ラズバノ・ジュコ
マルザ国建国1271年、その国には国民が知識を得るために常に行く、天井が空まで届くような大きな図書館があった。
その図書館を守っていたのはマルザ国に代々生きる、ラズバノ達だった。
主人公のジュコは、9歳にして初めての本を棚に入れた。
その小さな行動にはこれからジュコがここで、この図書館で、家族と一緒に働いていくという意味が込められていた。
彼の母は思いっきり笑って拍手し、彼の父は息子を抱き上げた。
これからも三人でこの広い図書館を管理し、生きていく。
ジュコはそう、嬉しそうに思った。
「ジュコ、お前はこの図書館について、どう思う」
持ち上げられたままのジュコは父に聞かれると、頭を上下に振ってこう答えた。
「楽しいよ」
ジュコは長ったるい感想を言えるような年齢ではなかった。
父はジュコを抱いて、もう一度—―
図書館の中を回ることにした。
壁を走る階段を登れなければ、一番上の本にたどりつくことはできない。
でもそのくらい好きな本を読みたい人がいる、幅広い知識を求め、毎日勉強に来る人がいる。
ジュコは周りを見てそう思った。
父に肩車されながら太陽の光に照らされた図書館内を歩いて、木材の壁に手を当て、棚に触る。
本にはそれぞれ独特のにおいがあることを知り、それぞれが語る歴史があることを知る。
その時はまだ9歳のジュコだが、彼は自分の人生に満足していた。
マルザ国建国1281年。
ラズバノ・ジュコは19歳を迎えた、しかしそれはただの時間の経過で、ジュコにとっては誕生日にプレゼントや、パーティーは必要のないものだと思っていた。
1月の10日だった、ジュコの父はなぜか棚の後ろで隠れる。
ジュコには彼がいることはお見通しだった、しかしここで声を掛けたらなんだかいけない気がした。
図書館の反対側に持っていくよう指示された本をカートで押して、そのまま歩いていく。
長く高い棚には本と本の間に、隙間があり――
そこからジュコを待つ父の姿が見えた。
ジュコが通り過ぎると父は彼の前に飛び込んで「わぁ!」と叫ぶ。
「どうしたの?」
ジュコは、片手に何等かの箱を握る父に言った。
「びっくりしてないのか?」
父は聞く。
「わぁ!」
ジュコはびっくりするふりをした。
「今頃びっくりされてもなぁ。」
父親は息子に少し呆れた。
本を読みすぎたせいか、ジュコは確かに普通のことには動揺しない。
すべてを見た気になっているかもしれないが、彼はマルザ国から出たこともなかった。
この大陸を横断したこともなければ、ほかの国をその目で見に行ったこともない。本は彼にとっては広い世界を案内してくれたが、それと一緒に、冒険する気をなくしてしまっていた。
「まぁ、とにかく。今日はお前の誕生日だ、アリアドンテで作られたものだ。開けてみろ」
ジュコの父はそう言って、彼に赤い箱を渡す。
「アリアドンテから? 高かったでしょ、海の向こうなんだから。」
ジュコは価格について知りたがるが、父はジュコにこう言った。
「もらったものの価格を聞くのは行儀悪いぞ」
父はジュコに「あけろ」というしぐさをして、微笑みながら待つ。
ジュコはわかっていた。アリアドンテのもので…彼が欲しがるようなもの。
クリスタルだ。
アリアドンテのクリスタルはマルザや、レッコラ、アリカポルで採れるような普通のクリスタルではない。
アリアドンテの国は、このクリスタルのおかげで存在する…
ゆっくり箱のリボンを取って、開ける。
そこには予想通り、クリスタルがあった。
緑色だ…ジュコは思った。
「緑色のクリスタルってことは…?」
ジュコは父に確かめる。
「正真正銘本物のクリスタルだ、貨物船を持ってる友達からもらったものだ。いつも本を借りさせてくれてありがとう。だとさ」
父はそう言ってまた微笑んで棚に体を休める。
少し、疲れているようにも見える…
「ありがとう」
ジュコはお礼をした。
「試してみろ、見てみたいんだ」
父はそう言って頭でまたしぐさをする。
「わかった」
ジュコはクリスタルを右手に持って、握った。
