星降る夜にまた、大木の下で会おう
「小さい頃の記憶を取り戻したいんですっ!!」
シイナは気合い十分だが、俺にとっては不安でしかない。なぜなら、さっきも話していた通り、彼女の幼少期はあまり良いものではなかった。そのせいで一部の記憶が曖昧になってしまっていると聞く。
幼いながら消したい記憶だと思ったって事だろ?
わざわざ辛い記憶を思い出さなくたって……。
「その気持ちは汲むが……。」
「でも知りたいんです。取り戻したいんです。」
過酷で辛い日々を送っていたシイナと俺は一度、世界線を超えて、疑いようがない奇跡の果てにここで出会った。
ほんのひととき、神様のいたずらで巡り合った記憶を取り戻す為だけに、無理はしないで欲しい。
「だが……、」
もちろん、シイナが俺を覚えていなかったことに悲しいと思う心はある。だって、俺にとっては何よりも大切に扱ってきた記憶だから。それでも記憶は過去だ。
今、シイナは隣にいる。
それで良い。そう思い込ませてきた。
「さっきも言いましたけど、私は大丈夫です。」
私を信じてと、瞳が訴える。
「だから、教えてくれませんか?」
こうなったシイナは絶対に曲げない。
柔らかい物言いの下に隠れた芯の強さは、精霊王の妻に相応しい資質。
「はぁー……、分かった。」
「ふふ、ありがとうございます。」
改めて実感するよ。
俺を手懐けられるのはお前だけだと。
「それで、なにを聴きたいんだ?」
「私達はどうやって出会ったのですか?」
どうやって、か。
ふむ……。
「シイナが嫌がる俺に無理矢理迫って来たんだ。」
「はぇっ!? 嘘ですよね!?」
「いや、本当だぞ。」
あれは先代精霊王、つまり俺の父様が亡くなり程なくして開かれた精霊族と人間族の平和を願う和平パーティーでの事。
「あの頃は俺も国王になって日が浅く、まだ精霊国もピリピリしていたな。近づく奴は全て敵だと思っていたぐらいだ。」
当時の俺は四属性の魔法を操り、底なしの魔力を保有する『羽根の生えた化け物』なんて呼ばれていた。そんな俺に近づく奴の大きく分けて二種類。
媚を売り、懐に入り込もうとする者。
なんでもいいから弱点を突こうとする者。
「内政も上手くいっていなかったから和平パーティーには俺と信頼できる騎士団を数名だけ連れて出席していた。」
先代の精霊王は晩年、穢れに苦しみほとんど内政に関われず家臣に任せっきりにしていた。
先代が死んでからも権力を欲する家臣が俺の崩御を企てたり、悪政に広めたりと冗談みたいな事が毎日起こる。そんなクソみたいな日々の中で、年に一度の和平パーティーだ。
「正直なところ、やってやれるかと。かなり荒んでいたな。」
「メロウ様にもそんな時期があったのですね。」
「当たり前だ。国王なんてクレハに押しつければ良かったと何度思ったことか。」
そんなだから、和平パーティーでも俺に近づく者はほとんどおらず、挨拶を済ませて早々に抜け出した。
一人の時間と安息を求めて。
王として弱いところは見せられない。
穢れに侵された身体を悟られないように。
歩いて、歩いて歩いて。
アテもないから一際目立つ大木を目指したんだ。
『はぁー…………。』
大木の下にベンチがあってくれて良かった。
ここなら人目に付かず休めるだろう。
そう思った矢先、
『あなたもまいご?』
知らない子供の声がした。
『誰だ!?』
カサカサと茂みから音が鳴り、姿を現したのは人形みたく端正な顔立ちをした人間の少女だった。
『あのね、私もまいごなの。』
少女の第一印象は、成金のクソガキだった。
子供が纏うには高級なドレスを着て、宝石をあしらった靴を履く。それなのに歩き方もマナーもなってない。
俺が同じぐらいの歳の頃には、すでに母様から完璧な素養を身に付けるよう励んでいたと言うのに。
この子はどうせ、甘やかされて育ってきたんだろう。
