ナナフシという才女 3
「………………はぁ?」
この国の脳?
ソファーで酔い潰れてるあの人が?
「ジルバル様も冗談とか言うんですね。」
シャルが苦笑いを浮かべ「流石にその肩書きは盛りすぎですよ」とジルバルに返答するも、彼は至って真面目。
「いいえ、事実です。」
「…………」
驚きが強すぎて誰も声を上げられなかった。というより、開いた口が塞がらない。優秀な人だとは思っていたけど、まさかそれほどの異名を持っていたなんて。
だからこそ、私含めここにいる皆が思った。
「そんな凄い人がなんでこんな辺鄙な所で診療所をやっているんですか!?」
宮廷専属浄化師兼専属医というからには、この国の王族を相手にしていた事になる。そんな国の最高峰がここにいるなんて。
もしかしてメロウ様とクレハ様以外にも王族がいるのではとか、なにか秘密の研究をする為なのかもしれないとか、憶測が飛び交う。
「もったいぶらずに教えてくださいっ!」
シャルとナリが食い気味でジルバルに詰め寄り正解をせがむ。
「いや、そのー。期待しているところ悪いのですが…、」
そんな彼女達にジルバルはバツが悪そうに髪をかき上げ、ため息を吐いた。
「酒癖が悪すぎて追い出されただけ、です……」
「……。」
あまりにもナナフシ過ぎる答えに、一堂は大いに納得してしまった。「そりゃそうだよな」と顔を見合わせ、ソファーでイビキをかいて寝るナナフシに哀れみを向けた。
「お説教も済んだ事ですし、夜も遅い。今日はもう眠りましょう。」
ジルバルの一言でナナフシへの興味は一気に消え去った皆は挨拶を済ませ、各々自室に戻ることに。リナはナリと一緒のベッドで寝るらしく、二人笑顔で自室に入っていった。
「アレの処理は私にお任せください。いつもの事ですから。」
未だにナナフシをアレと呼ぶジルバル。その表情は一見すると冷たく映るが、毛布を掛ける手はとても優しかった。
「ジルバル。少し聴きたい事があるの。」
「どうしましたか?」
「この国の歴史を知りたいのだけど、参考になる本はどこに行けば手に入るかしら?」
ナナフシに言われた答えを知りたい。だけど、ここは辺鄙な田舎町。人間から精霊になった浄化師の秘密が載っている国の歴史書があるとは思えなかった。
「……シイナ様が知りたいのはどうして精霊になっても浄化の力が使えるのか、で間違いありませんか?」
まるで頭の中を覗かれたみたいに的確な質問に驚きながらも大きく頷いた。
「そんな機密事項が書かれた歴史書なんて存在しませんよ。」
「ええっ!?」
ジルバルが本日二度目になる大きなため息をこぼした。
「でもナナフシさんはあるって……」
「説明するのが面倒だったのでしょう。」
ナナフシめ……。
旦那であるジルバルが妻をアレと呼ぶのが理解出来た気がした。
「私でよろしければお教え致しましょうか?」
「ぜひ、お願いします!」
改めてリビングにある椅子に座り直した私にジルバルは手際よく二日酔いに効くスープを作りながら話を始めた。
「結論から話しますと、人間は精霊から進化を遂げた存在だからです。」
「…………え?」
予想とは全く違う解答に驚きを隠せない。
「この世界はもともと浮き島に住む精霊のみが生きていたとされています。ただ、穢れに悩まされた先祖達の一部が地上に降りることを決意したのです。」
浮き島に残った精霊族は現在も変わらず。
浮き島を離れ、長い寿命を削ってまで穢れを克服したのが人間族。そして人間同様に穢れを克服する過程で動物と交わったのが獣人族。
「初代精霊王と初代人間族の王は血を分けた兄弟だったとも言われていますね。」
血はかなり薄まってはいるものの人間の貴族にまだ魔法が使える者が多いのもここに起因しているらしい。
今でも魔法が使える人間のほとんどには、精霊の王族と同じ血が通っている。
「それに比べて獣人族は精霊国から追放された凶悪な犯罪者の末裔だそうです。」
精霊族と獣人族が仲が悪いのは根本的な部分もあるとジルバルは言う。
「浄化の力は精霊が人間へと進化を遂げる過程で編み出された魔法です。だからこそ、現在も生きる保守派だった精霊族から浄化の力を持つ者は産まれる筈はなく、更には精霊王の血を引く人間の間にしか産まれません。」
これらの歴史は長い年月が過ぎる過程で人間族から忘れられてしまった。それぐらい古い話。恐らくは数千万年以上前まで遡る。
今では精霊族ですら、この歴史を知る者は数え切れるほど。こんな話を掘り返しても争いの種にしかならない。
(こんな話、歴史書に載ってる筈ないじゃないっ!)