緑色のクリスタルは太陽の光を反射し、その反射がジュコの顔に当たる。
クリスタルの反対側にあるじぶんの手が見えた。
少し緑色だが自分の手に間違いはない。
ジュコはクリスタルを少しずつ、強く握る。
「いけ!」
お父さんは応援する。
もっと強く握るとクリスタルは粉々になり、地面に落ちた。
手に刺さったわけでもなく、小さく砂みたいに落ちた。
地面に残った緑色の砂は次見てみるとなくなっていた。
手にも何も残らない。
ジュコは右手で適当な本をつかんで、頭の中で考える。
今の自分にはどんな力があるんだろうと。
そして目を開けると、一つだった本が二つになっていた。
「ものを複製する力か。」
父は微笑む。
「これで世界にたった一つしか存在しない本も、お前のおかげで複製可能になったな」
書物や本の複製、これは在庫を切らさないためだったり、売るためにも使えるとジュコは思った。
しかし同時に、複製されたものは唯一性をなくす…
ジュコは困った、こんな力、本当に使っていいのだろうかと。
ジュコは父のほうを見る。
父は鼻の筋を指でマッサージしている
「どうかしたの」
ジュコは聞く。
「最近どうも調子が悪いんだ。なんだか体が思うように動かなくてね。」
父はそう言ってジュコから遠ざかっていく。
調子が悪いのか、休めばいいものの。
父は毎日目が覚めると仕事ばかり、だが別に無理やり起きて自分でめんどくさがりながらやるわけではなく――
自分から喜んでここの管理をしている、管理するといっても広すぎるからいつ本がなくなるのかはわからないため、ただ図書館内を回ってホームレスがいるかどうかを調べるだけだ。
複製すれば、この膨大な蔵書が万一失われても、在庫として残せる――
…とにかく早く本を運ぼう、カートを握るだけ握って仕事しないのはダメだ。
ジュコはそう思い、カートを押して歩き始めた。
次の日、父から休みをもらったのでマルザの中を散歩しようとジュコは図書館から出た。
ジュコはものすごく人間観察が好きで、いつも人を見ると「この人は何をしてここにいるのかな」とその人の”物語”に惹かれることがある。
どんな気分なのか、どこに行くのか、どんな家庭を持っているのか。
ジュコはそんな個人的なことを見ず知らずの人に、簡単に聞けたら人生はより面白くなると思っていた。
図書館の外に出るとまず目の前に見える建物はレストランだった。
そこで働いているラフィラ一族は大昔に「人は勉強をすると腹がすく」と言ってここにレストランを開いた。
父はいつもここで甘いものを食べたり、昼飯を食べに来たりする。
母はいつも彼に付き添ってくれる。
右を向けばマルザ王の巨大な城が見えた、何をどう作ったらあんな大きい建物ができるのか。
ジュコにとっては不思議なことだった、しかし生きてきてずっとジュコは建物や、建設についての本に興味を持ったことはなかった、木材の水分含有量の話が3ページ続いたとき、ページをめくる前に眠った。
話を戻そう。
左を見ると海が見えた、その先にはもう一つの国シャルザがあった。
マルザとシャルザは名前がよく似ている、なぜならマルザが建国されたとき、マルザ王の弟も国を作りたいと言い出し、海の向こう側にシャルザを立ち上げた。
シャルザも結局はマルザと同じく、貿易で成り立っている国で、海の魚と船がなければ生きていけない国だった。
ジュコがまず向かいたかったのはクリスタルをくれた貨物船の所有者だった。
名前こそはわからないがジュコはお礼をしに行かなければと、そう思った。
街並みを歩いて白い建物を通り過ぎていく、この国の建物の色はすべて白に近く、どこをどう歩いても茶色の図書館がやっぱり新鮮に思える。
白という色はきっと、ここで塩が作られているからに違いないだろう。
魚もよく捕れれば、ラズバノ大陸の塩はすべてここから出ているといっても過言ではない。
その割にはここに来る冒険者は少ない、山の中を通ってここに出なければならないからか、武器商人の多いヘイピッドや、この大陸でもっとも広いピチューノの人々がここまで来るのは非常に難しい。
