メロウは焦る 1
それは、盛大に挙げた結婚式が終わってしばらく平和な時が流れた時の事だった。
溜まった仕事をこなし、もぎ取った最愛のシシアとの昼食を取り終えた昼下がり。
ふと、疑問が浮かんだ。
「そう言えば、シイナの誕生日はいつなんだ?」
我が妻は身体と魂が別という極めて異質な存在なのだ。
身体は公爵令嬢シシア・フォンブール。
魂は異世界人の花月椎奈。
シシアの誕生日は寒さの厳しい冬だと聞いた。しかし、シイナの誕生日を聞いた事がなかった。
「え? ええーっと……、」
なぜ、そんな不安そうな顔をしているのだろう。
嫌な事でも思い出したのか?
シイナは両親と上手くいっていなかったと聞く。もしかしたら、その辛い記憶を思い出させてしまったのがしれない。
「すまない。辛い記憶を思い出させる事を言った。」
「いえ、そうじゃないんです。」
「……? ならどうした?」
もじもじするシシアも可愛い。
シシアはずっと可愛い。
シシアの全部を知りたい。
だから彼女が話してくれるまでいくらでも待つつもりだった。
「って……、です。」
「今なんと言ったんだ?」
「だから……、明後日なんです。」
ん?
…………………明後日?
「シイナの誕生日は八月十四日なんです……。」
ん? んん?
今日は何月何日だ?
明後日って、いつだった?
「すみません。私もすっかり誕生日なんて忘れてて。」
「…………あ、ああ」
「それにシイナの頃、誕生日を祝って貰った記憶もないんです。だから特に、」
今日は八月十二日だ。
シイナの誕生日は八月十四日?
「明後日だとっ!!!?!!!?!!」
パーティーの準備は間に合うのか!?
プレゼントは!?
シイナの誕生日を盛大に祝ってやらないと。
「まずはドレスの採寸か? いや、パーティー会場の設営……それから、」
「ま、待ってくださいっ!」
パンっと目の前でシシアが手を叩いた。
「どうした……?」
「あの、特になにかして欲しいわけじゃないんです。」
「なぜ? 誕生日は盛大に祝うものだろ?」
精霊国では誕生日は盛大に祝い、感謝を述べる日と考える。人間国も異世界もそう変わらないと言っていたが、違うのだろうか?
「コホン。まずですね、シイナと言う存在はほとんどの方が知りません。」
「うぐッ……。そう、だった。」
シイナの存在は国のほんの僅かな精霊しか知らない。そんな状況で盛大に祝いの場を設けたとて、説明が出来ない以上、誰の祝いなのかすら分からない謎のパーティーが出来上がってしまう。
「そ、それならシシアを愛でる会にしてしまえば誰も文句は言わないだろ?」
「私が文句を言いますっ!!」
ぷくっと頬を膨らませて怒るシシアの破壊力。
なんて、可愛い……。
「じゃあ、せめてなにか欲しい物だったりして欲しい事はないか?」
「唐突に言われても……、」
プラチナブロンドの美しい髪を耳にかけ、考え込む横顔は真剣そのもの。なんでもやると言っているのだから高価な宝石なアクセサリーをねだればいいのに、そのどちらもシシアは選ばないだろう。
おそらく、そんな高い物要らないと怒るのだろうな。彼女はそう言う人だ。それよりも自分だけの寝室が欲しいと言われそうで怖い。
寝室を別にするなど、断固拒否してやるがな。
「やっぱり……、特に思いつかない、です。」
シシアは嘘をつく時、耳を触る癖がある。
そう、今みたいに。
「だったら、シシアを愛でる会を開こう。」
「んなっ!?」
こういう時に遠慮なんてしてほしくない。
意地悪を承知で揺さぶりをかける。
「だって俺はシシアとシイナ、どちらの君も好きなんだ。特別な人の特別を祝うのは当然だろ?」
「ですからっ、」
「シシア。して欲しい事、欲しい物は?」
「あの、やっ、ちょっ!!」
グッと距離を縮めて抱き寄せる。
薄い腰に手を回し、逃げ場を無くしたら後は簡単。
「今、お昼ですよっ!?」
「ん? 俺はまだ何もしてないぞ?」
「まだって言った!!」
背中の羽根の付け根を優しく撫で、暴れなくなったところで唇を重ねる。
「んっ……、ハァ……。も、やぁ……」
「そんな潤んだ瞳で見詰められたら止まらなくなるぞ?」
ここは城の草木生い茂る庭園。
周りに誰も居ないのを良い事に、恥ずかしがるシシアの口を無理矢理開き、舌を絡ませる。
甘い吐息と漏れ出す声、絡む舌は少し震えて。
熱を持つ小さな手がぎゅっと俺の背中にしがみつく。
何度もしている事なのに、今だに慣れない辿々しい感じがなんとも男心をくすぐる。
全部が可愛い。愛らしい。愛おしい。
ああ……、本当に止まらなくなりそうだ。
「シシア、教えて?」
「で、デートがしたいですっ!!!」
「…………デート?」
思いがけない答えに行為がピタリと止まった。その隙に、シシアは小柄な体系を活かして俺の腕からすり抜けた。
「メロウ様と二人で。デートが、したい、ですっ。」
その言葉だけ残して赤らむシシアは庭園から去って行った。
……。
…………デート?