ナナフシに怒りを覚えるが私の知りたかった解答はようやく得られた。
「つまり人間から精霊に変化しても浄化の力が使えるのは単純に精霊族が浄化の力を使えないだけってことね。」
「その通りです。」
浄化師がもう浄化を必要としない人間からしか産まれないなんて、聞けば聞くほど皮肉な話だ。
ふと、疑問が湧いた。
「それなら精霊に浄化の力を教えればいいのでは?」
「それはもうやったバカヤローが……。」
さっきまでソファーで寝ていたはずのナナフシがノソノソと起き上がり会話に参加した。
「特別医療研究室所長としてな。でも出来なかった。」
「ナナフシさん、聴いてたんですか?」
「んな訳あるか。話の流れ的にどうせジルバルが言い終わった後だと推察したまでだ。」
ドカッ、と椅子に座るナナフシにタイミングよくジルバルが酔い覚ましのスープを一番に手渡した。
「あ゙あ゙ーー、沁みる……」
「どうして貴方は毎度毎度、」
「うるさいわ。小言は聞かねぇーぞ。」
「はぁー…………、まったく。」
さっきまでアレ呼ばわりしていた妻が悪態を吐くのを呆れながらも「血色が戻ってなによりです」と囁くジルバル。その姿に二人の愛の形を見た気がした。
こんな愛し愛され方もあるんだ……、と。
「話に戻るが、特別医療研究室は浄化師が白魔法が使える精霊に浄化の仕方を教える為の場所だった訳だが。」
ナナフシがジルバルを指す。
「見ての通り、全く浄化は出来なかった。」
「ジルバルとナナフシさんって一緒に働いてたの!?」
「ええ。本当に悪夢のような時間でしたよ。」
遠い目をするジルバル。
そんなにも大変な練習をしたんだろうか。
考えてみれば、呼吸するみたく魔法を使う精霊にエラ呼吸も覚えろと無理難題を強いるような感覚なのかも知れない。
「毎日のように酒を飲んで誰彼構わず絡んで暴れて、挙句の果てに酒を飲ませようとする所長を止めるのが……。」
「そっちっ!!!?!?」
思わず飲みかけのスープを吹き出してしまった。
「ええ。研究はすぐに頓挫しましたから。」
「どうして?」
「センスが壊滅的だったからな。」
ナナフシが言うには土魔法しか使えない精霊に風魔法を覚えさせようとするぐらい無理があったらしい。
「だから浄化師を精霊にする研究に切り替える事にした。」
それまで『力の強い精霊の体液と魔力を相手に渡す事で最愛の人間すら精霊の姿に変える』という事は知られていた。ただ、成功率はたったの二割程度だったと言う。
「身体を作り替える過程の激痛を耐え切れる人間が早々いなかったからな。そこで促進剤を作り痛みを三割程度まで抑える事に成功した。」
「あれで三割……。」
背中から羽根が生え、どんどん大きくなっていく感覚。自分にも覚えがあるから分かる。あの激痛で三割なら本来の痛みは……、考えただけでも恐ろしい。
とてもじゃないけど耐えられる気がしない。
「まぁ、あの薬も違法ギリギリだけどな。」
ナナフシがボソリと漏らし、ジルバルは視線を泳がせた。
「…………え。どういう事ですかっ!?」
「細かい事は気にすんな。あの薬はあくまでも魔力の吸収を早める促進剤。痛み止めじゃねぇってだけだ。一気に羽根を生やして激痛期間を減らすのが目的。その為には、な?」
こちらに同意を求められても困る。ただ、それ以上は恐ろしくて聞けなかった。
「でもまあ、あの薬を飲んでも成功率は五割程度だ。お前は賭けに勝ったんだ。結果オーライだ。」
「はぁ!?」
私、五割の確率で死ぬところだったの!?
