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伝説の本   作者: 勇気
アリカポル
15/16

ワイン

「悪夢を見たの」

 木製の扉の向こうから若い女性の声がした。

 そこは宿屋の2階の廊下だった。床は白いカーペットが敷かれ、天井には青く燃えるランタンがぶら下がっていた。

「私に。その悪夢の。内容を。言いなさい。」

 なんだか薄れていて、途切れるような声が扉の向こうから聞こえた。

 その声は中性的で、なんだか落ち着いていて、しかしなんだか苦しむような声だった。

「お母さんと、お姉ちゃんなの。二人を、二人と、会う夢」

 女性は言った。

 廊下の壁は暗く、しかし生きた茶色をしていて、扉の木材や、壁の木材には木目があった。

 そこは人一人分が通れるほど細い廊下で、曲がり角には相手に”今から人が通る”と知らせるための小さな鈴が壁に飾られていた。

 2分、いや、3分に一度は廊下から”チリンチリン”と聞こえた。

 部屋の中にいた女性はもうそんな音には慣れていた。

「ポル塔にいたの、それで…」

 部屋の中から女性が話を続けると、少し声を震わせて止まった。

 薄い壁の向こうからすすり泣く音がした。

「…わかってる。でしょう。あなたの家族が死んだのは。あなたの。せいじゃない。」

 少しでも彼女を落ち着かせようと声は言う。

「二人があの冷たい塔の中で凍死していて…私……遅かったの、二人の青白い顔を見て、冷たく凍り付いた手を握ることしかできなかった」

 息を止めて、泣くのをやめようとした。

「カーリー。」

 部屋の中で話していたのは、黒髪の魔女、カーリーだった。

 同じく黒髪の魔女カーラの、妹だった。

 その時一階から誰かが上がってきたのが聞こえて、カーリーは鼻をすするのをやめる。

 階段を注意深く上がるのはショーンだった。

 彼は”カーラ”を探しに来た。

「私に教えて。なぜ。彼らに嘘をつくの。」

 部屋の中で声は聞く。

 カーリーは何も言わない。

「姉のように。強くなりたいのであれば。強かった姉。になるのではなく。強い。あなたになりなさい。」

 声は言う。

「カーラを名乗るほうが、ずっと、なんだか簡単だったの」

 彼女はそう言った。

 ショーンは二階の廊下にたどり着くと、そこは暗く、木製の扉が続く気味の悪い場所だと思った。

「ローリオン。は。どうしたの?」

 声は彼女に聞く。

「殺したわ。」

 カーリーは怒りを込めた声でそう言った。

「よくやったわ。今頃彼は。不死化に。成功している。」

 声はそういうと、部屋の中で音が一つした。

 パカッ。

 何かを占める音だった。

 ショーンは廊下をゆっくりと歩いていく。白いカーペットを踏むにつれて雪を踏むような音が廊下に鳴り響く。

 その時だった。階段から四つ目の左の扉の中から女性のため息が聞こえた。小さくてもショーンにはよく聞こえた。

 ”カーラ”の声だった。

 トントン。

 ショーンは扉にノックをした。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「リン、ポル塔の右隣に…城に渡れる橋があるといったよね?」

 壁から背中を離し、さっきまで両手を組んでいたジュコが外に出る準備をする。

 石の地面を歩くと、乾いた足音がポル塔の中で響く。リンはそれをただ見ていた。

「リン。もう少しきちんと説明してくれるか? 井戸の中に放り込まれるまで、なにがあったのかを」

 ジュコは階段近くで立ち止まり、片手を木の柱に置いていた。

「えっと、ポル塔となりのアリカポル学校の図書館で、遅くまで調べ物をしてたの」

 木材の椅子に座ったままテーブルの下に置かれた両手を見ながら彼女は話をした。

「…なんの調べもの?」

 ジュコは少しだけ優しい顔をしてリンに聞く。

「アリカポルの図書館は、全大陸の情報が集まったマルザの図書館には勝てないけど、でもね、アリカポルの歴史がよく書かれている本が多いの。」

 ジュコはそれをすでに知っていた。

 井戸の中に落とされる前、図書館を回り伝説の本を情報を探していた時に彼は気が付いたのだ、国の情報のほぼ”すべて”があそこに集まっていることを。

 よく思い出せば、リンのおじさんの名前もジュコは読んだことがあった。

「私ね、あのね、バニラさんっていう騎士様と一緒に外壁のスケッチをしていた時に、外壁に何か茶色いものが付いてることに気が付いて、最初は泥だと思ったんだけど、どうしても気になったからバニラさんにも相談して、相手にしてもらえなくて。そうだねーとか、うんうんとかしか返事が返ってこなかった。それが何なのか、調べるために図書館にいたの」

 リンはそう説明すると、椅子から立ち上った。

「お城に入るの?」

 少し楽しみにしている顔をしていたようだった。

 それもそうだ、久しぶりに着替え、ロクな食べ物を食い、そして父に会うことができるからだ。

「それからどうやってローリオンに?」

 ジュコは聞く。

 体制を変えず、知りたがるまなざしで少女を見つめる。

「機械というものについて書かれた本を見つけたの、そうしたら急に話しかけられて、お菓子が欲しいかぁ? って、欲しいって言ったら何かを頭にかぶせられて、気が付いたら井戸の中だったの」

