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第6話 『女神との契約』

 最後の巻を読み終えた。俺の指先はまだ『スパークル・デスティニー! キュアキュア・パワー!』の表紙をなぞっており、久しく感じていたことのない独特の昂揚感に浸っていた。


 漫画を丁寧に閉じ、この場所で最も乾いた場所に置くと、視線を聖なるオンセンの中心へと向けた。


 聖域は依然として静まり返り、自分の呼吸音とアイリアナの規則的ないびきだけが響いている。


 アイリアナは滑らかな岩の一つに背を預け、深い眠りに落ちていた。


 頭を後ろにのけぞらせ、半開きの口からはよだれが垂れ、鼻には鼻提灯が膨らんだり萎んだりしている。


 もし彼女が威厳ある女神であったなら、信者の信仰を一瞬で打ち砕くような光景だ。


 俺は子供の足で石の床の冷たさを感じながら立ち上がり、彼女を起こすために水際まで歩み寄った。


「おい、バカ神……起きろ」


 返事はない。先ほどより少し高い音のいびきと、尖った耳がぴくりと動いただけだ。


「アイリアナ。お前の助けが必要なんだ」


 肩を軽く叩くと、鼻提灯が湿った音を立てて弾け、彼女は飛び起きた。


「え? なに……? また世界が滅びたの?」


 眠気に濁った瞳をしばたかせながら、彼女は口ごもった。


「違う。風魔法のマナの循環を鍛えるのを手伝ってほしい。レベル10の壁を突破する必要があるんだ」


 彼女は俺を横目で見ると、古びた酒の臭いがするあくびを一つし、子供のように拳で目をこすった。


「退屈ねぇ……。寝かせてよ、クイチくん……。修行なんて疲れるわ……ひっく♡」


 彼女は背を向け、再びアルコール混じりの夢の中に沈み込もうとした。


 溜息が出る。彼女に義務感を説いても無駄なことは分かっている。だから、彼女が受け入れる唯一の交換条件を提示することにした。


「今手伝ってくれるなら……お前が大好きな、あの変な遊びに付き合ってやる」


 効果は絶大だった。


 水中にあるアイリアナの体が硬直した。耳がピンと直立し、首筋から頬にかけて急速に深紅に染まっていく。


 ゆっくりとこちらを振り返る彼女の鼓動が早まり、胸を激しく打つ音が聞こえてくるようだった。


「ほ、本当? 本当に約束してくれるのね、クイチくん?」


 彼女の声は震え、切実な期待に満ちていた。


「本気だ。だから早く動け」


 バカ神は目に見えて動揺しながら唾を飲み込み、震える指を俺に向け、なんとか冷静さを取り戻そうとした。


「い、いいわ……分かったわ! でも、丸一日分遊んでもらうからね!」


 俺は少し顔を赤くし、胸に不快な疼きを感じた。彼女が何を言っているのか、そしてそれがどれほど恥ずかしいことか、痛いほど理解していたからだ。


「分かった、契約成立だ」


 視線を逸らして答える。どうせここでは時間の流れなど存在しないのだ、どれだけ長かろうと同じことだ。


 アイリアナはオンセンから飛び出し、全裸であることなど微塵も気にせず、聖なる水を滴らせた。


 茶色の髪を軽く払い、蒸気が薄く空気の澄んだ聖域の広場へと歩いていく。


「そこに座って、クイチくん。私に背を向けて」


 言われた通り、冷たい石の上に胡坐をかいて座ると、背後に彼女の気配が近づいてくるのを感じた。


「マナの流れを良くするには、あなたの霊核と直接繋がる必要があるわ」


 俺の小さな背中に、柔らかく温かい両手がしっかりと置かれた。その手からは、計り知れないエネルギーが放出されていた。


 アイリアナは目を閉じ、周囲の空気を震わせるような太古の言語で祝福の詠唱を始めた。


 その瞬間、場の空気が変わった。酒の臭いは相変わらずだが、なぜか、それが以前とは違って感じられた。


 彼女の別の側面を認めざるを得なかった。顔つきは和らぎ、姿勢は気高く、その肌からは黄金の光が放たれている。


 聖なる言葉が響く中、アイリアナは真に神のごとく、この宇宙で最も賢く強力な存在に見えた。


 俺の体内のマナが秩序を持ち始め、未だかつてない流暢さで魔力回路を駆け巡るのを感じた。


 詠唱は部屋の空気を浄化するような高音で終わり、彼女はゆっくりと手を離した。


「終わったわ……。これで風の流れは完璧なはずよ」


 彼女はいつもの怠惰で、それでいて慈愛に満ちた微笑みを取り戻して言った。


 振り返ると、彼女の表情にはまだ神聖な名残が漂っていた。


「アイリアナ……今回は俺から一つ頼んでいいか?」


 俺の真剣なトーンに、彼女は不思議そうに眉を上げ、好奇心を隠さずに俺の前に座り込んだ。


「ええ、もちろんよ、クイチくん。何が必要? 足りなかった? それとも新しい武器が欲しいのかしら?」


 俺は深く息を吸い込み、今日という一日、そしてこの品がないけれど安らぐ共同生活のあり方を思い返した。


「横になれ。足を上げて、最高の一発を放て」


 俺は命じた。


 聖域に死のような静寂が訪れた。遠くで滴る水の音だけが、その静止した瞬間を切り裂いていた。


 アイリアナは目を見開き、混乱と、激しく燃え上がるような赤面を浮かべて俺を凝視した。


「……え?」

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