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伝説の本   作者: 西村系
キャピタルヨルグ(アダルマ)

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19/31

二つの鼓動 一つの体

「ヤトの精神世界から、抜け出せたのは評価しようじゃないか。ただなぁ、ヤトはミレアの最後の実験だ。まだまだ育ちが足りなかったんだってことだ」


 ジュコは子供の上にまたがったまま、動かなくなった子供を見て、残骸の上に立っていた大男の話を聞いていた。

 いいや、聞いていなかったのかもしれない。

 

「…ジュリ、ジュリアンは…?」

「存在しない」

「…俺の、俺の家族は?」

「お前は片親のガキだ」

「…」


 ジュコは周りを見ることができなかった。唯一本当に目を向けることができたのは死んだ子供だけだった。

「この、ヤトは…本物なのか」

「本物だ」

「殺してしまったのか」

「殺してしまったのだ」


「あぁ」

 ジュコは、血みどろの手で髪をかき上げて、それから目元を隠した。


 彼の白髪は赤く濁り、生々しい赤色の手に涙が触れると、甲を伝って流れた。

 しかし涙の色は、赤かった。


「……ナイロ隊長も、第二キャンプも――」

「存在しないといったであろうが。存在しないんだ、お前が見た物はすべてお前の頭の中から来ているッ! それを理解しろッ! お前の精神世界内にあった本物だと思った偽りの人生もすべて、全て妄想だ」

 

 ジュコはやっと顔を上げた。

 残骸の上に立って、ジュコを見下すのは丸メガネをした薄髭の大男だった。

 大量のポケットのある”戦闘服”を着ていて、その上からは上着が一つ。


 細い目で、ジュコを睨みついていた。

「ショーンもカーラというやつらもほかのメンバーたちが”世話”をしている。きっとセイランがもうあの男をズタズタに斬り捨ててくれたさ、あとは人食い族にその残りを投げ捨てるだけさ」


「…」


「ヤトは実力があった。人間を思いつきだけで傷つけ、そして目をそらせば思い付きが消えた。精神世界を操るだけじゃなくて、人間の頭を直接混乱させることもできた。でも、子供に考える頭はなかった。戦場では、ブックハンターの世界では、一つの間違いが命取りになるんだ。一瞬守りを下げただけでお前が目覚め、そしてそいつを殺したのが何よりも証拠だ。あぁ、本当におもしろい。面白いんだよ!」


「…」


「お前は敵のことも何も知らないただのクソガキなのに、もっとクソガキのクソガキに勝ったんだ! わざわざ俺が、お前に状況を説明するほど混乱しているが、勝ったんだよなぁ? 殺したんだ、その手で、その銃で。人殺しめ」


 男を見つめたままだった。ジュコはずっと。

 何もできず、ただ見つめて、状況を整理しようとした。

 19年生きてきたはずなのに、頭の中には28年分の思い出があった。


 瞬きすら忘れると、自然と涙が顔を伝って下りていく。

 表情はみるみる歪み、悲しみから少しずつ怒りに変わったようだった。


 何も言わず、ジュコは男を睨みこんだ。


「俺の名前はオルフェンだ。ヤトの”元”拳だ、でもそんな時代も終わりだ。そうさ睨みつけろ、俺をその目で殺してみろ! 想像しろ! 俺の血を! 欲しいんだろう!? なら取りに来いよ、殺しにかかれよ」


「殺すなんてもったいないじゃないか」


「…?」


「お前を逃げ場がない地獄にぶち込んでやる。殺すなんて、死ぬなんて俺が許さない。俺がお前を、お前を終わらない拷問に入れてやると思え、そう思え破壊のオルフェン。覚えていろオルフェン。俺の名前を、ラズバノを、覚えていろ。覚えていろ。覚えていろ」


「じゃあな。また、いつか会おうじゃないかラズバノ君よぉ」


 オルフェンはジュコに背中を向け、残骸の中を歩いて去っていった。

 その最中も、ジュコは男を睨みつけることをやめなかった。 

 呪文のように小声で、相手を呪う言葉を投げた。


 復讐なんて甘い言葉で片付けられるような気持ちじゃなかった。

 怒りも、ジュコの”今”には似合わない。


「覚えていろ」


 彼が立ち上がろうとして、右手で子供の胸を押した時だった。

 右手が子供の体を透き通るように深く入り込み、そして何かに当たった。


 血も、何も出てこない。

 ただただ体の中に手を入れただけだった。

 ジュコは、胸の中にあった何かを手に取り、そして手を抜いた。

 

 完全に手を抜くと、その物体は形をなくした。

 

 ジュコに吸い込まれるように、霧になり、そしてなくなった。

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