『俺は迷子じゃない。さっさと消えろ。』
『…………やだっ!』
少女の脚は一歩、なぜかこちらに近づいた。
『ここはお前のような者が来る場ではない。去れ。』
『やだやだやだっ!!』
また一歩……。
『このクソガキ……、立ち去れと言ってるだろうがっ!』
怒りに任せて魔力で威圧した。
これで泣いて逃げるだろう。そう思ったのに、
『独りぼっちはやだっ!』
あろう事か少女はこちらに走り寄ると、図々しくも俺の隣に座ったんだ。良いよね、と言いたげな笑みを見せるから、もう諦めた。
『ハァー……、好きにしろ。』
『分かったっ!』
言葉通り、少女はよく分からない事をペラペラと喋っては話をこちらに振ってくる。その度に『うるさい』『帰れ』と暴言を吐いてみるが、少女には全く効かない。
「あの時のシイナはかなり積極的だったな。」
「……あはは。」
そんな少女は穢れに苦しむ俺を見て、なんの躊躇いもなく手を伸ばし笑ったんだ。
これで寂しくないでしょ、と。
無垢な心は荒み穢れた心まで癒した。
成金みたいな派手なドレスの中身は、穢れを知らない天使だった。思えばあの日からだろう。ちゃんと他人を知って、心を尽くそうと思ったのは。
羽根の生えた化け物が精霊王になれたのは、紛れもなくシイナのおかげだ。
こんな事を言ったら重いと思われるだろうか?
それよりも、余計に記憶を取り戻したいと言いそうだ。
今はまだ、俺の心にしまっておこう。
「何か思い出したか?」
「…………いいえ。全くです。」
まぁ、そんなもんだろ。
それでいい。
「無理はしなくて良い。」
「分かってます。分かってはいるんです……。」
悔しがるシイナ。
悲しいが諦める頃合いだろう。
辺りはかなり暗い。
そろそろ精霊国へ帰らないと皆が心配する。
「シイナ、そろそろ帰ろうか。」
「……はい。せめて何か一つ、思い出したかったです。」
短くため息を吐いて項垂れる。
「デートの最後にそんな顔では終われないな。」
「あっ、違うんです。そう言うつもりはなくてっ!」
「良いものを見せてやろう。」
そう言えば、あの日も幼いシイナにこれを見せたな。
「シイナ、上を観てろ。」
「空……?」
四属性を組み合わせた魔法を夜空へと打ち上げた。
「うわぁっ!」
夜空に打ち上がった魔法は空高くで破裂し、地上に向かって流れ落ちる。その光景は、大迫力の流星群。
「すごい! メロウ様、凄く綺麗ですっ!!」
闇を照らす満天の星が夏の夜を舞う。
その姿は満月にだって負けない。
今日だけは、この一瞬だけは、世界で一等輝くは星である。
「君が思い出せない過去を悲しむのは分かる。けれど、思い出すなら今日にしてくれ。」
俺が幼い君を全て覚えておくから。
あの日も帰りたくないと泣き出した君に言ったんだ。
「夏の夜、大きな大木、流れる星達を観たら今日を思い出してくれ。」
君を想う精霊がそばに居ると覚えていてくれ。
愛を語るにはまだ早い君に。
「星降る夜にまた、大木の下で会おう。」
その約束を贈ったんだ。
興奮冷めやらぬ中、精霊国の自室に帰ってきた二人。
「なに、これ……?」
二人の寝室に入ると、そこには部屋いっぱいのプレゼントの山が置いてあった。
「俺からシイナへの誕生日プレゼントだ。」
「こんなには要らないですよ!」
「いいや、受け取ってくれ。幼いシイナに出会って以来、次に会った時に渡せるように買い貯めていた誕生日プレゼントだから。」
部屋を見ると大きなクマのぬいぐるみから魔石までバラバラな年齢層に贈るプレゼントに全て同じ翡翠のリボンが巻かれていた。
「これぐらいはいいだろ?」
「………それはズルいです。」
「誕生日おめでとう、シイナ。」
「ありがとう、ございます。」
照れるシイナの可愛さに、勢い余ったメロウがベッドに押し倒したのは当然のことだった。




