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伝説の本  作者: 勇気
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王との誓い

 マルザ国の南の方向、魔物が多く出てくるとされる一つの国、ヘイピットにマルザ国の騎士団長がいた。

 町の中心で重たい鉄の鎧を着て、後ろに男どもを引き連れて歩く騎士団長の名前はローリオン。

 …しかしすぐにある人が立ちはだかった。

「あなたたちは…ッ!」

 一般市民はローリオンの膝に抱き着き、必死で乞う。

「騎士団様! お願いします! 国のはずれの吸血鬼に家族を殺され、家をなくしてしまいましたッ! 助けてください!!」

 ローリオンは市民を見て、最初は少し同情するも、すぐに男の頭を斬り捨てた。

 レンガの地面には血が吹き飛び、そして頭が転がる音が広がる。

「ローリオン様ッ!」

 後ろにいた騎士は叫ぶ。

 地面に落ちた一般市民の顔を見ると、その肌は非常に白く、太陽にさらされると死んだ後でも蒸発を始める。

「…ッ!?」

 ローリオンの名を叫んだ騎士は、それを見て黙った。

「ヘイピットにまともな奴がいると思うな、ここはマルザじゃない。どんな魔物もいる可能性がある、溶け込んでいる可能性がある。十分気をつけよ」

 そういって、ローリオンはまた歩き始める…


 ローリオン・ファン・デスコは世界を守る――

 ジュコのいた病院の壁にはそう書かれた紙が張り出されていた。

 ジュコは父親が心配だった、とっさに病院に連れてきたが、立ち直れるのかどうか…

 病院は白い、外と同じく白いが、唯一ほかの建物とは違ってここは横に広い建物ではなく、非常に高い場所だ。

 昔の人々は空に届くものが大好きだったらしい、そのせいか死に最も近い場所、病院は天にも届くように高く作られた。

 しかしそれでも、病院に変わりはなかった。

 あおいクリスタルを使って廊下は照らされていた、きっと父を生かす機械も、このクリスタルの力もとになるだろう。

 部屋から医者が出てきて、こちらまで歩いてくる。

 ジュコの目の前で止まると、ジュコは立ち上がった。

 医者は

「…アリカポルの人々と連絡をつけて魔導士様たちに来てもらうよう言ったが、とても二日以内にここにたどり着けそうにない。それに、君の父も二日間生きる見込みもない。」

 といった。

「でも、なぜこんな突然—―」

 ジュコは焦って声を大きくしてしまう。

 医者はジュコが言い終わる前に答えた。

「疲労から出た病気でないことはわかっているので、遺伝の可能性が高い。君のおじいちゃんは何らかの病気を持っていたかな?」

 医者は聞く。

「覚えている限りは、ないです」

 ジュコは真剣に答えた。

「君のお父さんがこうなってしまったのなら、君もこうなる可能性が高い。よかったら今のうちに検査をして先に病気の元をたどれば…」

 医者はジュコを助けようとするが、ジュコはもう話を聞いていなかった。

 大事な部分はすでにすべて聞いてしまった。

「ありがとうございます」

 ジュコはそういって、死にかけの父さえも残して病院から出ていく。

 魔法で動かされたエレベーターに乗り、下の階まで下りていく。

 咳をする人、顔が赤い人、手が紫いろな人、寝台車に連れていかれる妊娠した女性。

