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ナナフシという才女 2

 その日の晩御飯。ナリは狼煙をあげた。


「ナナフシさん。いつもありがとうございます。これ、感謝の印です。」


 真っ黒を隠し満面の笑みを浮かべたナリは例の酒『ケモノ殺し』をナナフシに手渡した。


「こ、ここここれはっ!!」


 ナナフシはこんなにも狼狽えているのを初めてみる。ただ、私とシャルは一縷の不安を抱えていた。


 実のところここへ来てからナナフシが酒を飲んでいる姿を見た事がないのだ。ナリは飲ませる気満々だが、元から飲む習慣がなければ酔わせるなんて不可能。


 案の定、ナナフシは酒とナリを何度も見比べては困惑している。


 (やっぱりこの作戦は失敗なんじゃ……。)


 そう思った時、ガタンッとナナフシが椅子から飛び上がった。


「この酒をどこで手に入れたんだっ!?」


 焦りと怒りが混じる声にピクリと肩が震えた。その矛先は全てナリへ。これはまずいと即座に判断した私とシャルが「落ち着いてとりあえず椅子に座りましょう」と宥めに入る。


「コペルさんが譲ってくださいました。」

「ナリ、これ以上は……」


 作戦は中止しよう、そう言いかけた時だった。

 

「やっぱりあのクソジジイが持ってやがったかっ!!」

「ふぇ……?」

「あの死に損ない、私に嘘ついてやがったなバカヤローがっ!!!」


 (…………あれ、ナリがお酒を買って来た事に怒っていたんじゃないの?)


 悔しそうにダイニングテーブルを叩くナナフシ。

 満足そうに笑うナリ。

 混乱するシャルと私。


「どう言う事、ですか……?」


 説明を求めるシャルと私に向かったナリが口を開いた。


「この家のメイドを任されているこのナリが皆様の好き嫌いを知らない訳がないのですよ。」


 自身の胸を叩き、ドヤ顔を決めた。


「でも私達、ナナフシさんがお酒を飲んでいるところなんて見た事ないわよ?」

「実はキッチンの奥に隠しパントリーがあるのです。その中身が全部お酒だったんですよ。」

「ええっ!? 知らなかった……。」


 ナリによると真夜中にキッチンへ入っていくナナフシを度々目撃し、こっそりと跡を追った時に発見したんだとか。


 ナリは小柄な体型とこれまでの経験から隠密行動に優れている。シャルがここらに住む精霊から告白された回数、現場、セリフまで事細かに知っていた時には本当に驚いた。そのぐらいナリに隠し事は難しい。


「夜な夜な酒瓶を眺めてはニヤニヤしている気持ち悪いナナフシさんのお姿から相当な酒好きかと推察し、パントリーにないお酒をこれまた酒好きなコペルさんから譲っていただきました。」


 コペルとは今日のお昼に患者として来院していた老夫の名前だ。なるほど、ナナフシとあの老夫は酒友達だったわけだ。


「ささ、ナナフシさん。心ゆくまで飲んで下さい。今日の為にささやかながらご馳走も用意してありますので。」


 手慣れた手つきでグラスに酒を注ぐナリ。

 

「ナリ、お前は本当にいい子だ。私は感動した。今日は飲む。解禁だ。そこの二人も飲め飲めっ!!」


 私とシャルのグラスにも注がれる『ケモノ殺し』。

 ここで飲まないとナナフシが不審がるだろう。そうなれば気になる過去も聞き出せない。


 (まぁ、一杯ぐらいなら大丈夫、だよね?)


