看守の足音が遠ざかる。
俺は勇者じゃなかった。最初から——ただの人殺しだった。
十三回死んでも、これっぽっちも足りない。
◇◇◇
十歳の鬼族の少女メルは、祖母の店があった石畳の上に立っている。
その手には、魔王から届いた下手な文字の誕生祝いが握られている。
メルは空っぽの空間を見つめ、静かに呟く。
「おばあちゃん。——あの人が来る前は、普通の日だったのにね」
◇◇◇
揺れる馬車の車輪が、夜の石畳を叩く。ラドミルは金色の瞳を閉じ、深く座席に身を預ける。
従者が迷いながら尋ねる。
「致命刑十三回が認められました。……陛下は、これで満足されるでしょうか」
「陛下は満足などなさらん。ゴーラは帰ってこない。十三回殺しても帰ってこない。……刑罰は報復ではない。再発の防止だ。『勇者』を名乗れば人を殺していいという、あの醜い妄想が二度と生まれぬように。それだけだ」
ヴァルガス大公領は、直後に声明を発する。
ゴーラ・グランは三十年間、人間と魔族の架け橋であった。彼女の死を深く悼む。なお、大公領はエクイリブリアの司法判断を尊重し、報復措置は取らない。ゴーラがそう望んだであろうから。