これは、非常に困った。
「と、言うわけでお前達に集まって貰った訳だ。」
「陛下、意味が分かりません。」
「はぁー。これが私の弟なんて、聞いて呆れる。」
その日の夕刻。
メロウから緊急事態だと執務室に呼び出されたザリールとクレハ。
彼ら二人はメロウと幼い頃から一緒に育ってきたこともあり、気を許せる数少ない者達だ。因みにシシアの事情も知っている。
そんな二人を巻き込んで緊急会議が今、開かれようとしている。
「お題は〝最高のデートプラン〟について、だ。」
深刻な表情を浮かべるメロウとは裏腹に、呆れた表情を浮かべるクレハ。それから今だに状況を把握しきれていないザリールが二人をキョロキョロと交互に見渡していた。
「そのぐらい自分で考えなさい。というか、シイナちゃんの誕生日が明後日なんて。なんで把握してなかったのよっ!」
唸るクレハは、自分も祝いたかったと机を叩くが、メロウは無視して話を続ける。
「シイナの誕生日に相応しく、俺たち二人の初めてのデートになる。これは絶対に失敗出来ない。」
握った拳に力が入る。
よく考えてみれば、シシアと二人でちゃんとどこかに出掛けるのは初めてなのだ。今までが色々と吹っ飛ばし過ぎていた。
そして、ここに一つ問題が生じている。
「俺はちゃんとしたデートなんぞした事がない。」
産まれた時から精霊王になる事を義務付けられ、公務以外で城の外に出る事はない生活。更には、幼いシイナと出会った事で女性関係の物事は全て断ってきた。
「デートとは、一体なにをするんだ?」
以前、最愛の儀の間にこっそりと抜け出して祭りに行った事があるが、それは祭りを楽しむという目的があった。
デートではあったのだろうが、あまりにも簡素だったと今になって思う。あれを初めてのデートと言うには些か不満。今回はそのリベンジも兼ねて、初めてのデートにしたい。ただ……、
最高なデートにするには、どこに行ってなにをすれば良いんだ?
正直なところ、全く分からない。
それに時間もない。
「城から出たらデートなのか?」
「メロウ、あんた正気?」
「至って正気だ。」
この切羽詰まった状況が二人にも伝わった事だろう。
「これが緊急事態じゃなくてなんだと言うんだ!?」
「あんた、そんな力説して悲しくならないの?」
「うるさい。シシアの為ならプライドなんてへし折ってやる。」
恥も外聞も捨てた。最高のデートにするために今俺がすべき事はなんでもしよう。
「頼む。俺に力を貸してくれっ!」
二人に向かって頭を下げると間髪いれず、ザリールが口を開いた。
「あのー、陛下。なんで私たち二人なのでしょうか?」
「なんでって、お前達二人はよくデートしてるだろ?」
小さい頃から互いに片想いをしていた二人は、ずっと一緒にいた。それについ最近、想いが通じ合い婚約したばかり。巷では二人の婚約話で持ちきりだ。
甘い時間を過ごしているだろう二人はそれなりに経験があるに違いないだろ。
「ふぇっ!?」
「な、なななぬ、なにを仰るのでふかっ!?」
ん……?
なんだ、その反応は?
「デートなんてっ、私みたいな者がクレハ様と出来るはずないでしょうっ!」
自身の髪色と同じぐらい頬を赤く染めるザリールと沈黙で下を向くクレハ。
「え、した事ないのか?」
問い掛けに二人して、小さく頷いた。
反応からして嘘ではなさそう。
「…………。」
おいおい、まさかとか思うが……、
「この中にデートをした事がある奴はいない、のか?」
前途多難な緊急会議が幕を開けたのだった……。




