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伝説の本   作者: 西村系
キャピタルヨルグ(アダルマ)

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32/33

MR.アルファベット

「友達の一人に、金がすべてだというやつがいた。精神的に不安定で、いつも叫んでばかりのやつだった。金のせいでそうだったのかもしれないな?」


 キャピタルの残骸たちは太陽光を遮り、町の暗闇をさらに広げていた。


「葉巻がまずい。味がしなくなったんだ、最近な」

「健康が悪いんじゃないのか」

「お前こそ、その痩せ細った体をどうにかしたらどうなんだ」

「…」


「マニー・マニー・ゴールド、全員が彼をMMと呼んだ。黄金の男だとね」

「…私には関係ない。MMという男については――」

「馬鹿な男だ、MMも、そいつにまとわりつくハエたちもな。金、金、金、金の話ばかりだ。でも、でもなクロイ。お前も俺も違うよな?」

「…Mrアルファベットの言葉は絶対」

「そうだ、Mrアルファベットの言葉は絶対。仕事を続けろ、壊れた政治家さん」

「もちろん…」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「Mrアルファベットは嘘が好きだ、騙して相手の信用を裏切らなければならない。Mrアルファベットはすべての鼓動を聞いている。止めてはならない。Mrアルファベットは赤を好む、殺しを見せろと叫ぶ。なら、絶え間なく流れる血をMrアルファベットに―― プレゼントしよう」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 ミツル対ラビ・ケンゴーの試合は始まったばかりだった。

 

 コロシアムに広がるのは観客たちの、血を求める声と、ナレーターの甲高い笑いだけだった。


 薄暗いコロシアムの廊下は、戦場が見えるように右側の壁が開かれ、柱だけが残る。

 人々は柱につかまって体を乗り出し叫ぶ。

「回れッ! 回れッ!」

「殺せッ! 殺せッ!」

 

 声が響く。

 

 観客たちに紛れて一人のやせ細った男が廊下を通っていた。

 戦場では鉄同士がぶつかり合う音が鳴っていても男はそれを無視して、顔を隠しながら先へ進んだ。


 笑う口を隠そうとして、指を前においても、その不気味な笑みは観客たちに一目見られると道を開かれた。

 ある程度人のいない場所まで進むと、男は手を口から離して笑うのを一瞬でやめた。


 薄い赤色の石の壁に手をおいて一つの扉を前に足を止めた。

 木製の扉の前には、男以外に兵士がいた。


「酒、あるか?」

 兵士が男に聞く。

 男はローブの中から酒瓶を握った手を差し出した。

「ま、まじか?! ありがとさんよ――」

「誰が勝つと思う」

 兵士が酒を握ろうとしたその時に、男は酒を引っ込ませた。

 戦場を指すように顎を動かした。

「ラビ・ケンゴーだな。元アリカポル騎士団長っていう肩書もある、侮れないアル中だ」

「それで?」

「…ポロシャツの何とか君は、新参者だ。アダルマと、キャピタル内でも聞いたことのない名前だ。殺される運命にあるただのガキだ」

「…それで?」

「それで…えっと」


 兵士は、酒に目をやってから、素早く手を動かして奪おうとしたが、ローブの男は酒をローブ内に入れて、もう片手をすばやく取り出して男の首元に置いた。


 男の手には、ナイフがあった。

 すぐに兵士は倒れ込み、息ができないまま目をよく開けて死んだ。


「Mr、あぁ、ミスター。ミスタ~アルファ~ベット~」

 ナイフを兵士の首から回収し、ローブにしまい込んでから歌を歌いながら扉を開けた。

 

