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伝説の本   作者: 勇気
アリカポル
7/13

ラビ・ケンゴー

「なぜ、ポル塔に…?」

 カーラ、ショーン、ジュコの三人の後を追って、酔っぱらいは階段を上がってポル塔にたどり着く。

 木製の扉は開いたままで、中で男が声をあげているのが聞こえる。

「脚、脚がぁ…」

 中から声が聞こえ、酔っぱらいは足を止めたが、すぐにまた歩き始めた。

「糞…魔法をかけてくれたことにお礼か何かするために来ただけなのに…犯罪者かよ」

 酔っぱらいは声をこぼした。

 しかし、そんなことを言いながらもポル塔に踏み入っていく…

 ポル塔は普通は兵士と囚人、アリカポルの権利のある魔導士しか入ることのできない場所で、酔っぱらいは初めての光景に驚いた。

 石の冷たい壁には、アリアドンテの旗があり、それはアリカポルとアリアドンテが何らかの目的で組んでいるのではと、酔っぱらいは勘づいた

 階段には死体が落ちており、あの三人が侵入を試みたことがわかる。

「…上がってみるか」

 酔っぱらいはそう言って死体の山になった階段を上がっていく…

 二階は一階よりさらに荒れており、テーブルと床に落ちた食事の跡、指を斬られた騎士…

 酔っぱらいは騎士の鎧を見て、静かに考えて、それから声に出す。

「ローリオン騎士団…」

 三階に続く階段も死体の山になっており、明らかに踏まれた跡もある。

 適当に落ちていた鉄の剣を拾い上げて、三階に向かうと――

「なぁ、助けてくれ…腕が持ちそうにないッ!」

 騎士に当たらないように注意深く進んでいた酔っぱらいだが、階段の端に落ちないように強く握りこむ手があったことに気が付く、手は石を強く握りすぎたせいか血が出ており、確かにもう耐えられそうにない。

 酔っぱらいのいた場所は三階だが、落ちれば確実に足は骨折する。

 うまい具合に運が悪ければ死ぬ。

 酔っぱらいはとにかく階段の端につかまる男を助けることにした。

 両手で男の腕をつかみ、少しずつ上に引っ張り出すとやっと彼の顔が見えた。

 緑の目に、くるくるな髪の毛。

「ありがとう、はぁ、はぁ、俺はショーンだ」

 雪の積もった階段に横たわり、ショーンは腕を伸ばして酔っぱらいと握手をしようとする。

「ラビだ。よろしく、さっき助けてもらった酔っぱらいだ」

 ラビはそう言って、立ち上がった。

「ラビか、本当にありがとう…ただ、仲間が上でローリオンっていうやつと戦ってるんだ…その剣、使えるか?」

 ショーンはラビの手に握っていた鉄の剣を見てそう言った。

「…剣の使い方なら慣れている」

 ラビはそう言って手を差し出し、ショーンを起こそうとするが腕を引っ張った瞬間、ショーンはラビの手を放し、声を上げて腕を握る。

「糞ッ!」

 どうやらショーンは腕をけがしているようだ…

「こんなの…剣すらろくに…」

 ショーンは誰かが踏み荒らした雪に視線を落とし、悔しさを噛みしめた

「ラビ……剣の腕は本当にあるのか?」

 ショーンはもう一度聞いた。

「俺は…ラビ、ラビ・ケンゴー。一般市民を守るのが我の務めであり、最重要任務でもある。我の出身は雪が降りやまないアリカポル、魔法の地。」

 ラビはもう一度、きちんと自己紹介し、片手を胸においてそういった。

「ケンゴー…か」

 ショーンは一言残して目をつむる。

 息はしていたため、ラビは先に進んだ。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「そんな弱い剣で、私に立ち向かうかッ!マルザの同胞よ」

