第3話:勇者の証言、そして仮名
格好がいい人間の言葉は、正しく聞こえてしまう。
勇者レオン・アストレアが証言台に立った。立っただけで法廷の空気が変わる。傍聴席のファンクラブが姿勢を正し、記録魔法使いが記録石の角度を調整した。
白銀の鎧が窓からの光を反射し、金髪が神話の英雄のように輝いている。ヴェルナーは眉間に皺を刻んだ。この男が口を開けば、論理も法律もカリスマの濁流に押し流されかねない。
「レオン殿。薬師リーゼを追放した理由を、改めてご説明ください」
「火力が足りなかったからです」
「薬師に火力を求める理由は」
「魔王城は火力がすべてです。回復はアリシアがいれば足りる」
ヴェルナーは訴状の資料を確認した。
「確認します。リーゼを追放した後、パーティーに加入したのは聖女アリシア。回復術師ですね」
「はい」
「薬師を"火力不足"で外して、入れたのが回復術師。火力は上がっていないのでは」
「聖属性魔法は攻撃にも使えます」
「使えますが、聖女アリシアの主たる役割は回復術ではありませんか」
「回復もできるし攻撃もできる。二刀流です。薬師より上位互換です」
論理が破綻しているのだが、レオンの顔があまりにも自信に満ちているので、一瞬だけ正しく聞こえてしまう。
ヴェルナーは話題を変えた。
「薬師がいなくなったことで、パーティーのポーション調達はどうなりましたか」
「買ってます。市場で」
「月間の費用は」
「さあ。経理はアリシアに任せているので」
ヴェルナーは資料から数字を引いた。市場価格から算出した月間ポーション費用、約十万クローネ。リーゼが在籍していた頃は素材費のみで月二万クローネ。差額は月八万。年間にすれば——
「レオン殿。追放による追加コストは年間約百万クローネです。この点についてのご見解は」
「お金の話はよくわかりません。俺は勇者なので」
傍聴席のファンクラブが拍手した。なぜ拍手するのだ。何に感動したのだ。
「もう一点確認します。パーティーメンバーとの間に、労働契約が存在するという認識はありましたか」
レオンは心底おかしそうに笑った。
「契約? 裁判長、俺たちは仲間ですよ? 家族と言ってもいい。家族の間で"時給いくらで愛し合おう"なんて契約を交わす人間が、この世にいるんですか?」
傍聴席からどっと笑いが起きる。
「追放の際、リーゼに退職金あるいは報酬の精算は行いましたか」
「してません。だって魔王はまだ倒してないですから。"倒したら分ける"って約束したんで」
「つまり、三年間の労務に対する報酬が未払いのまま、追放した」
「追放っていうか、パーティー編成の最適化です。勇者には編成権があるんで」
被告席で堂々としたその顔は、嘘をついている顔ではなかった。本気でそう思っている。ヴェルナーは長年の法廷経験で知っている。嘘つきよりも厄介なのは、自分が正しいと心の底から信じている人間だ。
原告席のリーゼが唇を噛んでいた。怒りではない。もっと深い、諦めに近い表情だった。三年間一緒に旅をした相手が、自分の名前すら正確に覚えているか怪しい。そういう顔。
ヴェルナーは三錠目の胃薬を飲んだ。
◇◇◇
休廷。控室。
「どうされますか、クラフト判事」
ハンスが白湯を注ぎ直しながら訊いた。
「どうもこうもない。法律に従うだけだ」
「……胃薬、追加でお持ちしましょうか」
「頼む」
ヴェルナーは天井を見上げた。勇者のカリスマ、ファンクラブの熱狂、弁護士同士の応酬。それらを全部脇に置いて、事実と法律だけで判断する。それが判事の仕事だ。
◇◇◇
午後の審理が再開された。証拠調べに入る。
ゲルダが一冊の本を高く掲げた。あの本だ。書店の平積みで山になっていた、勇者レオンの自伝。
「証拠甲第四号。『俺は勇者だ——レオン・アストレアが語る、魔王討伐の真実』。発行部数十五万部。印税収入三百万クローネ」
ゲルダは本を法廷に見せつけるように回す。
「そしてこの本の中に、原告の名前は一度も登場しません」
ゲルダは本を閉じず、法廷に向けて開いたまま数秒待った。
「百三十七ページを朗読します」
ゲルダが該当のページを開いた。
「"あの夜、俺は毒に倒れた。意識が朦朧とする中で、誰かが温かい薬草茶を淹れてくれた。一口飲んで、涙が出た。あの味は今でも忘れない。——彼女がいなければ、俺はあの夜、死んでいたかもしれない"」
法廷が静まった。さっきまで応援うちわを振っていたファンクラブも、この一節には聞き入らざるを得なかった。
「なお、本文中で"彼女"は"リーナ"という仮名で記載されています。原告リーゼ・ハイルマンの名前は一度も登場しません」
ゲルダが本を閉じた。
「命を救った相手の名前を変え、印税を一銭も払わず、そして追放した。以上が被告の行いです」
傍聴席が揺れた。ファンクラブの中にも顔をしかめる者がいる。
「被告。なぜ仮名にしたのですか」
ヴェルナーがレオンに問うた。レオンは事もなげに答える。
「彼女のプライバシーを守るためです。控えめな性格ですから、実名を出したらかえって迷惑だろうと」
「印税については」
「俺が管理して次の冒険の資金にしたほうが、みんなのためになります」
一点の曇りもない顔。本気で「配慮した」と信じている。善意のつもりの暴力。それがこの勇者の本質だった。
「リーゼ……? ああ、リーナのことですね」
名前すら正確に覚えていない。
ヴェルナーは目を閉じた。
「裁判長。原告本人が発言を希望しています」
リーゼが立ち上がった。声は小さかったが、法廷の隅まで届いた。
「お金じゃないんです」
リーゼの指が、机の縁を握りしめた。
「三年間、毎日薬草を摘んで、毎晩ポーションを作って、誰かが怪我をすれば夜中でも起きて。——それが全部、"なかったこと"にされた」
リーゼの指が、机を白くなるほど強く掴んでいる。
「"リーナ"って誰ですか。私はリーゼです。三年間そこにいたのは私です」
法廷が静まり返る。ファンクラブの拍手はなかった。数人が自伝を鞄にしまうのが見えた。
ヴェルナーは胃薬に手を伸ばしかけて、やめた。この痛みは、錠剤では治らない。




