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伝説の本   作者: 西村系
キャピタルヨルグ(アダルマ)

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33/33

過去の栄光には酒が一番

「正直俺はあまり…クロイという男は好きじゃない。きれいごとばかりを並べて、意味の分からないことを続けて、そして、それでもすべてがうまくいく。彼に理由を聞けば「計画通りだからだ」とかほざいてくる。そんなわけないだろう、俺をバカにしている。この男は俺をバカにしているんだ。そもそも、彼に協力することに承諾したのは、家族を救うことを手伝ってくれると言ったからだ…。なのに、なのになのになのにぃ…ッ! 糞ッ!」


 ロッカーに指の先を当てながら、地面を見てトングは考えていた。

 手を動かずに、後ろで作業するクロイを聞きながら静かに考えていた。


 そのままトングはロッカーを閉めて、クロイを見てから


「少し外に出てみる、ミツルの試合がどうなっているのかが気になるし、死んだ兵士も外に放置されたままだ」

「トング、なかなか冷静じゃないな? 焦っているのか?」

「そういうわけじゃない、お前が残した糞を掃除したいだけだ。死体を部屋に入れるから、そのあとは少し空気を…」

「わかった。行ってこい、私はここを続ける」


 一歩ずつ前に”ずれる”ような感覚でトングは細長い部屋を歩いて、扉に近づいていく。

「…?」

 ずれるにつれて足が重くなるようだった。

 重力のない空間に放り込まれたように目の前がふやけた紙に見えた。

 

 手を動かしても、どの指をどの方向に動かしたのか頭が処理しきれなかった。


「くろいぃ!?」

「どうした、友よ」

「おれぇの、かぞくなんて…どうでもよかったんだろうずっと!」

「お前は戦士だ。とても強い戦士だ、でも何にも気づけずに死んだ。すまないな、背中を見てみろ」


 背中に手を当てる、妙に暖かく、そして湿っていることに気が付いた。

「うそだろぉ?」

「…友といっても、短い間だった。私はあんたの何も知らないが、これからはあんたの代わりにアダルマの裏切り者として働く」

「かぞくが、かぞくがまってるんだ。がきがいるんだ、ことしで、12に…」

「知ってるさ」


 トングの背中には、やけに長く感じたナイフが刺されていた。

 刺されていたことにも気づかないまま、トングは逃げようとしていた。


「しかしわかるかトング、何も悲しくはない。私は、あんたについて何も知らないし、家族以外のことなんてどうでもいい。つかめる弱みを、偶然そこにいた駒が持っていただけだ」

「あぁ、」

「お前は、ミツルに殺された戦士だ。ミツルは有名人のラビ・ケンゴーと戦いたくて、先に試合をするはずだったあんたを殺した。それでいいか? トング?」

「…」

「死んだか」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 ミツルは圧されていた。それも当然だ、元騎士団長の男が剣を片手に持って、子供を相手にしているんだから。

「降伏しろ、死んでしまうぞッ!」

「いやだッ!」

 