 ジュコの剣をはるかに上回る大きさの剣を振り回し、ジュコの一撃一撃を弾き返した。

 ジュコの腕にはその衝撃だけが残る。

 一歩ずつ後ろに退いては、ローリオンは一歩ずつジュコの方向へ詰め寄ってくる。

 ジュコは剣を振って、とにかく刃を男の肌に当てようとする、その姿は必死で、一振り一振り本気で振っているのがよくわかる。

 しかし、ローリオにとっては子供のお遊びにしか見えなかった。

「はぁッ!!」

 ジュコがもう一度、無駄な剣を振ると、今度は剣がポル塔から落ちて行った。

 弾き返され、腕に力が残っていなかったから、落ちた。

「背中を向けろ。」

 ローリオンはジュコの首に剣を向け、そういった。

「私が直々にお前の背中にサインをしてやる。しかし、サインをした後は墓場行きだ」

 そういって、剣を使って後ろを向くようしぐさをする。

 すると突然黒く、長い槍がローリオンの肩を突き通る。

 槍はジュコの隣を通って、風だけを感じた。

 ローリオンは一歩後ろに引いて、右手で左肩を貫通した槍を触ろうとする。

 歯をきしませ、唾液を出して、膝から崩れる。

「ゲンコオォォォォォォォッ!!!!」

 ローリオンは叫んだ。

「ローリオン、俺は…」

 ジュコの後ろから突然声がした。

 ジュコは振り返り、声の元を見てみるとそこには、ポル塔に着く前に助けた酔っぱらいが剣を握ってこちらに向かっていた。

「俺は、正義を求め、正義だけに味方をする。お前のゆがんだ思想にはうすうす気が付いていた、それも”あの本”を失ってからだ。」

 ラビはそう言った。

「え?」

 ジュコは混乱していた。ラビがなぜそこにいるのかもわからなければ、ただの酔っぱらいだと思っていた。

「ケンゴー、ケンゴーォッ!!」

 ローリオンは槍を抜こうとするが、それは魔法の槍。

 作った者以外は触れないようになっている。

「落ちるところまで落ちたな。ローリオン」

 ラビはそう言って、囚人の死体が凍り付いた独房にローリオンを入れた。

 ローリオンを長いもみあげからつかんで、体を引っ張って、強引に入れる。

 ラビはその扉を閉めると、下に降りていく。

「あ、ありがとう…」

 ジュコはお礼をしようとした、しかし

「君は俺を目覚めさせてくれた、俺こそ礼を言わなくてはならない、これからケンゴー騎士団をもう一度、復活させ、こいつのやったことを元に戻そうと思う…」

 ラビはそう言った。

 そして、ラビは階段を下りていくと、ジュコはもう足音さえ聞こえなくなった。

「…!! カーラ! カーラのところに行かなくては」

 ジュコはそう言って上へ移動する…

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「…ラビ…」

 ショーンは倒れて顔に雪がかかり、頬は赤く、血にぬれた手は紫色になっていた。

 そんなショーンは倒れていても目を開き、階段を下りてくるラビが見えた。

「ショーン、お前をアリカポルの病院に連れていく。その手は…何とかなると祈って担いでやる」

 ラビはそういうとショーンの肩に腕を通して、持ち上げて歩き出す。

「何かやられたわけでもないのに、力が…」

 ショーンは弱い声を出す。

「ローリオンの剣に触れたのか?」

 二人は階段をゆっくり、気を付けながら降りていく。

「触れた…」

 ショーンがそういうとラビは心配した顔をして、ショーンにこういった。

「なら、魔法の槍に貫かれても元気だったローリオンに説明が付く。」

 ショーンは意味が分からなかった、それでも聞く気にはなれなかった。

「…ローリオンの剣は物の生気を奪う素質がある。触れただけで動けなくなるのが普通だ、しかしお前は剣に触れている時間が長すぎたみたいだ」

 ラビは説明した。

「ローリオンが奪った生気は、彼の体の中に蓄えられる。攻撃を受けたとしても奪い取った生気を使って回復するわけだ。」

 ラビが説明している間に二人は一階の井戸の前についた。

 するとショーンは倒れる、それにつられてラビも少し体のバランスを崩してしまう。

「どうしたッ?!」

 ラビは聞く。

「ああ…」

 下ばかりを見て、歩こうとしない。

 ラビがショーンの腕を見ると、右腕丸ごと低体温症になり紫色から少しずつ黒くなっていく。

「糞ッ、糞ッ。今すぐ魔法病院に…ッ!!」

 ラビは井戸を無視して前に進んでいく…

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 ジュコは、鉄格子の中を見て膝から崩れ落ちたカーラの姿を見つけた。