笑っているナナフシの隣でジルバルが冷や汗をかいていた。
「とにかくシイナの疑問は晴れた訳だ。明日も魔力制御の訓練、浄化の仕事もあるんだ。さっさと寝ろ。」
「………………はい。」
腑に落ちたところとモヤモヤが入り混じってはいるけど、二日酔いで頭が痛いのも確か。二人を残して静かに眠りについた。
翌日、ジルバルとリナは精霊城に帰ることになった。ジルバルにはモナルダ病棟でも仕事があり、リナも後遺症の改善には設備の整った城の方が良いという判断からだ。
寂しそうな双子の姉妹にジルバルが「すぐにここで一緒に暮らせるようになる」と優しく微笑んで慰めていた。
「では、くれぐれも酒には呑まれないように。」
「はい。」
「この地域に住む方々に迷惑をかけないように。」
「はい。」
唐突に始まった説教に私とシャルは頷くばかり。ナナフシはというと眠たそうにあくびをしていた。
反省の色は全くない。
シャルがこの一件以降、ナナフシへの小言が増えたのは言うまでもない。
「それから、元気に楽しく生きて下さい。」
最後は満面の笑みでジルバルとリナはこの地を去っていった。
その日の晩、キッチンからナナフシの聞いたことのない悲鳴が聞こえ駆けつけると、例の隠されたパントリーに飾ってあった酒が全て割られていた。
泥棒だ空き巣だと騒ぐナナフシに一堂は「天罰だ」と、背を向け自室に戻ろうとしたその時。
ふわり。
懐かしいハーブのような匂いが後ろ髪を引いた。
「シイナ様、どうかしましたか?」
「……え、あ、いいえ。なんでもない。」
振り返ってもいるのはあるのは項垂れたナナフシと割られた酒瓶だけ。
ここはもう、あの浮き島じゃない。
あの方はいない。
気のせいよ。だってもうパントリーからは数種類の酒が混ざった臭いしかしないもの。
想いを振り払うように脚を踏み出した。
「そう言えば私、気になる事があるんですよ。」
自室に戻る途中、シャルがふと話しかけてきた。
「昨日、ジルバル様達はどうやって駆けつけたんだろうと思いまして。」
「どういう事?」
「シイナ様は意識を失っておられたから覚えてないと思いますが、私達が城からここにくるまで軽い休憩は挟みましたが、一日半掛かってるんです。」
「え…………」
でもジルバル達はナリの要請を受けて数時間でここに到着していた。
「よほどの魔力と飛行技術が要りますよね。そんな化け物みたいな精霊がいるとも思えませんし、城とここの移動を楽にする魔石でもあったのでしょうか?」
………………まさか、ね?
◯●◯●◯
「本当にこれでよろしかったのですか?」
物凄いスピードで空を飛ぶ黒い影。
土魔法で作られた簡易な荷車に座る男性と少女。
「ああ……、これで良い。」
そして荷車を引くのは翡翠の美しい髪をもつ精霊。御者の様な格好をしてはいるが、溢れ出る気品の良さが隠せていない。
「最後にシシアに触れられた。見る事が出来た。これで十分だ。」
翡翠髪の精霊の右腕は黒く変色していた。
動かすのも辛そうだ。それでも精霊は今日の晴天と同じように晴れやかに、笑っていた。
「…………陛下にはもっと報われて欲しいです。」
荷車に乗った男性は隣にいた少女をギュッと抱きしめていた。
ナナフシ編を最後までお読みいただきありがとうございました(*´∇`*)!!
終わり方が少し切なくなってしまいましたが、すれ違う二人と本編に少ししか出てこなかった謎多きナナフシの素性を描けて満足です。
また違う番外編でお会いしましょ〜( ´ ▽ ` )ノ