 テーブルから離れ、階段に、ジュコに近づく。

「外壁についていたものは、機械だと思うの」

 なんだか真面目な顔をしてジュコを見つめる。

「アリカポルは、機械が禁止されているはず。リンならよくわかるだろ」

 ジュコはそう言って階段を下りていく。リンは後ろをゆっくりついていく。

「で、でも――」

「信じていないわけじゃないんだ、ただ、本当にそうである可能性が少なすぎる。リン、大丈夫だ、全てが終わったら俺が外壁を調べてきてもいい」

 階段の途中で止まってリンの頭に手を置き、そういってから手を離し階段を降り続けた。

「本当に?!」

 リンはまた、一つ楽しみができたようだった。

「ただ…その、バニラという男? はどうしたのだ」

「バニラさん? バニラさんは女の騎士様だよ。いつも寝ぼけてるんだけどね、戦うときはすごい強いんだよ、普段は私の子守をしてもらってるの、すごくいい人なんだけど、眠い眠いとしか言わないからつまらないんだよね」

 笑顔でそう、ジュコに言った。

「バニラ、か」

 1階にたどり着き、木材の扉を開いて外に出ながらジュコはつぶやいた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 アリカポル大通り、宿屋の一階にて。あるテーブルで、鋭い味をしたワインを二人で飲んでいた。

「脅そうとしているわけではないんですよ、ラビさん。手伝ってほしいんです」

 テーブルにグラスを置いて、両手をテーブルの下に隠した。

「手伝う? 残念ながら俺はすでに騎士ではない。それにアリカポル”の”騎士に、またなる義理はない」

「ならどうやって騎士になる? 金もない、地位もない、ワインを一杯楽しめる舌すらない。ラビさん、今のあなたには何があるんですか?」

 クロイはその丸い目をまたよく開けてラビをにらみつける。

「王の耳に悪を囁き、まるで寄生虫のように城に住み着くあなたに、私は何かを言われる義理もない」

「義理の話しかできないのか」

 クロイは言い返す、さっきまでの微笑みがまた一瞬なくなったが、すぐにまた笑顔に戻った。

「交渉というのはどうでしょう、ラビさん。ラビさんはあなた自身の騎士団を作る金を、私には…そうですね……”貸し”をいただきましょう」

 テーブルの下からは、ゆっくりと左手が出てきた。

 ラビに差し伸べて、握手を求めている。

「報酬だけを聞いて交渉成立…なんてあるわけねぇだろ、手をしまえ。何をすればいい」

 動じず、腕を組んだままラビはそう言った。

「ふふは、そうですね、それもそうですよね」

 テーブルの下から爪を掻くような音が聞こえた。

「ラビさん、今ピチューノはヘイピット近くのピラニア川にて、憩いの火床でキャンプを取っていると聞きます、数万人といっても全員がくたびれ、今にでも戦意喪失しそうな状態…」

 クロイはラビをじっと見つめながら、にやりと気持ちの悪い笑顔を見せた。

「はは、懐かしい。憩いの火床か、今の時代そんなものが見える勇者がどこかにいるのか?」

 少し笑って、ラビは食い気味に話を聞く。

「そうなのか、ラビさんは…憩いの火床が見えるのか」

「ラズバノ大陸にちりばめられた憩いの火床がすべて見えるわけではないが…特定のものであればポル塔に行きつく階段近くにもあるし、アリカポルに入る少し前にも一つある。」

 昔を懐かしむように彼はそう言った。

 クロイは頭を上下にゆっくりと振ってから話をつづけた。

「時間を与えれば与えるほどピチューノ人たちは力をつけます。ヘイピットと近いことから武器の輸入も比較的簡単で、回復にはそう時間もかからないと、私は見ました。しかし王は、鏡を使いたくはないと――」

「それはそうだろ」

 クロイが言い終わるのを待たずにラビは即座に答えた。

「鏡は全大陸で禁止されている。クロイ”様”も、学校の授業で理由くらい学んだだろう」

 クロイをじっと睨みつけ、それからグラスに残っていたワインを飲み干した。

「ヴォアザンは夢すら侵食する血毒の魔女、本来であれば鏡の話さえも禁忌であるはずだ。お前はピチューノ人たちを鏡送りにして、血毒の魔女に餌を与えるつもりか?」

「ピチューノは私たちを邪魔する害虫だ。ラビさん、あなたの力を借りて私はそれらの害虫をおびき寄せ、全員を鏡送りにする」

 クロイはやっと、両手をテーブルの上に置いた。

「お前は誰の味方なんだ? そんな危ないことをすれば国一つが滅ぶかもしれないというのに、クロイ、お前はなぜそんなに皆を嫌う?」

 ラビは腕を組むのをやめ、クロイと同じく両手をテーブルの上に置いた。

「私は、私の味方です。私は私が欲しいものを手に入れるまで止まる気はありません」

「お前は何を欲しがる」

「富と、名声」

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