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異世界判事―その奇跡、証拠はありますか?―  作者: 麻野籐次郎
K-007号 SSS級の暴走 器物損壊事件
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第23話:「またやっちゃいました」

 石造りの噴水があった場所には、現在、直径四メートルほどのクレーターが口を開けている。


 広場の中央で街を見守っていた創設者の像は、無惨にも首から上が消失していた。周囲に飛散しているのは、石の破片だけではない。八百屋の屋台から弾け飛んだと思われる、おびただしい数のキャベツが、戦場のごとく石畳を埋め尽くしている。


 アカデミア・マギストラの朝を告げる鐘が、朗々と響き渡る。


 普段なら学生や教職員が行き交う時間だが、今朝は広場の一部が縄で封鎖されている。通行人たちは、首を失った像を一瞥すると、慣れた様子で足早に通り過ぎていった。


 驚きも、恐怖もない。あるのは、今日一日の予定を乱されたことへの、微かな忌々しさだけだ。


 これが三回目なのだから、当然かもしれない。


 アカデミア・マギストラ法廷の裁判官、リディア・クロムウェルは、その惨状の前で足を止めた。


 朝日を浴びて、キャベツの切り口から滴る水分がキラキラと輝いている。


 魔法の才能がある人間は、壊すことに関しては天才だ。片付けるのはいつも、才能のない人間たちの仕事になる。


 リディアは指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、レンズをかけ直す。


「おはようございます、リディア裁判官。いい朝ですね。私の店以外は」


 足元から声がした。見下ろすと、八百屋の店主フランツが、ひしゃげた木箱の上に腰を下ろして訴状を書いていた。その顔は、怒りを通り越して悟りを開いた僧侶のように穏やかだ。


「三回目です。今度は俺のキャベツの列に、ピンポイントで来ました」


「被害届は?」


「今書いてます。書き慣れましたよ、この半年で。加害者の名前も住所も、指が覚えていますから」


 フランツが差し出した紙には、見覚えのある署名が躍っている。


「サイモン・ツヴァイト……。また、やったのね」


 リディアは頭上の「屋根のないパン屋」を見上げた。二階部分の壁が抉れ、断崖絶壁となった部屋からカーテンが風に揺れている。


 今回の爆発は、前二回を優に超える出力だったことを物語っていた。


◇◇◇


 アカデミア・マギストラ、第一法廷。


 ここは学院内に設置された法廷の中で、最も古い。そして最も狭い。


 高い天井には湿気による染みが浮き、オークの長椅子は使い込まれて黒光りしている。魔法の才能を持たない裁判官に与えられる、いわば「窓際」の法廷だ。


 だが、今朝のこの小部屋には、場違いな濃度の魔力が満ちている。


 被告席に座るのは二人。


 一人は、二十歳前後の青年サイモン。整った顔立ちには善良さが滲み出ているが、その瞳にはどこか決定的な「抜け感」がある。


 もう一人は、この街の象徴とも言える大賢者ヴィルヘルム・グランマイスター。七十を超えた老躯を贅沢な魔導衣に包み、ゆったりと椅子に深く腰掛けている。


 威力等級SSS。この国で最も価値のある資産とされる男が、キャベツを粉砕した罪で私の前に座っている。


 リディアは自身の等級である「E」を思い出し、内心でため息を吐いた。


 リディアは法衣の裾を捌いて教壇に立ち、木槌を一回、静かに叩いた。


「開廷します。被告、前へ」


 サイモンが、借りてきた猫のような動作で立ち上がった。ヴィルヘルムは「よっこいしょ」と独り言を漏らしながら、弟子の隣に並ぶ。


「さて、被告サイモン。三回目ですね」


 リディアの第一声に、サイモンは勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありません! でも、三回とも故意じゃないんです!」


「法の世界では、三回繰り返した過失を『常習的過失』と呼びます」


 リディアは眼鏡をかけ直し、手元の書類をめくる。


「履歴を確認します。一回目。魔法演習場において標的を破壊し、防護魔法が施された外壁に深刻な亀裂を生じさせた。二回目。防御魔法の演習中に制御を誤り、演習場の床および地下設備を半壊させた。そして今回、三回目」


