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07 モナルダ病棟にて 3

「な、なに?」


 思わず耳を塞ぐほどの唸り声は病棟全体を揺らた。

 その次に病棟中に大きな警報音が鳴り響く。


「チッ、お前達は早く避難しろ!」


 ジルバルはそう言い残すと病棟の奥に走って行ってしまった。


「シシア様、早く!」

「なに、どういう事なの!?」


 病棟は一気に混乱に包まれた。

 看護師達が走り回る。泣き叫ぶ数多の声がする。


「さっきの唸り声と警報音。誰かが黒穢になったに違いありません。ここに居ては黒穢と化した精霊の攻撃に巻き込まれます。急いで部屋に戻りましょう。」


 黒穢……。

 穢れに蝕まれた精霊の末路。一度黒穢になってしまうと死ぬまで暴れて続け、同族の魔力を求めて食い殺すと言う。


(ここに居てはナリの言う通り危険だ、早く逃げないとっ!)


 幸いにも出入り口はすぐそこ。

 走れば怪我一つなくここから逃げ出せそうだ。


「魔弾の使用許可を早く取って来てっ!」


 看護師の叫ぶ声にした。


「ジルバル様でも数分しかもたいない。急いで!」


 魔弾……?

 それは拳銃のようなアーティファクトよね。使い道は言わずもがな武器。人殺しの道具だ。


「黒穢になった精霊は、どうなるの?」

「それは……。」


 小説『精霊の愛し子』はラブロマンスだ。基本的に主人公二人の恋愛模様が描かれていて、冒険ファンタシーみたいな殺生は描かれていない。


 黒穢になった精霊は描かれていたけれど、直接的な惨殺のシーンはなく、暈されて描かれていた。

 

 よく考えればわかる話なのに……。


「黒穢になったら、もう理性はありません。精霊には、戻れません……。」


 本当に、私の考えは甘かったんだと思い知らされる。


 走り飛び回る精霊達の叫び声。

 警報の音が鳴り響く病棟内。

 全てが肌を刺してくる。


 これは、現実なんだ……。


「多くの人を傷付けてしまう可能性があります。」


 この世界に棲まう精霊達がどれだけ穢れに苦しめられて来たのか、浄化師がどれだけ希望の光だったのか、もっと考えてから行動すべきだった。


「なので……そうなる前に、魔弾で素早く死を贈るのです。」


 ジルバルがあんなに怒ったのも当然だ。

 それでもシシアは残酷な人。自分の我が儘で精霊が死のうと関係ないと笑い飛ばすだろう。


 でも、私は……。


「そんな簡単に見殺しになんて出来ないよ。」


 シシアは出入り口と真逆の方向を向いた。


「シシア、様……?」

「ナリはそのまま逃げて。私は出来る限りの事をしてみるからっ!」

「シシア様――っ!」


 困惑するナリをおいて病棟の奥へ急いだ。

 途中、脚に穢れを負って動けなくなっていた精霊を見つけては近くにいた看護師に伝え、病棟の外まで担いで行ってもらった。


 病棟は患者の数に対してスタッフが圧倒的に足りていない。患者も穢れの進行が進んでいて思うように動けない者が多かった。


 病棟は黒穢の呻き声がするたびに震え、今にも倒壊してしまいそう。


(急がないと、相当な被害が出てしまう。)


 地震に似た揺れを感じながら建物を走るのは簡単じゃない。何度も倒れて壁にぶつかって転んでしまった。額から流れる汗を拭い、呼吸を整える。


「ハァー……ハァーハァー……っ!」


 シシアの体力は皆無。少し走っただけで膝が笑ってしまった。苦しくて不甲斐なくて、どうしようもなく涙が出そうになる。それでも、


「シシア、頑張りなさいよ!」


 自分を鼓舞するように震える太ももを叩いて立ち上がって病棟の奥を目指して走った。


 病棟は外から見た時よりだいぶ奥に長く広がっている。左右にいくつもの病室があり、奥に進むに連れて穢れの進行が進み身体が黒く染まった精霊達が正気なくベッドに横たわっていた。


 看護師達はまだ動ける精霊達を優先で病棟の外に避難させているようでこの辺りにはスタッフが誰もいない。


 響くのは最奥と思われる場所からの唸り声と吹き抜ける強風の音だけ。


「音が、だいぶ、近くなって来た……。」


 迫る強風にメイド帽子が飛ばされプラチナブロンドの髪が風に靡く。


「キャッ!」


 奥から今日一番の突風と共に、一人の男がシシアの足元まで飛ばされて来た。床に倒れ込む男の姿に見覚えがある。


「ジ、ジルバル様!」

「うぅっ……。」

 

 慌てて駆け寄りジルバルの容体を確認する。

 頭から血を流しているものの、意識はあるようでホッとした。


「ジルバル様、大丈夫ですか?」

「ああ……って、あんたシシア様か!?」

「――っ!」


 しまった。

 さっきの強風でメイド帽子が飛ばされてしまっていたのをすっかり忘れていた。


 ――ギャァァァアアーーっ!!

 

 混乱する二人の正面から地響きと共に身体全身が真っ黒に染まった二足歩行の生物が近づいてきていた。


「こんなとこで何してんだ。死にたいのか!!」

「あれは……、」

「呑気に黒穢なんて見てんな。逃げろ!」

 

 あれが黒穢。精霊の、なれの果て……?

 信じられない。


 だって精霊の美しい羽根は悪魔のように強く不気味な形になっているし、黒い穢れが顔まで覆っていて表情すら見えない。あんなの、二足歩行で移動する怪物だ。


「オオオ……ォォォオオオオっ!!」


 ヨタヨタとこちらに近づくと呻き声に似た奇声を上げている事に気づく。黒穢となった精霊の周りには強い風が吹き上がりかまいたちとなって病棟の壁を簡単に切り裂いていく。


(あの風に触れたら簡単に死ぬ……。)

 

 初めて見る魔法はアニメみたいな可愛げはなく、確実に人を殺す道具だった。


 立ち上がるジルバルを横目に私は黒穢になった精霊を見入って動けなくなってしまった。


「何してんだ。邪魔だからさっさと逃げろ!」


 そんな私の腕を掴んだジルバルが力いっぱいに引っ張り立たせてくれた。そして出入り口の方へと背中を強く押す。


(…………何してんのよ、私。)

 

 迫り来る黒穢を前に、ジルバルがなにやら唱えると両手から白い光が輪となって黒穢の身体を縛りつけた。


 魔法のロープみたいだ。

 黒穢の体勢を崩し床に倒れ込んでも暴れ周り、力だけで魔法のロープを引きちぎろうとしている。


「このままじゃ、長くは持たない……っ!」


 ジルバルは両手をかざしながら踏ん張るも、魔法のロープは徐々に光を弱りつつある。


(守られる為に来たんじゃないでしょっ!)


 ジルバルの穢れた左腕が明らかに辛そうだ。右腕と比べて少しずつ不安定になり始めていた。


(私に出来ることをしろ。動け、動きなさいっ!)


 震える身体を鼓舞し、脚をジルバルの方へ向けた。


「クソッ……。」

「ジルバル様、失礼します。」


ここまでご覧いただきありがとうございます(*´꒳`*)

底辺作家脱却を目指してます!!

ブクマや☆から評価いただけると執筆意欲に大きく直結します。どうかよろしくお願いしますっ!


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