 シャルも察したのか同時にグラスを掲げた。


「「「乾杯っ!!」」」


 喉を通る焼けるような熱。

 一気に上がる体温と心拍数。

 懐かしい感覚に襲われる。


 ケモノ殺しなんて恐ろしい名前だから相当飲みにくいものを想像していたけど、思っていた以上に飲みやすい。

 

 (あ、そう言えば私。転生してからお酒飲んだの初めてだ。)


「これ、美味しい……。ウフフ」


 ふわふわと揺れる視界を味わって、久しぶりに感じる酔いが心地良くなってきた。


「ナナフシしゃん大笑いしてておもしろーい」

「シイナサマー、だいすきでずぅぅぅう!!」

「アハハハハハ、知ってるよぉ〜」

「飲め飲めっ!! もっと飲めーっ!!」


 周りから聞こえる笑い声も相まってどんどん酒が進む。

 ふわふわ、ケラケラ。こんなにお腹を抱えて笑うのも凄く久しぶり。


 ナナフシがこんなに面白いなんて知らなかった。大泣きしながら好きだと告白してくるシャルも可愛い。


 (あれ、なんか忘れてるような気がするけど、まあ、いいかぁ〜)


「アヒャっ!! ナリぃー、おもしろいねぇーっ!」

「これは……、反省案件です。」

「ハハハっ!」

「大失敗ですっ!!!」

 

 最後はナナフシの愉快な笑い声を聞きながら意識が途絶えた。

 


「………………。」

「……ナリ?」

 

 頭に重く響く頭痛に意識を取り戻したのは、夜が更けた頃だった。


 いつの間にか眠ってしまったらしく、起きると自室のベッドで寝ていた。上半身を起こすとふわりと香るハーブのような匂い。


「メロウ様……?」


 あまりにも自然に彼の名前が出て自分でも驚いた。


 そんな訳がないのに……。

 期待している自分がいるなんて、本当に馬鹿ね。

 

 ため息を吐く私をベッドの側で不思議そうに覗き込む一人の少女。


「ナリ、ごめんなさい。頭が痛くって。水を一杯貰えるかしら。」

「……。」

「…………ナリ?」


 少女はこちらを見つめたまま、動かない。何故か口をパクパクさせている。感情豊かなナリの無表情な顔に一抹を不安を覚えた。


「ナリ、なにがあったの? どこか痛いの?」

「……。」


 獣人族の奴隷だった頃の辛い記憶を思い出したのだろうか。それとも私が眠っている間に誰かに酷い事をされたのかもしれない。


「ナリ。絶対に助けるから、話を聞かせて!」


 ナリの両手を掴んだその時だった。バンッという大きな音と共に部屋の扉が勢い良く開かれた。


「えっ!?」


 扉を開いて入って来たのはなんと息を切らせたナリだった。


「な、ナリが二人!?」

「あ、シイナ様。起きられたのですね。勝手に立ち入ってしまい申し訳ございません。」

「それはいいのだけど……、これは一体?」

「ああ、リナが勝手にどこか行ってしまって探していたところだったんです。」

 

 と言う事は、私が手を握っているのはナリの双子の姉リナだったらしい。思わずパッと手を離した。


「ごめんなさい。ナリと勘違いしていて。」

「……あ」


 開口一番にクサい台詞を吐いてしまった。

 無性に恥ずかしい……。

 そんな私にリナは天使のような微笑みを浮かべ、ゆっくりと口を動かした。


「あ、りあと……、ござ、まちゅ。」

「リナが〝ありがとうございます〟って言ってます。」


 どうやらリナは獣人族にされていた人体実験の後遺症で上手く喋れないらしい。それでも離した手をギュッと握って笑うリナは愛らしく、天使そのものにしか見えない。


「可愛すぎるっ!」


 思わず抱きしめるとリナは小さく笑った。


「あの、シイナ様。取り込み中すいませんが、私も来てるんです。」


 部屋の外から低音ボイスが聞こえ振り向くと、ナリの後ろに見知った人物が立っていた。


「ナリから急いで来てくれてと救援を頼まれまして。何事かと思って来てみれば、女三人が酔っ払って暴れ回っていたんですよ。」

「ジル、バル……?」


 相当焦って来てくれたらしい。靴が左右違うし白衣を着たまま。ボサボサ髪をかき上げたジルバルは静かに笑みを浮かべている。いや……、

 

