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第15話 『焦熱の骨が舞う』

 虚無の中を歩くということは、皮肉なことに、世界で最も重苦しい作業となる。


 あの奇跡の泉を後にしてから、およそ三十分が経過した。


「……本気か? これだけかよ」


 退屈だった。レベル15に達した俺の体は、発散すべきエネルギーに満ち溢れていた。


 十歳の体は圧力を溜め込んだボイラーのようで、回廊は閉ざされたバルブだった。


 何かが欲しかった。障害。敵。俺の鼓動が、ただ秒数を数えるためだけにあるのではないと実感させてくれる何かが。


 カタッ……カタッ……カタッ……


 その時、空気が変わった。


 音ではない。急激な温度の上昇だ。


 目の前の暗闇が引き裂かれるより早く、酸素が肺を焼くのを感じた。


 カタッ……カタッ……カタッ……


 闇の中から三つの人影が現れた。放たれているのは、オレンジ色の暴力的な光。


 スケルトンだ。だが、安っぽい魔法で動かされるただの骨ではない。


 骨は焼かれたように白く、眼窩からは冷徹な蒼い炎が噴き出し、回廊を怪しく照らし出していた。


 それぞれが、生きた炎を纏った長剣を携えている。


「ようやくか……」


 俺の顔に、歪んだ笑みが浮かぶ。


 待ちはしなかった。対話も防御の構えもない。


 俺は突撃した。


---


【 マナ:95 / 110 】


---


 一体目のスケルトンが人間離れした速度で反応した。炎の剣が俺を両断せんと円を描いて振り下ろされる。


 地面を滑るように回避する。頭頂部を数ミリの差で熱が通り抜けていった。


「……ガスト・インパルス!」


 左手にマナを集中させ、地面に向けて放つことで自分を上方へと跳ね上げた。


【 マナ:95 -> 88 】


 空中で、二本の黒鉄の短剣を抜く。闇色の金属が炎の輝きを吸い込みながら、二体目のスケルトンへと降り注いだ。


 金属と骨が軋む音と共に、攻撃が防がれる。衝撃が歯の根まで響いた。


 強い。これまでの雑魚とは格が違う。


 三体目のスケルトンが空中にある俺の隙を突き、水平の刺突を繰り出した。


「……プレッシャー・シールド!」


 右側に圧縮空気の円盤を展開した。炎の剣が不可視の障壁に衝突し、火花と風の爆発を巻き起こす。


【 マナ:88 -> 75 】


 軸回転しながら着地する。疲労など存在しない。あるのはアドレナリンと、戦闘という冷徹な計算だけだ。


「来いよ!」


 三体が連携を取り始めた。愚かではない。精鋭部隊のように動く。


 二体が左右に展開し、中央の一体が縦に切り込みを入れ、俺を絶え間なく後退させる。


 剣がチュニックをかすめるたび、布の焼ける臭いが鼻腔に充満した。


 陣形を崩す必要がある。


 両足に膨大なマナを集中させる。風魔法の電気的なエネルギーが脚を震わせる。


「……バキューム・ステップ!」


 爆発的な速度で姿を消し、左にいた個体の背後に再出現した。


【 マナ:75 -> 60 】


 脊椎、頭蓋と首の繋ぎ目に短剣を深く突き立てる。眼窩の蒼い炎が激しく明滅した。


 風で強化した蹴りを叩き込み、壁へと吹き飛ばす。


 バキッ!


 だが、止まらない。空中で骨が再結合し、残り二体が俺に襲いかかる。


 一体がその骨の手で俺の左腕を掴んだ。接触した皮膚が焼ける。あいつは無慈悲な力で俺を引きずり下ろした。


 鈍い衝撃が走る。


 ボキッ!


 左肩が外れた。胃がひっくり返るような嫌な音が響く。


「っ……がぁぁ……!」


 痛みが電気ショックとなって視界を一瞬曇らせた。炎の剣が首筋に迫る。


 悲鳴を上げている暇はない。


「……アトモスフェリック・エクスプロージョン!」


 自分を中心にあらゆる方向へ衝撃波を放った。風の爆発は強力で、三体のスケルトンは壁に叩きつけられ、その骨は圧力に震えた。


【 マナ:60 -> 45 】


 肩で息をしながら数メートル距離を取る。左腕は死んだ重りのようにぶら下がっている。耐え難い苦痛。レベルが上がっても、俺はまだ子供の体なのだと思い知らされる。


 敵を見据えた。蒼い炎を荒ぶらせ、再び立ち上がってくる。


「……まだ終わっちゃいねえよ」


 右腕で左腕を掴む。


 深く呼吸する。一度、二度。


 石壁に肩を押し当て、全意志を込めて一気に押し込んだ。


 ガクッ!


 骨が収まるべき場所に収まった。


「……ひ、ぅ……」


 声にならない悲鳴が喉に詰まる。こめかみを汗が伝うが、視線は焦熱の骨から逸らさない。


 冷徹に肩を馴染ませる。男が関節一つで止まるものか。英雄が死を前に涙を流すものか。


「……次のラウンドだ」


 残りのエネルギーを短剣に集中させ、鋭い風の刃を纏わせる。


 走った。それは屠殺者のダンスだった。


 避け、受け、切り裂く。


 数ポイントのマナを小刻みに使い、ミリ秒単位で軌道を修正する。


【 マナ:45 -> 42... 39... 35 】


 ついに一体の首を撥ねた。頭部が転がり、蒼い炎が消える。


 二体目は胸部を粉砕する連撃を受けて崩れ落ちた。


 最後の一体、リーダー格が自爆覚悟の突撃を仕掛けてくる。


「……プレッシャー・オーブ!」


 凝縮された空気の塊をその胸に叩き込んだ。衝撃が、骨の塵と灰の雲の中へと敵を霧散させた。


【 マナ:35 -> 25 】


---


 回廊に、以前よりも重苦しい静寂が戻った。


 膝に手をつき、荒い息を吐く。戦った炎の熱で、体から蒸気が立ち上っていた。


---


【 獲得経験値:+450 】

【 状態:レベル16まであと 2% 】


---


 システムログを見つめる。


「……あと少し、か」


 微かな苛立ちと共に呟いた。


「あと一歩だったのに……」


 熱く痛む肩を無視し、背筋を伸ばす。アイリアナとの修行の成果は、確かにそこにあった。


 破れたチュニックの端で短剣を拭う。


 回廊のさらに奥、深い闇を見つめた。退屈は消え、代わりに危険に監視されている者特有の、あの馴染み深い緊張感が戻っていた。


 肩の痛みを堪えながら装備を整え、俺は歩き出した。


 ダンスは終わったが、無限の地獄の調べはまだ鳴り止まない。

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