表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界判事―その奇跡、証拠はありますか?―  作者: 麻野籐次郎
Z-803号 婚約破棄裁判 違約金請求事件
12/29

第12話:婚約破棄率百五十パーセント

「殿下の"正義"の歴史を振り返りましょう。——お時間をいただきます。三回分ありますので」


 ヴィクトールが鞄から三枚の報告書を、トランプのカードを配るように並べる。フリードリヒの顔が強張った。ヴィクトールは楽しんでいる。


「第一回。二年前。グラーフ伯爵家令嬢との婚約。破棄理由は"彼女が平民の少女をいじめたから"。ところが——この令嬢がしたのは、校則違反を注意しただけでした。そして殿下、破棄の一ヶ月前からその"守った"少女と毎日会っていた記録がギルド宿の宿帳にあります。偶然ですか」


 傍聴席がざわめく。ヴィクトールは二枚目の報告書に手を伸ばした。


「第二回。一年前。ミュラー侯爵家令嬢との婚約。破棄理由は"聖女候補に暴言を吐いたから"。ところがこの令嬢の指摘は魔力測定結果への正当な疑義であり、後に令嬢のほうが正しかったと判明しています。そしてこの聖女候補と、破棄の二週間前から二人きりでお祈りをしていますね。神殿の記録です。夜の祈りです。とても信心深い」


 傍聴席から笑いが漏れる。王子が赤くなっている。ヴィクトールはいよいよ嬉しそうだ。


「第三回が今回。全件正当行為。——三回とも同じパターンです。新しい女性が先にいて、破棄の理由を後から探した。しかも——三人の"守った女性"のうち、現在も殿下と交流がある方はゼロです。守った相手にすら飽きている。殿下の正義は、新しい女の匂いがするたびに発動する季節性のもののようだ」


 傍聴席が爆笑した。マティアスが「静粛に」と言うが、ヴィクトールは止まらない。


「これは正義ではありません。連続婚約破棄常習犯です。整理しましょう。殿下の婚約破棄率は百五十パーセントです。一度破棄して、さらに理由を作って破棄する。内訳は百パーセントと五十パーセントです」


「聖女の被害率も百五十パーセントです。実際の被害が百パーセント。殿下の想像が五十パーセントです」


 マティアスが口を開いた。「弁護人。数学的に成立しない数字を——」


「成立しないのは殿下の論理です。——ああ、殿下。そんな顔をなさらないでください。僕はあなたを嫌いではありません。あなたのおかげで僕は儲かっているのですから」


「弁護人。挑発は控えてください」


「失礼しました。事実の摘示が挑発に聞こえるのは、事実が挑発的だからです」


 ヴィクトール圧倒的優勢。だが直後——オスヴァルトが立ち上がった。その手には婚約契約書が握られている。


「見事な弁論でした。——では私からも一つ。この契約書を改めて見てください。第十四条、違約金条項。婚約期間一年あたり二百万クローネ。名誉毀損の加算規定。公開の場での破棄に対する特別慰謝料。——見事な設計です。見事すぎる」


 オスヴァルトの声が低くなる。


「お聞きしたい。誠実に婚約する人間が、なぜ破棄されたときの違約金を計算するのですか」


 法廷が静まった。


「カタリナ嬢は王子殿下の過去の婚約破棄歴をご存じだった。法学院で調べるのは容易です。"この王子は高確率で婚約を破棄する"——それを知った上で婚約し、破棄されることを前提に契約書を設計した。これは婚約ではありません。投資です。破棄されれば違約金で元が取れる。破棄されなければ王族と結婚できる。どちらに転んでもカタリナ嬢が得をする。——信義誠実の原則に基づく婚約契約とは到底言えません」


 ヴィクトールの表情が一瞬、固まる。自分の最強の武器——契約書——を裏返された。和解させれば勝率は守れる。だが今回、和解はない。カタリナが「恥をかかせろ」と言っている。和解では恥はかかせられない。つまり——勝つしかない。


◇◇◇


 リリアーネ・メルツが証言台に立つ。貴族の「フォン」を持たない平民。純粋無垢な佇まいは、殺伐とした法廷において、そこだけ陽だまりがあるかのようだった。


「カタリナ様は悪くないですよ?」


 第一声がそれだ。オスヴァルトが目を閉じる。自分の陣営の証人が、開口一番に相手を擁護している。


「論文の時も、私がつい参考資料をそのまま書き写してしまったのを、発表の場で厳しく教えてくださいました。図書室の時も、私が入ってはいけない場所を知らなかったから、守衛さんを呼んで……」


 王子が主張した「いじめ」の構図が、当の本人の口から「親切な指導」として語り直されていく。フリードリヒが叫んだ。「リリアーネ、君はあんなに泣いていたじゃないか!」


「殿下、私は……自分の間違いが恥ずかしくて泣いただけです。カタリナ様は一度も嘘をついていません」


 ヴィクトールが踏み込んだ。


「リリアーネさん。殿下に相談したとき、"何をされたか"は説明せず"ひどいことを言われた"とだけ伝えた。なぜ具体的に説明しなかった?」


「……具体的に言ったら、私が悪いことになるかもしれなくて……」


「つまり——自分に非があることを知っていた。知っていて隠した。"ひどいことをされた"とだけ伝えれば、殿下が自分の代わりに怒ってくれると。——知っていましたよね?」


 リリアーネの目に涙が浮かぶ。ヴィクトールは表情を変えない。


「前回の元婚約者を破棄させた聖女候補、エリーゼ嬢と面識は?」


「あります。仲良しです」


「エリーゼ嬢から"困ったら殿下に相談するといいよ"と言われましたか」


「……言われました」


「あなたには便利な才能がある。泣けば誰かが代わりに戦ってくれる」


 リリアーネが泣き始めた。フリードリヒが立ち上がりかける。「リリアーネに何を——」


「殿下。今がまさにそれです。彼女が泣き、あなたが立ち上がる。——聖女が泣くと殿下が動くそうです。しかし安心してください。泣かなければ動きません。——つまり問題は聖女の涙ではなく、殿下の条件反射です」


「僕が聞いたのは事実確認です。事実確認で泣く人間は、事実に心当たりがある人間です」


 マティアスが口を挟む。「弁護人。証人への配慮を」


「配慮は裁判長のお仕事です。僕の仕事は質問です」


 ここでオスヴァルトが乗った。原告席のカタリナを指す。


「聖女が"泣けば王子が動く"性質を持っていた。——カタリナ嬢はこれを知っていたのではないですか? 法学院卒の知性で、聖女の性質を分析し、王子の前で聖女が泣く場面を意図的に作った。聖女を道具として利用したのではないですか」


 法廷の空気が変わる。令嬢側にも疑惑が向いている。王子側も令嬢側も傷を負い、聖女の証言が法廷のバランスを完全にリセットしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