第30話:冒険者ギルドとは何者か
「国際機関としての実態がないとなると、このままでは『自称・国際機関』という、少々お恥ずかしい定義になってしまいます。それは避けたいところですね。――では、暫定的に別の分類で審査を進めましょう。同業者組合としての側面についてです」
「待て、ニクラス審判官」
ハインリヒが身を乗り出し、机を叩く。
「我らは冒険者ギルドだ。だが、その実態は単なる商人や職人の組合とは一線を画す。あのような、身内だけで利益を貪る閉鎖的な集団と一緒にされては困る」
「……あの、いいですか」
傍聴席から、遠慮のない声が響く。
レナが片手を挙げ、困惑した顔でハインリヒを指差した。
「そもそも『ギルド』って、組合って意味じゃないのか? 組合じゃないのに、なんで名前にギルドって付けてんだよ」
審判廷の空気が、一瞬で凍りつく。
ハインリヒは口を金魚のように開閉し、エーリッヒはこめかみを押さえて天を仰いだ。事務官たちがクスクスと漏らす笑い声が、静かな部屋に波紋のように広がる。
「……名称の問題はさておき」
ニクラスが咳払いを一つして、場を戻す。その瞳には、知的な好奇心が色濃く滲む。
「組合の定義に基づいて確認します。冒険者ギルドにおける『組合員』とは誰を指しますか。登録されている冒険者ということでよろしいですね」
「いいえ」
エーリッヒが、絞り出すような声で答える。
「冒険者は、ギルドのサービスを受ける『利用者』です。法的な意味での構成員、つまり組合員ではありません」
「おや」
ニクラスはわざとらしく眉を上げる。
「組合という組織には、本来『利用者』という概念は存在しません。自分たちの権利を守るために集まった構成員が、自分たちのために活動するのが組合です。構成員でない者のために活動する組織は、組合ではなく『サービス事業者』と呼びます」
ニクラスは机の上に、別の書類を並べた。
「リベルタスの商人ギルドでは、登録された商人は全員が組合員です。彼らは組織の最高意思決定機関において、一人一票の議決権を持ち、役員を選出し、会計の監査を行う権利があります」
ニクラスは顔を上げ、エーリッヒをじっと見つめる。
「では、冒険者ギルドについて伺います。冒険者に、組織の運営に対する議決権はありますか」
「ありません」
「ギルドマスターや幹部役員の選出に、冒険者は関与しますか」
「しません」
「ギルドの会計報告は、冒険者に対して公開されていますか」
「非公開です」
審判廷に、エーリッヒの事務的な回答だけが虚しく響く。
ニクラスは「なるほど」と深く頷く。
「整理しましょう。冒険者には議決権がなく、役員の選出権もなく、金がどう使われているかを知る権利もない。これは組合ではありません。冒険者はギルドの構成員ではなく、単なる『顧客』です。そしてギルドは、冒険者に仕事を紹介し、仲介手数料を取るだけの民間事業者であるということになります」
ハインリヒは顔をこわばらせ、拳を握りしめる。
「民間事業者だと……? 我らが、ただの商人と同じだと言うのか。我らは命を懸けて魔獣と戦う者たちを支え、大陸の安寧を――」
「支えているのは『顧客』に対するアフターサービス、ということになりますね」
ニクラスはにこやかに断言する。
傍聴席で、レナがぽつりと漏らした。
「……ただの人売りの窓口じゃねえか」
ニクラスの口元が、わずかに、本当にわずかにピクリと動く。それは審判官としての仮面が剥がれかけた、極めて人間的な笑みの兆しだった。
けれども、追い詰められた側もまだ黙ってはいない。
「……最後の一つ、行政機関としての側面についても触れておくべきでしょう」
法務顧問エーリッヒが、震える指先で眼鏡を直しながら口を開く。もはや、彼の表情には冷静な策士の面影はない。