 ラビ・ケンゴーは子供の手から剣を離そうと、剣の先で器用にミツルの指たちを、手の甲を、弱く斬っていた。

 いつかは剣を離してくれることを祈って、力強く、一歩も下がらずに、ラビは続けていた。

「降伏しろと言ったんだッッ!」

 ラビはまた戦場に広がる粗い声で叫んだ。


 観客たちが静かになり始め、ミツルの、血を流す手を見ることしかできなかった。

「駄目だッ! 駄目だ駄目だ駄目だッ!」


 手の甲に赤い線が何本も走っていた。

「なら――ッ!」


 ラビはミツルが構えていた剣を恐れずに走って近づき、その肩を脚で蹴りつけ、ミツルを地面に飛ばした。

「あきらめるんだッ! 叫べッ!」

「駄目だ!」


 ナレーターは息を呑み、試合に没頭した。

「…コロシアムのルールでは、皆さんも知っている通りですが…一人が死ぬか、降伏を認めた時点でしか、試合は…」


「あきらめろォッ!」

「あきらめて何になるんだッ! 試合に参加した意味がないじゃないか! この怪我も無駄に終わるのか!」

「降伏しなければ命が無駄に終わる、どっちがいいのかをきちんと選んでみろッ!」


 地面に倒れたままのミツルの左肩を踏みつけたまま立ち上がらせなかった。

 でも同時に、ラビは持っていた剣を使わなかった。


「もう…ガキを、殺したくないんだ…ミツル降伏しろ、ミツルッ!」

 ラビは、鉄の鎧に囲まれた手で、赤くなる顔をぬぐい、そして涙を隠した。

「敗北をその口で認めるんだッ!」


 剣を放り投げ捨てて、ラビ・ケンゴーは膝を砂埃の立つ地面に勢い良く当ててミツルに近づいてから、子供の顔をひどく強い打撃で殴りつけた。


「…なんてことだ」

 ナレーターも口に手をやり、子供が殺されていることに気づき始めていた。


 観客たちはザワザワし始めている


「おい、あんまり気にしてなかったけど、紹介の時ナレーターあの男を15歳だとか言ってなかったか?」

「そうだよな…?」

「え?! 子供がコロシアムで殺されてるって?」

「結局血は血だ、それを見に来たんだ………」

「可哀想だって」

「止めろよッ! 誰かぁ!」


 戦場は、砂埃と、血にまみれていた。

 上から見る観客たちは徐々に状況のまずさに気が付き始める。

「だ、めだ」

 顔の形が変わるほどに殴られ続けてもミツルはあきらめようとしなかった。

 地面に倒れたままでも手を伸ばして、落ちた剣をつかみ取ろうとした。


 唇は紫色に腫れあがり、頬はラビの手の鎧のせいでひどい切り傷ができていた。

 乱れた茶髪は、口から鼻を、鼻から目を伝って垂れていく血に触れて赤くなっていた。


 歯は赤く滲み、口を開けて「駄目だ」というほどその赤い口内がよく見えた。


「もうやめてやれってッ!」

 観客が叫び始め、ラビ・ケンゴーにゴミを投げる。


「短い――」

 ミツルが何かを言い始めようとしたとき、ラビが拳を止めた。

「短い冒険だった。ぼ、僕は、ここで3日生き延び、たんだ」

 喋るごとに血が口の隙から流れ、耳まで伝っていく。


「…ミツル」

 太陽を遮ったラビ、人生の最後に光を見ることができなかったミツルは手を伸ばした。

 でも、それは剣にじゃなかった。

 ラビに手を伸ばして、彼をどかし、光を見ようとしたその時だった。


「とまれ」


 ラビはこの一言が聞こえなかった。

 ミツルに跨ったまま涙を流しているだけだ。


「とまれって言っているんだドブカスのアル中めがァッ!」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「それで、お前は相手がガキだと知っていても試合を続けたと」

「運営側のミスだ、コロシアムに入れるくらいのやつだからもっと年上だと思った」


 四つの壁に囲まれた状態でラビは椅子につながれ、彼の前に立つ警察官が尋問を続けた。

 部屋の端にはメモを続ける者が一人。


「子供を傷つけた」

「そのつもりじゃなかった、若くは見えたが…ナレーターが15だといったときにはもう遅かった」

「ナレーターのせいにすると?」

「正解だ」

「じゃあ、ナレーターを吊り首にしよう。よしサイコブッ! 聞いたか」


 後ろを振り向いて部屋の隅にいた男に話しかける。

「もちろん、今日中に公開処刑が行われます」

「ならよかった、話を戻そう」

 警察官はそう言って、ラビの方に顔を向ける。


「受付は?」

 ラビは聞く。

「受付もか? たしかにそうだな、最初に身分証明書を提示されても出場させたもんな。サイコブッ!」

「はいよ」

 

 隅の警察官は素早くメモを続ける。


「ラビ、もう一度お前について話してくれ」

「…もちろん。 俺は、マルザ建国時間で1247年生まれの――」

「まてまてまて、なぜマルザの建国時間だ? アダルマの建国時間を使え」

 警察が手を前に出して、話を遮る。


「…自分はアリカポル生まれで、知っている通りだと思いますが、1000年目からはアリカポル人もレッコラ人も、北東の人間は全員マルザの時間に従っています」

「だがここは北東ラズバノじゃない。その真反対だ」

「わかっているが、俺は歴史の先生じゃない。アダルマの建国年数なんて小学生以来何も知らない」

「少なくとも小学校には行ったんだなアル中め…」

「今なんて?」


 椅子に縛られながらも、ラビは目を細めて警官に聞いた。


「何でもないさ」

 男はニヤニヤしながらそう言った。

「もういい、マルザでもなんでも、とにかく話を続けろ」

「はい…」

 ラビはそう答えてから、椅子から尻をすこし持ち上げて、そしてまた座った。


「生まれてから俺はマルザで育って剣と、魔法の修行をした。16になって初めてアリカポルの騎士団に入った。もちろんただの雑用だったが、剣を腰に持つだけでも相当気分が良かった」