いずれかはここもレッコラのような中の人のみを受け入れ、外人を粗末に扱う時代が来るのかもしれない。
ジュコはそんな時代は来てほしくないと思った。
港にたどり着いた、そこには大きい船もあれば、小さく、魚を捕まえて帰ってくるだけの船もあった。
シャルザから船が来ていて、みんなが集まっている。
ジュコは見てみることにした。
人の集まりを割って中に入っていくとやっと男の人が見えた。
「これこそが正真正銘のクリスタル! 冷静な青いクリスタルは我々の生活を豊かにし、パワーをくれる! 情熱の赤いクリスタルは火を噴き! 我々のタバコに火をつけてくれる! そしてもっとも大切で、だれもが欲しがる。あなたが使ったらこんな力がッ! そしてあなたも使えばこんなちからがッ!」
観客指をさし、両手を挙げて力を意味するしぐさをする、そして続ける
「どんな悩み事もこれ一つで解決、緑のクリスタル! 世界でたった一つの力をくれる! 人と被ることもなければ、もらわない可能性もない! ハコシタの野郎どもが作っているような偽物のクリスタルを高く買って結局は力を授からない……! このクリスタルだったらそんなことはないのだ!」
そう言い終えるとすぐに札束を宙に挙げる人が現れた。
「俺にくれ!」
観客の中から声が聞こえる。
一人が始めるともう一人、その後続いてもう一人が声を上げた。
少したつとクリスタルは売り切れたみたいで観客たちは去っていった。
残ったのは大量のパヤを握ったセールスマンに近づく。
男はパヤを数えていて、100、200と声に出している…
ジュコは声をかける。
「こんにちは」
そういうとセールスマンは一言、こういった
「もう売り切れですよ、一週間後にはアリアドンテに行くからまた仕入れをする。その時戻ってこい」
そういってクリスタルをおいていたテーブルの片付けをしようとする
「図書館で働いている男にクリスタルをあげました?」
ジュコは忙しそうにする男の行動を無視して話しかける、男はゆっくり振り向いて微笑んだ。
「まさかラズバノ君? 君の図書館にはいつもお世話になっているんだ」
そういって手を差し伸べる、ジュコと握手がしたいようだ。
「ああ、ああ、君のお父さんはいつもクリスタルを運ぶのを手伝ってくれるから、今日はお礼に緑のをあげたんだ。どうだ? いい感じに力を使えてるか、君のお父さんは?」
強く握って上下に手を振られるジュコはそろそろやめてほしいと思っていた。
「それにッ。ついてッ。お礼をッ…しにきましたッ…それと父はクリスタルを俺にくれたんです」
ジュコは手を上下に強く振られたせいか声もよく出なかったが、しゃべっている途中に振るのをやめてくれた。
「そっか。自分のむすこにあげたのか。いいお父さんを持ったものだ、君の名前は?」
手を握るのをやめて、男は聞く。
「ジュコです」
ジュコは答える。
「ジュコ君ね、よろしく! 私はコウリ、ダンパ・ダ・コウリだ、覚えにくい名前だからコウリでいいさ」
微笑んでからまたしゃべり始めた。
「君に何かあればすぐに駆け付けるよ。お父さんとは長い付き合いで、君の図書館がなければ船の乗り方も知らなかった。これ、これを使って私を呼び込んでくれ、また言うけど、困ったときはいつでも呼べよ?! 駆けつける、じゃあ、これくらいにしてそろそろ仕事に戻るよ、楽しい会話だった。またねジュコ君!」
そういって半分に折りたためたテーブルをもって船の中に入っていった。
ジュコの手にあったものは笛だった、木材で作られたものだ。
普通の笛ではなく、魔法のかかった笛だとすぐに分かった、これを吹けばコウリの地図にジュコの居場所が現れる仕組みになっている。
どこで魔法を覚えたのかは、少し考えればわかる。
きっと図書館だろう…
その日は外の空気に満足し、ジュコは図書館に帰った。
…しかし帰ると目の前にはとても満足できない光景が広がっていた。
父が、倒れている。
マルザは海の国。レッコラは山の国。ピチューノは富の国。ヘイピッドは武器と魔物の国。
世界はもっともっと広い、これからもいろんな国が出てくる。