「これはお説教です。」

「…………はい。」


 ジルバルは静かに怒っていた。



 リビングに戻ると先にシラフに戻ったシャルが気不味そうに椅子に座っていた。私もその横にいそいそと座る。


 お説教されるべき人物が一人足りないと思い辺りを見渡すと、ナナフシは気持ちよさそうにソファーで酒瓶を持ったまま眠っていた。


 どうやらジルバルはナナフシを起こしても意味がないと判断したようだ。


「それで、この惨状はどう言う事ですか?」


 ジルバルが周りを見ろと言いたげに手を広げた。

 言いたいことは分かる。

 だって部屋は空き巣が入った後のように荒れ果てていたから。


「それが、全然記憶になくって……。」

「はぁー……。」


 どうやら酒に酔ったナナフシは精霊、物、関係なく酒を飲まそうとして至る所に酒を撒き散らし、私はそれを見て大笑い。挙句にナナフシを煽り、拍車がかかった。それを見たシャルが泣きながら家の布と言う布を引っ張り出しては自身の涙と撒き散った酒を拭こうとしたらしい。

 

「…………本当に申し訳ございません。」

「もうしばらくお酒は飲みません。」


 要は三人共に違ったタイプで酒癖が悪すぎた。


「本当にっ、本当に、反省して下さいね。」


 ジルバルは怒鳴らない。一定に貼り付けた笑顔が私とシャルを震え上がらせた。


 こういう時に笑いながら怒る奴が一番怖いんだと思い知らされた瞬間だった……。


 (ジルバルは怒らせちゃ駄目なタイプだ。)


 いつか笑いながらナイフで刺されそう……。


「どうして酒をこんなに飲んだのですか?」

「あのっ、そもそも悪いのは全部私なんです……。」


 リナの手を握り締めていたナリが涙をいっぱいに溜め、開いた右手を上げて話を遮った。

 

「ジルバル様、罰は私一人にお与え下さい。」


 そんなナリをリナがギュッと抱きしめて首を左右に振る。喋れずとも「お願い、やめて」と言っているのが瞳と表情から伝わってきた。


「ジルバル、悪いのは私なの。ナリは悪くないわ。」

「そうです。これは護衛であるこのシャルの落ち度。怒るなら私を。」


 こんな痛い気な二人にジルバルの恐怖の笑顔を見せたらトラウマになってしまう。急いで立ち上がるも「二人は黙って下さい。」とピシャリと言われてしまった。


「そう怖がらなくて大丈夫です。」


 二人の前に膝を曲げて目線を合わせたジルバルは、さっきとは比べられないほど優しい声をしていた。


「ナリ、罰なんて与えませんよ。」

「本当、ですか……?」

「ええ、もちろん。」


 微笑む彼はさっきまで私達に向けていた恐ろしい笑みじゃない。ナリの頭を優しく撫でるジルバルは、良き父親のように見てた。


「理由が知りたいだけなんです。教えてくれるかい?」


 なんだこのイケメンは……。

 態度が違いすぎるジルバルに思わずシャルと顔を見合わせていると、安心したナリが今までの経緯を事細かく話した。


「なるほど。アレの過去です。確かに自分から語るようなタイプではありませんね。」


 話を聞き終えたジルバルは自分の妻をアレ呼ばわりする。その一言に彼の気苦労が見てた気がした。


「アレの昔の肩書きは、宮廷専属浄化師兼専属医兼特別医療研究室所長です。」


 …………ん?

 今なにかの呪文を唱えられた?


 宮廷専属浄化師?

 専属医?

 所長?


「この国の存続を担っていた人物です。」

「…………えーっと?」

「別名〝精霊国の脳〟と呼ばれていましたね。」

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