「うむ、それで」

「17の時にヘイピットで人喰いを殺すように依頼がアリカポルの騎士団に届いた、あの時の騎士団長はマッチャさんで――」

「そこまではどうでもいい、ただ出来事を話せ」

「わかった……。 それで、ヘイピットにいる人喰いたちを殺すよう依頼が来たためにヘイピットに行った、砂漠にたどり着くとすでに大量の頭蓋骨が棒に飾られていたんだ。17にして、人間の野蛮さに気が付いた」

「…しゃべり続けろ」


「ヘイピットは一つビルに、その周りは大量のキャンプに囲まれていることくらいわかるだろうな? 俺たちは、キャンプにたどり着くと、まず誰もいなかった。ホームレスも、物乞いも何もいない。本物の砂漠の風景だったさ。そこにポツンと建てられていたのがヘイピット、でっけぇビル――」

「だから、何回も繰り返さなくてもいい。さっさと、流暢に、しゃべれ」

「ヘイピットの中に入ると鍛冶師たちが身を隠していた。人喰いたちはすでにヘイピットの中に入っていて、カオスだったんだ。足を失って地面に倒れ込むじじいに、人喰いの中でも仲間にやられて死んだ者もいた、その中心に立っていたのが一人の騎士だった。マルザから来た騎士団の見習いで、剣を両手に持って、粗く息をしていた」

「……ヘイピットの人喰い事件か。もう10年以上前の話だな」

「そうだ、それからそいつに協力して人喰いたちを殺したはいいが…そいつの仲間は全員死んでしまっていたんだ、人喰いにやられてね。俺たちはそいつの協力に感謝をして、騎士団に入るように説得しようとしたが、そいつは俺たちを聞かなかった、誇り溢れるマルザ騎士団に残りたいと言っていたんだ。独りになることも気にせずにね。勇敢な男だ」

「面白い話だ、そいつの名前は?」

「名前を聞きたくはないんじゃなかったのか?」

「警官の言う通りにしろ、そいつの名前は?」

「ローリオン・ファン・デスコさ」


 警察官は驚くあまりに頭を後ろに下げて、それから両目をぱっちり開けた。

「ローリオン?! あの、騎士?」

「そうだ、あの騎士だ」

「聞いたかサイコブ…! こいつはデスコ様と知り合いだとよ」

 すると部屋の隅にいた警察官はノートから初めて目を離し、ラビを見て、それから警察官をみた。

「あのローリオン・ファン・デスコ?」

「あのローリオン・ファン・デスコだ」


 ラビは目を閉じてから、ゆっくり開け、鼻からよく空気を吸ってから、目の前に笑って、拍手をする警察官に小さな声で言った。

「…酒はあるか? 酒がなきゃ、話は続けない」

「酒? 何がいい」

「エールでも、ワインでも、アルコールの入った強い物なら何でもいい」

「わかった、お前の願いをかなえよう。ここまで人脈の通った犯罪者はいないからな、それに本当だと見た。俺は嘘がわかるからな?」

「もちろん」

 

 ラビはまた目を閉じて、ニヤリと警察官に笑みを浮かべると、彼はポンポンとラビの肩をたたいてから部屋を出て行こうとする。

 しかし扉を開けた時点で、少し戻り、部屋の隅にいた男にこういった。

「尋問を続けてくれないか?」

「もちろんです」

 

 部屋の隅にいた警察官のサイコブは立ち上がってからラビの前に止まった。

「続けて」

「あ、あぁ…いや、酒が先だ」

「いいや、警察が先だ。しゃべれ」

「酒がなきゃろれつが回らんのでね」

「嘘つけ」

「ほんとうら」

「……」


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