 ここにもいろんな人がいた。

 そしてジュコも、その一人で、見られている感覚がした。

 見られていないというのはわかっているのに、それでもそんな感覚がした。

「あの人は誰かを失った」とか、「可哀想な人」とか、心のそこで誰かがジュコを見て思っているのかもしれない。

 ジュコは病院から出て街の中心にたどり着く。

 木の下にあったベンチに腰掛け、これからどうやって父の仕事なしで生きていけばいいのだろうかと、そう考えた。

 ジュコには友達はいない。

 ということは、自分の図書館を自慢できる人もいなければ、本を紹介して一緒に楽しめるような関係はない。

 ただ、一人でベンチに座り込むだけだった。


「ローリオン・ファン・デスコに永遠の命をッ!」

 ヘイピットにいた市民たちは、マルザの市民のようにローリオンを見るとお辞儀をしてこの一文を魔術のように唱える。

「ローリオン・ファン・デスコに永遠の命をッ!」

 人々は右側の腰に両手を置いて、まるで剣を抜くしぐさをする。

 ローリオンの真似だ。

「人々は、私にほれ込んでいる」

 ローリオンは小声で、歩きながら彼のとなりを歩く一人の騎士に話しかける。

「ええ、そうですよ、ローリオン様」

 騎士はこたえてから、また続ける。

「だってあなた様はあの伝説の本を見つけ出したお方なのですからッ! そのうえドラゴンの討伐も…」

 騎士は続けようとしたがローリオンは彼の口に手を置いてそっと閉じさせ、こういった。

「私は伝説の本を見つけた、しかしそれはすぐに消えてしまった。ドラゴンの討伐はただの騎士としての仕事だ、お前だっていつかはドラゴンの討伐くらいひとりでできる」

 そういうと手を相手の口から離した。

「そういってもらえて光栄です」

 騎士は言った。

 ローリオンはそのまま何も言わずに歩き続ける。

 褒められるのを疲れたようにも見えた。

 街の中心を過ぎて西に向かい、町から出て、そのままピラニアの川さえも鎧一本で超えて、男たちを指導する。

「本物の団長は、何をすると思う」

 ローリオンは騎士に話しかける。

 騎士は足にかみついたピラニアを抜き取るので精いっぱいだった。

「わかッ!りませんッ!」

 やっとピラニアを足から離すと後ろにいたもう一人の騎士の顔に投げつけてしまう。

 顔にピラニアを投げつけられた騎士は叫んで倒れこむが、男たちは止まらないでそのまま歩き続ける。

「本物の騎士団長はピチューノの金持ちたちをぶった切るんだ」

 そういうと騎士がローリオンを注意深く見た。

「何をおっしゃって…」

 しゃべろうとするが止められる。

「ピチューノは金持ちすぎる。それにラズバノの大陸には国が多すぎる、糞野郎たちならすでにレッコラがいる」

 ローリオンは言った。

「このまま西に続いて、ピチューノに入り込み、襲撃する」


 ジュコの父が病院で寝たきりになって二日が立った。

 ピチューノで戦争が起き、多くの市民がヘイピッドやアダルマ、アリカポルに逃げ込んだというニュースを記事で見た。

 なぜそんな襲撃が起きたのかはまだ不明らしいが、さっさと理由が分かればマルザに飛び火が来る可能性もなくなる。

 ジュコは父の隣に座って、色白の彼を見つめた。

 部屋の扉を見ると紙が貼られている。

 ローリオン・ファン・デスコは――

 まぁ、続きはわかっているだろう?