 中はロッカーに囲まれた部屋だった。

 中心にはベンチが何個もある。戦士たちの休憩所だ。

 ベンチの角に座っていた一人の男性がいた。

「トング」

「クロイじゃないか、中に入れてよかったな」 

 二人は握手を交わしてから部屋内をみた。


「ミツルが外で”ラビ・ケンゴー”と戦っている」

 トングはクロイを短い間睨みこんでから言った。

「というか、どうやってミツルをコロシアムに入れた? 未成年の出場は禁止されているはずだ、さすがのアダルマにも法律はある」

 さらに続けて、二歩下がり、ニヤニヤ笑うクロイを見た。


「私にも友達はいる。ナレーターだって禁止だということは知っているが…」

「金か? あんたの名前を使ったら何千でも降りれるはずだ」

「MMは何も知らない、彼の銀行に助けを求めていない。トング、お前だって知ってるだろう」

「脅したな」

「正解だ」

「簡単な脅しじゃあ通る筈がない。政府がこれを知ったらあいつら全員吊り首だ」

「…私を誰だと思ってる」

 ロッカーたちを静かに見つめていたクロイは一気に振り向いて、トングを睨みこんだ。


「……Mrアルファベットの、命令は…?」

 トングは頭を下げて、地面を見つめながら聞いた。

「そうだ、お前は何も知らなくていい」


 しばらく沈黙が続き、クロイはロッカーたちを開けたり、閉めたりを繰り返して中身を確認していた。


 それを、座って見つめるのは、普段自分から行動するはずのトングだった。

「ローリオンという男を知ってるかトング」

 クロイは突然トングに話しかけた。

「名前は何度も聞いた。裏切り者たちの支援をしている人だ」

「正解だフール」

「…フール?」

「イディオータ、バカ野郎、ドゥンコフ、ステゥーピド、ドゥラーク、ベンタン、スタルテゥスッ!」

「…馬鹿野郎ね…」

 しばらくまたトングは地面を見つめて、それから立ち上がりロッカーたちを開け閉め、クロイと一緒に何かを探した。


 細長い部屋の中で二人はロッカーを一つ開けると、すぐに閉め、右のロッカーを開け、中身を確認するとすぐに閉めた。


「ローリオンは何をしようとしていると思う」

 ロッカーに手をかけたまま、クロイがまた話しかけてきた。

「正直よくわからない、ピチューノを滅ぼした張本人だとは――大体の裏切り者が知っているが、でも、本当に何がしたいのはわからない」

「そうだよ、わからないんだよ。でもね、Mrアルファベットは知ってる、協力の代わりに情報を提供してくれる人だ。トング、俺たちは裏切り者たちを裏切る、さらなる裏切り者になる。Mrアルファベットという第三力は世界を変える」

「…はぁ」

 

 開けて、閉める。右に一歩ずれる。開けて、閉める。右に一歩ずれる。


「ローリオンは邪魔者をすべて排除したがっている、MMも彼の側についているくらいだ。裏切り者たちの陰謀は、結局ただの反逆に過ぎなくなる。国が亡ぶぞ、トングッ!」

「…すまないクロイ、俺はただの裏切り者なんだ。アリアドンテに雇われた身で、裏切り以外の仕事を何も言い渡されていない。ローリオンが何をしたいのかはお前の文脈じゃあ何も理解できない。放っておいてくれ」


「家族を人質にされたんだろうトング? 悔しくないのか? 怒りを覚えてないのか? アリアドンテを裏切りたいとお前が言ってきたんだ」

 トングの手が一瞬止まり、単純作業を進めるクロイを見つめる。

「それは…そうだが」

「なら話を遮らずに聞くんだ」

 ロッカーを閉めると同時に、クロイはトングを睨みつけながら言った。


「ミツルは何に使うんだ」

「地下に閉じ込める」

 クロイが言った。

「なんで」

 トングは疑問をクロイに向ける。

「閉じ込めたいからだ」

「そんなに簡単な理由なのか?」

「そんなわけないだろう、ジョークだ」

「…つまらないジョークを言われても理解できない」

「お前は何も理解できてない、だからアリアドンテの空頭たちに家族を奪われてしまう」

「さすがに黙らないか、クロイ」

 トングは強く、言いつけた。


「ミツルは普通じゃない、しゃべり方からしてこの世のものじゃないとわかる」

 クロイは説明を始めた。

「それは、確かにそうだ。アダルマの通りを歩いていると気が付いたよ。それだけじゃない、彼はラズバノすべてについて何も知らないように見える」

「そうだ。なぜこんなことが起きるのかはだれにもわからないが、とにかく起きるんだ。二百年に一度、異界から異界人が送られると聞く」

「…物理的に、この世の人間じゃないってことか?」

「そうだ、それをMrアルファベットは利用する」

「どうやって」

「知らない。私はMrアルファベットじゃない」


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