 リディアは報告書を机に置く。


「市街地での出力制御に失敗。近隣商店の屋根を消失させ、広場中央の噴水を爆破、および公共物である創設者像を損壊した」


 隣でヴィルヘルムが、白い髭をいじりながら口を開く。


「いやあ、リディア君。このサイモンは規格外の才能を持っておってな。わしも、出力の絞り方を教えるのを、少々後回しにしておった。すまんすまん」


 五十年で百人の弟子を育てた大賢者が、不始末を「後回し」の一言で片付けている。この男の辞書には、謝罪と煽りの区別がついていないらしい。


「ヴィルヘルム名誉教授。この法廷で『すまんすまん』で済むなら、裁判所は要りません。教師の監督責任についても、後ほど伺います」


 リディアの冷徹な一瞥に、大賢者は「おっと」と肩をすくめた。


 審理は被害額の特定に移った。


 原告席に立つ市当局の役人と、八百屋のフランツが算定された数字を交互に読み上げる。


「魔法演習場の特殊防護壁、修繕費。四十五万クローネ」


「民家の屋根、および内装修繕。十二万クローネ」


「広場中央噴水、および創設者像の復元。八万クローネ」


「キャベツ二百個、および什器の破損。三万クローネ」


 リディアが羽ペンで、法廷記録に数字を書き込んでいった。


「合計で、六十八万クローネ。被告、異議は?」


「あの……」


 フランツが控えめに手を挙げた。


「ジャガイモ十キロと玉ねぎ五キロ分は、土を落としたら売れそうだったので、請求から外しておきました」


「……そうですか。慈悲深い対応に感謝します、フランツさん」


 リディアは六十八万という数字を二重線で囲んだ。


 私の年収の三倍近い額だ。魔法使いの不始末を片付けるには、裁判官が三年間、水だけで生活する必要がある。


「サイモン、この金額の意味を理解していますか? 一般的な宮廷魔導師の年収を優に超えています。あなたは魔法を一回撃つごとに、家一軒を消し飛ばしているに等しい」


 サイモンは冷や汗を拭い、消え入るような声で答えた。


「はい……。でも、魔法の制御が、どうしてもその、思った通りに行かなくて。この世界の魔法の常識っていうのが、僕にはまだよく……」


 リディアはペンを置き、眼鏡をかけ直した。


「被告サイモン。確認ですが、あなたは異世界からの『転生者』ですね。前世では会社員をしていたと記録にあります」


「あ、はい。そうです。物流系の会社で事務をやっていました」


「では伺います。あなたが以前いた世界において、『他人の物を壊した場合は弁償する』というルールは存在しましたか?」


 サイモンは一瞬、呆気に取られた顔をした。


「……ありました」


「『公共物を破壊した場合は罰せられる』という常識は?」


「……当然、ありました」


「ならば十分です」


 リディアは断定した。


 この世界の常識を知らないことは、免責の理由にはならない。


 二つの世界の常識を持っているならば、判断材料はむしろ人より多いはずだ。それを無視するのは、無知ではなく、単なる傲慢と呼ぶ。


「あなたの知っているはずの常識を、ここでも適用しなさい。それだけで、噴水の首を飛ばし、屋根を削ぎ落とすような事態は防げたはずです」


 サイモンはぐうの音も出ない様子で、項垂れた。


「弁解はありますか?」


「いえ……ありません。魔法を使ったら、なんか、思ってた十倍くらい出ちゃって……」


「出力の制御については、師匠であるヴィルヘルム被告の責任も重いようですね」


 リディアは、隣に座る老人へと静かに視線を向けた。


 大賢者は、自分の名前を呼ばれると「ほう」と感心したように、リディアの顔を見つめ返している。その表情からは、事態の深刻さは微塵も感じられない。


「指導教官の監督責任についても、これより審理します」


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