「カーラ…」

 ジュコが声をかけると、カーラは彼に気づいて振り返る。

 黒い髪に雪がかかり、マントの中に手を入れて温めている。

 しかし、目はジュコを見るまでは鉄格子から放さなかった。

 鉄格子の向こうには、人の遺体が4つ、雪に埋もれてよく見えなかった。

「殺されたと思った」

 カーラはまた鉄格子の向こうを見て、そういった。

「……その人たちが、仲間?」

 ジュコはできるだけ慎重に言葉を選び、一歩進んでカーラに近づく。

 彼にはわかっていた、ショーンを失って、仲間を失ったカーラ、いや魔女は、危ないのかもしれない。

「うん」

 カーラはあまり体を動かず、一言声を出すだけ。

「一番右に、赤い宝石のブレスレットをした人が、私の妹なの」

 カーラは指さして、静かに続けた。

「その隣にいるのがお母さん、白い服をした女性よ」

 カーラはそう言って指を少し左に向けた。

 続けようとしたが、声が出ないみたいだ。

「ああ、扉があかないの」

 カーラはやっと口を開いた。 

 ジュコはカーラの痛みが少しだけわかっていた。

 父を理不尽に失い、国から出ることになった…

 戦争でピチューノをなくしたカーラと、ほんの少し、本当にほんの少しだけ似ている気がした。

「こんな鉄格子、簡単に開けるさ」

 ジュコはそう言って、リュックからガンパウダーと魔導書の紙のかけらのはいった瓶を取り出し、扉の前に置く。

「…」

 カーラは黙って階段を少し下りて、距離を置いた。

 それを確認するとジュコはリュックから小さなナイフを取り出し、指の先を切って血を流す。

 同時にポル塔に置かれたすべての瓶が爆発し、一階一階の扉が開かれていく。

 下の爆風は上まで届き、白かった光景がオレンジに、そして灰色にそまる。

 下の階でまだ生きていた囚人たちはみな解放され、弱りながらも雄たけびを上げて階段を下りていくのが聞こえる。

「ジュコ…」

 静かに突っ立っていたカーラがジュコの名前を口にした。

「…」

 しかし、彼女の口からお礼が出てくることはなかった。

 そんなジュコたちの少し下の階には、ローリオンがいた。

 ほかの鉄格子は爆破され、自分だけが吹雪の中に取り残され、凍った鉄格子を強く握りこんで押し込み、そして引っ張る。

 しかし鉄格子は外れるどころか、音も上げなかった。

 ほかの囚人は解放された、ピチューノ人はすべて…なのにローリオンだけあそこで、独りで…

 鉄格子から手を放そうとすると手の肌がそこに張り付いて、凍り付く。

「糞ッ、糞ッ、糞ォォォ!!!!」

 やけくそになって手を放すと皮膚は鉄格子に残ったまま、手のひらの肉は風にさらされ、燃えるように血が出る。

 ローリオン・ファン・デスコはラビ・ケンゴーを恨んだ。

 いつかポル塔から生きて帰ると、ローリオンは血を流し、自分に誓った…

 そんなみじめで、独り残された男の上の階にはジュコがカーラと話をしていた。

 カーラは仲間の入っていた檻の中に足を踏み入れ、膝まづいて妹の遺体の前で止まる。

 妹の紫色の腕を握った、すこし持ち上げると積もっていた雪が地面に落ちる…

「カーリー…」

 妹の死は確定されたのにもかかわらず一切涙を流さなかった。

「好きなだけここに残ろう、終わったらこの国から出る。」

 ジュコはそんなカーラを見てそう言った。

 カーラは妹の腕にあったブレスレットを外して、自分の腕につける。

 それもそっと、静かに。

「ピチューノは…アリアドンテの機械の輸入で成り立ってる国だったの、だけど、私の母は機械を好まなかった。」

 カーラは突然しゃべった、自分の腕につけた赤い宝石のブレスレットを悲しそうに見ながら。

 ジュコは黙って聞くことしかできなかった。

「輸入をして、ピチューノは機械の改造、それとヘイピットに近いことからも武器の輸入が多いの」

 ジュコにはわからなかった、なぜカーラが今そんな話をしているのか。

「機械が嫌いだった母は、私たちによくアリカポルの魔法について教えてくれた……ある理由で家から出た5日後に、ピチューノはアリカポルに滅ぼされ、多くのピチューノ人がここにとらわれた。」

 ジュコにはわかっていた、隣国のアリカポルは好戦的な国ではないはず。

 それとポル塔一階と二階にあったアリアドンテの旗…

「ハメられた」

 ジュコはわかった。

 

 ジュコは走って下に向かってローリオンの檻にたどり着き、鉄格子を殴りつけた。

「ピチューノに何をしたッ!?」

 ジュコは聞いた。

「弱いくせに、声を荒げるな」

 石の地面に丸め込み、横になっていたローリオンが言った。

 顔は見えない。

「ピチューノは、アリアドンテが必要だ。すべての国にはアリアドンテの機械が必要だ。しかしアリアドンテからはクリスタルを採取するのは年々難しくなっている、わかるか?」

「何人の人を犠牲にして、アリアドンテのために働くッ!?」

 ジュコは怒鳴り、腹を立てた。

「…国の裏切り者は、私だけじゃない。大陸すべての国に一人ずつ…」

 ローリオンは静かに笑って、咳をし、そして止まった。

「アリアドンテこそ、世界を支配する国だ。」

 吹雪の中、ローリオンの声が響いた。

 すると、隣から気配を感じた。

 暖かい、いや、熱い何かが右耳に近づいてくる。

 ゆっくり、右を向いた。

「国に、独りずつ…」

 カーラはピチューノの裏切り者だった。


ローリオンとケンゴーの過去、カーラの本当の家族、ショーンの結末。

次ですべてが決まる。

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