メロウは焦る 4
「少し、遊び過ぎたな……」
太陽が真上に登って来た頃、海にははしゃぎ過ぎてずぶ濡れなった二人がいた。
「こんな事なら水着を持ってこれば良かったですね。」
「それはダメだ。」
二人の髪からは海水が滴り、シイナのワンピースがやけに重そうに見えた。
「ええっ!!」
「シイナの水着姿なんて誰にも見せるもんか。」
今だって薄着で露店の店主やら観光客の視線を集めていると言うのに、水着なんて着たら大変な事になる。着るなら俺と完全な二人っきりの場所でのみに欲しい。
「そんなに着たいなら来年のシイナの誕生日に無人島でも買うか。」
「そんなの要らないですよっ!」
焦るシイナに冗談だと誤魔化しておいた。
「そろそろ移動しようか。」
「どこへ行くのですか?」
「少しショッピングをしよう。」
パチンと手を鳴らして身体に付いた海水を全て魔法で取り除いて綺麗さっぱり。四属性の魔法が使えるとこういう時に便利だ。
両手を広げて私もお願いします、と言いたげに待っているシイナ。無防備にこちらを見つめる姿に自然と身体は彼女に吸い寄せられる。
「……ん。」
「ちょっ!? 違う、ハグじゃないですっ!」
「ああ、そう……。」
少し残念。もう慣れたけど。
すり抜けていくシイナから「そういうのは寝室で……」と小声が聞こえた。
今晩、期待して良いってことか……?
良いんだよなっ!?
「早く行きましょ!!」
「はいはい。」
波の音と海の香りに手を振って、二人は仲良くルルーカルの内陸に位置するブティック街へと向かった。
ここら辺は高級なブランド品を取り扱う店から地元の工芸品まで、数多くの店が立ち並ぶ。もちろん甘い香りを放つケーキ屋やパン屋だってある。
「メロウ様、あそこっ!」
「今度はタルト専門店か……」
俺のプランでは可愛いフリルの付いた服を選びに来たつもりだったのだが、シイナの興味はもっぱら甘い物。
ついさっきお腹がはち切れそうなぐらい朝食を食べていたと言うのに。
「甘い物は別腹ですっ!」
ぷっくり膨らませた頬にはリスみたいにチョコがぎっしり詰め込まれていた。さっきまでとは打って変わりグイグイと引っぱられる繋いだ手。
「アハハハ、可愛いなぁ。」
「んなっ!?」
「こっちもひと口食べてみるか?」
「………………はぃ。」
苺味のアイスをパクリ。
プラン通りにいかないデートも楽しいものだ。
それからお揃いの耳飾りを購入したり、景品が貰えるゲームに参加したり、とにかく遊び回った。
日が傾き出した頃、ルルーカルの広場の中央で行われる簡素な舞台を見る為に移動していた時の事だった。
「私、物語に救われたんです。」
「……どう言う事だ?」
夕日に染まるシイナの横顔は、徐々に影を落とす。
「前にお話したように私の両親は……、家庭を顧みない人達でした。家でいつも二人の帰りを待つのですが、これが中々に寂しくて。」
シイナの手をきつく握り締めた。
「おばあちゃんに引き取られた後も、不意に一人になる瞬間が無性に寂しかったんです。また置いてかれるんじゃないかって、不安で怖くて。」
過ぎた過去なのは分かってる。
それでもやるせない気持ちが首を締めた。
「そんな時、一冊の物語に出会ったんです。」
「……どんな話なんだ?」
「それがですね、ある精霊が人間に恋する話なんです。」
ふふふ、とシイナは小さく笑った。
「その物語を読んでる時だけは不安を感じる事はありませんでした。だから私、物語が大好きなんです。」
シイナの中で過去の出来事はもう瘡蓋になっている。そう思わせる笑みだった。
「へぇー、それは面白そうだ。」
「本当に思ってますか?」
「もちろん。だって、俺たちの話みたいじゃないか。」
そう言うとシイナは少し驚いた表情をして、「そうなんです」と呟いた。
「……シイナ。」
「どうしましたか?」
これはあまり言いたくない話ではあるが……。
「フォンブール公爵家へ、行ってみるか?」
「…………え?」
「実は、ルルーカルの外れにフォンブール家の別荘があるのだが、当主は今そこにいるらしい。」
もちろんシシアとして会いに行くことにはなるが、シイナが欲しがっていた両親の愛を受け取る事が出来るかも知れない。
「……。」
「黙っていてすまない。」
心の傷は不治の病なんていう者がいるくらい、その人の人生に重くのしかかる。俺にだって、未だに癒えない傷がある。時々、ごく稀に、思い出しては気持ちが沈む。
「飛び出した家だろうが、血が繋がった家族だ。温かく受け入れてくれるかも知れない。」
そうすれば、瘡蓋の傷だって癒えるはず。
「……。」
ただ、フォンブール公爵家はあまり良い噂を聞かない。と言うのも、今代のフォンブール公爵(シシアの実の父)は反精霊派の一角で、獣王国の一件も関与していたと噂されている。
実際、シシアに内緒で結婚の日取りを書いた手紙を出したのだが、返事は返って来なかった。
「メロウ様……。」
会いに行ったところで傷が抉れるだけかも知れない。それでも、シイナが会いたいと言うなら……
「血が繋がっていようと、愛がない家族はいるのです。」
「――ッ!」
それは悟りに近い瞳だった。
「お心遣い、ありがとうございます。けれど私は、会いません。公爵家には戻りません。」
「…………すまない。」
何に対する謝罪なのか、自分でも分からなかった。
広場へ向かっていた脚は止まり、会話も途切れる。
さっきまで最高のデートをしていたはずなのに、俺が余計な事を言ったばっかりに最悪な雰囲気になってしまった。
「シイナ、本当に……」
「私にはメロウ様がいるから。」
「え?」
「シャルもナリ、リナ、クレハ様にザリール様。それにポーラやウルバ、ジルバルだって居てくれる。」
パッと目が合った。
黄昏の一瞬が、シイナを強く輝かせた。
「みんなが居てくれるから、私は大丈夫ですっ!」
ああ……、やはり俺の妻は美しい。
外見だけじゃない。
内面から強く輝く格好いい女性だ。
「ずっとそばに居させてくれ。」
「ふふふ。もちろんです。」
握り返された手から伝わる熱が温かくて、心地が良かった。
「それよりも私、行ってみたい場所があるのですが。」
「……?」
◯●◯●◯
空はすっかり日が落ちて、辺りは闇に包まれた。
けれど今日は運がいい。
「満月が、遠い……。」
「いつも上空にある精霊国から見ているからな。」
星の王たる満月が雲一つない夜空を照らしていた。
「それにしてもまさか、ここだったなんて……。」
「シイナ、大丈夫か? 嫌な事を思い出すならすぐに帰るぞ?」
俺たちの正面には一際大きな大木があった。
ここは俺の思い出の場所であり、大切な場所なのだけど、シイナにとってはあまり思い出したくない場所のはず。
「まさか、幼い私とメロウ様が出会ったのが『精霊の愛し子』で主人公の二人が出会う場所だったなんて!」
シイナの要望で急遽訪れる事となった場所は、人間城内から庭園を抜けた先、一際目立つ大木のある小高い丘の上だった。
「ここで何をしたかったんだ?」
「それはもちろん、小さい頃の記憶を取り戻したいんですっ!!」