「冒険者ギルドは各国からダンジョン管理を正式に委託された機関です。公的な秩序を維持する役割を担っており、行政機関に準ずる地位にある……。そう解釈すべきではありませんか」
「委託、ですか。良い言葉ですね」
ニクラスは柔らかく微笑む。
「では、その委託契約書を確認させていただけますか」
「三百年余り前の設立協定に、付随する形で含まれております」
「その設立協定とは、先ほど原本が所在不明で、締約国の過半数がすでに滅亡していると確認した、あの文書のことですね?」
エーリッヒが絶句する。ニクラスは構わず、淡々と続けた。
「委託元が消滅し、契約書も存在しない。それで『行政機関』を自称するのは、法的には少々無理があります。ですが、百歩譲って貴ギルドを行政機関だと仮定しましょう。そうなると、当然ながら公的な義務が発生します」
ニクラスが指を折り、一つずつ数え上げる。
「会計の全面公開。予算執行に関する年次報告書の提出。外部監査の受け入れ。そして、今回のような処分に対する透明性の高い不服申立て手続きの整備。……エーリッヒ殿、このうち現在履行しているものはいくつありますか」
「…………」
「正直にお答えください。ここは審理の場です」
エーリッヒは一度、隣に座るハインリヒを見た。ギルドマスターは、真っ白な灰にでもなったかのように動かない。
「……ゼロです。一つも履行しておりません」
「ありがとうございます。非常に明快な回答だ」
ニクラスが筆を置き、ゆっくりと背もたれに体を預ける。
審判廷を、重苦しい沈黙が支配した。傍聴席の冒険者たちも、もはや野次を飛ばすことすら忘れ、教壇の審判官を凝視している。
ニクラスは、穏やかな笑顔のまま言葉を紡ぎ出した。
「三百年もの長きにわたって存続した組織というものには、三つの可能性があります」
一呼吸置き、彼は人差し指を立てる。
「一つ。極めて優れている」
二本目の指を立てる。
「二つ。時代に合わせて変化している」
そして三本目の指を。
「三つ。……誰も調べていない」
ニクラスの視線が、ハインリヒを射抜く。
「今回調べた結果、冒険者ギルドは三つ目でした」
「……何だと」
ハインリヒが、絞り出すような声を漏らす。ニクラスは冷徹なほど事務的に、これまでの審理を総括した。
「国際機関。根拠となる条約が有効か不明。いわば『自称』です」
「同業者組合。構成員であるはずの冒険者に議決権がない。名乗っているだけです」
「行政機関。委託契約が存在せず、公的な義務も果たしていない。機能していません」
ニクラスは身を乗り出し、静かに問いかける。
「ギルドマスター・ハインリヒ殿。率直に伺います。……冒険者ギルドとは、法的に見て、一体何者なのですか」
ハインリヒは答えられない。
三百年、大陸の安寧を守ってきたという自負。数多の英雄を輩出してきたという歴史。そのすべてが、法というメスによって解体され、中身が「空っぽ」であることを暴かれた。
「……組合でも役所でも国際機関でもない。何者でもない」
傍聴席で、レナが立ち上がっていた。
その瞳には怒りではなく、深い困惑と、ある種の覚醒が宿っている。
「でも、あんたたちはダンジョンの入場料を取ってる。勝手にランクを決めて、俺たちの稼ぎから手数料を引いてる。何者でもないはずの奴らが、俺たちの人生のすべてを支配してる。……これ、なんて言うんだよ。法的にはどう説明がつくんだ?」
レナの問いに、審判廷の全員がニクラスを見る。
ニクラスは眼鏡を外し、丁寧に布で拭き取った。その目は、未知の問いを前にした学者のそれだ。
「良い質問ですね、レナさん。何者でもない組織が、公的な権限を行使し、私的な利益を上げている。これを法的にどう定義すべきか」
ニクラスは眼鏡をかけ直し、穏やかに、しかしどこか楽しげに笑む。
「――これから決めます。それがこの審判の目的ですから」




