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第3話 『忘却された英雄たちの辺獄』

 温泉の湯気が石の天井に渦巻いていた。


 三度の人生で王国を救い、魔王を倒し、救世主として称賛された末に辿り着いたのが、この最終目的地だった。


 無限の聖域。扉のないダンジョン。時間が意味をなさず、空間が歪み続ける豪華な監獄。


 そこは「忘却された英雄たちの辺獄」と呼ばれる場所であり、もはや行くあてのない者たちが最後に行き着く黄金のゴミ捨て場だ。


 三つの異なる世界で三度死ねば、現実の織り糸はもはやその存在を繋ぎ止めることを諦めてしまう。


 天国も地獄もない。ただ、自分にできる最善のこと――「異世界の英雄」であることを繰り返すだけの、存在の残滓が残っているだけだ。


 だが、全員が同じ次元を共有しているわけではない。少なくともバカ神が語ったところによれば、英雄にはそれぞれ専用の聖域があり、孤独を感じないように一柱の女神が付き添っているという。


 女神の性格や種族は多種多様で、いわばあらゆる色が揃っているらしい。


 つまり、アイリアナには異なる次元に無数の姉妹が存在し、俺が他の忘却された英雄たちと出会うことも、その正体を知ることもおそらくないのだろう。


 ぷぷ、ぷぅ〜〜〜♡!


 アイリアナが放つ神聖なガスの抜けたような音が思考を遮り、誰が自分の看守であるかを思い出させた。


 彼女は単に、マナーが悪く安酒を好む、だらしないエルフというだけではない。


 アイリアナはこの場所の「錨」なのだ。俺の魂が最後の死の後に霧散せずにとどまっている唯一の理由。


 この領域を司る女神として、彼女はこの場所の「物理」の源であり、壁を維持し、お湯を温かく保っている。


 彼女がいなければ、この聖域は崩壊し、俺は「自分」という概念すら存在しない虚無へと堕ちていく。


 だからこそ、その羞恥心のなさに苛立ちはすれど、彼女の存在はこの無限の監獄における唯一の現実の灯火だった。


 もしこの壁の外、シャドウの蔓延る回廊で死んだとしても、それが物語の完全な終焉にはならない。


 ただこの場所、彼女の目の前で再びリスポーンするだけだ。彼女の緑色の瞳に宿る嘲笑的な視線と、神聖な消化活動の洗礼を受けながら。


 だが、その代償は高い。死ぬたびに進行状況を失い、レベルが再び弱者の底へと叩き落とされるのを見届けなければならない。


 それは努力と喪失の永遠のサイクルであり、俺のように戦うことを拒む者たちに与えられた罰のようなものだ。


 そして、それが俺にできるせめてもの抵抗でもあった。毎日をただ温泉でこのバカ神と過ごすなんて、御免被る。


 本人はそうしていても問題ないと言ったが、それは俺の性分に合わない。


 アイリアナを見ると、彼女は自分の出した気泡を指で捕まえようとして、子供のように一人で笑っていた。


 この女が俺の存在を支えているとは信じがたい。その桜色の肌と脳天気な態度の下に、れっきとした太古の力が宿っているとは。


「クイチくん、またそんな『三流哲学者』みたいな顔をしてるわね」


 彼女はそう言って、手でパシャパシャと水をかけてきた。


「この場所の馬鹿馬鹿しさを考えていただけだ」


 お湯の熱が毛穴に浸透していくのを感じながら答える。


「馬鹿馬鹿しくても、ここが今のあなたの家よ。そして私の家。だから早く慣れることね」


 げぷぅ〜〜♡!


 安酒の臭いが混じったゲップが空気を満たした。彼女は全く気に留める様子もなく腹を掻き、寝返りを打つ。


 彼女の言う通りだ。それがこの四度目の人生において最も忌々しい事実だった。


 出口のないダンジョンで、永遠に戦闘と休息のルーチンを繰り返す運命。


 俺は戦いに出かけ、彼女はここで酒を飲み、お湯を汚し続ける。そして一日の終わりに、俺たちはまたここで顔を合わせる。


 光の聖域は到達すべきゴールでも救うべき王国でもない。これまで創られた中で、最も美しく、そして最も品のない檻なのだ。


 もっとも、それが不快かと言われれば、そうでもない。


 何年も魔王を倒し続け、何度も死を繰り返してきたのだ。永遠の休息としては、案外悪くないのかもしれない。


 彼女がそこにいて、神聖なガスを放ちながら、あの獲物を狙うような笑みを向けてくれる限り、自分が消えてなくなることはないのだから。


 四度目の人生は、世界を救うためのものではない。この無限の辺獄に、自分の新しいライフスタイルに慣れるためのものだ。


 そして、何度倒れようとも、目覚めて最初に耳にするのはアイリアナの「ぷぅ〜♡」なのだ。


 他の英雄から見れば屈辱的な永遠かもしれないが、少なくともこの聖なる出汁の中で、俺は一人ではなかった。

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