 その勇敢な騎士の生まれはここ、マルザらしい。

 生まれたのもちょうどこの病院だと聞く、それが原因でこんな趣味の悪い紙が張り出されているのかもしれない。

 突然父が声を出した。

「ジュコ…」

 色白の父は力を振り絞ってそういう。

「しゃべらないで…」

 ジュコは止めるも、それでも父はしゃべる。

「今の時代は、知識を求める人が少なすぎる……」

「わかってる、わかってるよ」

 ジュコはとにかく父を黙らせたかった。

「ジュコ……子供の時に伝説の本の話をしたよな…」

 父はまたしゃべる。

「やめてよ、お願いだからしゃべらないで…」

 ジュコの目には涙が溜まっていた、顔をゆがませ、泣くまいとする。

「…」

 何かを言おうとしたが、本当に黙り込んでしまった。

 もう、二度としゃべりこむことのない、長い眠りについて黙り込んでしまった。

「お父さん…ッ!」

 ジュコは弱かった。

 父の死を受け入れようとせず、最期の言葉を聞こうとしなかった。

 たまっていた涙は、いつの間にか父の寝ていたベッドの上に落ちていた。

 シーツに涙がしみこむ。


 二か月後、父の言う通り。

 知識なんて、だれも求めなくなった。

 もともと少なくなりつつある図書館の訪問者だったが、今回はもう一日に誰も来なくなった。

 母親は夫を失い、仕事に没頭する毎日。

 そしてジュコも、そうすることにしていた。

 ある日までは…

「この図書館を取り壊して、ここに新しい商業地域を作ると。王様が宣言しました」

 大きな巻物を両手で広げて、紫色の服を着た背の小さい男は言った。

 料理人のような帽子は印象的だった。

 しかし彼の後ろにいる鎧を着た騎士二人は全くフレンドリーには見えない。

「どういうことですか?」

 ジュコは聞く。

「言葉の通りです。」

 男がそういうと母が出てきて男に本を強く投げつけた。

「出てけッ!」

 腹から声を出す。

「失礼な人…この魔女のホウキはどこにあるのかな」

 男は微笑んでそういう。

「ここにあります。」

 騎士は魔法でホウキを作ると男に手渡し、男は歩いて母のところまで行く。

「おい…」

 ジュコは止めようとするが、声しか出ない。

「長年この図書館にはお世話になったが、王の命令は絶対」

 そういって手に持ったホウキを母にたたきつける。

 頬を当てられ、赤くなる。

「王には図書館に行く頭もなければ、政治をする知識もない。だからここを取り壊すんだ、この国の歴史と図書館の歴史を知っていれば取り壊しなって判断、しなかったはずだ」

 ジュコは精一杯男を止めるためにホウキをつかむ。

「王の手下に逆らうか。」

 男はそう言ってホウキを振ってジュコの手を放す。

 騎士が二人、剣に手を付ける。

「理不尽だ、こんなの理不尽だ。1000年以上国に貢献した図書館を取り壊しなど、理不尽の上に、俺の家族への侮辱だ!」

 ジュコはそう言ってまた男のホウキをつかんで、自分のものにした。

 騎士が剣を抜こうとする。

「貴様、処刑になりたいのか」

 男は言う。

「王のもとに連れてけ」

 ジュコは王に会いたくてたまらない。

 無知な人間に説教がしたくてたまらない。

「ッフンッ! いいだろう、だが首輪をつけてもらおうか」


 鉄の首輪に、鉄の手錠。

 街中をそんな恰好であるく、ジュコであった。

 後ろには手錠でつかまれていない母が息子を見る。

 周りの目はジュコの物語を理解しようともしない、周りの目は手錠を見て犯罪者を思う。

 ジュコの顔と、手錠を見て最初に思うのは――

 ジュコが犯罪者である。という解釈。

 物語はここで始まったわけではないのに、彼らにとってはここで始まっている。

 そして徐々に城に近づいていく…

 大門が開き、中に入っていく――

 最初に通ったのは馬を停めておく馬宿を通った。

 馬には紫の服のようなものが着せられていて非常に高貴に思えるデザインだった。

 もう一つの門を過ぎて中に入る。

 廊下には多くの剣や、ハコシタ大陸で作られた刀や武将のよろいが飾られている。

 中にもヘイピットで作られた道具が多く、その紋章が刻まれている。

 長い長い廊下を過ぎて歩いていく…

 その先には王の玉座があり、そこに王が座っていた。

 見た目で言えば50代くらいの男で、ジュコにとっては妄想で言えば脳が死んでいる男だった。

「この下民が、王様と話をしたいと。」

 男が頭を下げてそういうと王は手でやめろとでもいうようなしぐさをしてからこういった。

「言ってみろ」

 ジュコに対してだ。

「なぜ、この国の歴史そのものを消そうとする! 図書館があってこそのマルザだというのに!」

 ジュコは言った。

「しかし、金にならない。金にならないものをなぜ残す? へッ、伝説の本でもあれば栄えるだろうが、あんな古臭い場所に伝説の本が――」

「俺が探しますッ! 伝説の本を探して旅に出て必ず戻ってきますッ! 何ももたないで戻ってきたら図書館を取り壊してください、出なければずっと残してくださいッ!」

 情熱に身を任せ、適当なことを言ってしまったジュコ。

「伝説の本を探す? はははは!! いいだろう、お前に150日やろう。それまでに戻ってこなかったらお前のお母さんも牢獄入り、図書館も燃やしてやる。」


「望むところだ」


 ジュコはそう言った、確かに、王に対してそういった。

「150日以内に本を持たずに戻ってきてもだめだ。その場合お前も含めて牢獄に入れる」

 王はルールを追加した。


 リュック。リュックに必要なものを入れる。

 ラズバノ大陸の地図に、魔導書、食料を入れる。

 食料は一つあればいい、いつでも複製可能だ、とジュノは思った。

 リュックをもって自分の家から、図書館から出ていく…

「本当に行くの」

 ジュコに、母は聞く。

 ジュコは答える意味もないと思った。

 なぜなら彼女は答えを知っているからだ、でも、それでも質問をしてきた。

 ジュコは南西に向かってアリカポルで伝説の本について話を聞きに行く、なぜなら伝説の本は魔法の国、アリカポルで作られたという話があるからだ。

 初めてマルザから出る。

 あと一歩、一歩踏み込めばこの門を抜け、国の外にいることになる。

 ジュコは誰かにとって初めて外国人になる。

 そして―――

 一歩踏み込んだ。

 


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