恋敵はシャル!? 2
「く、クレハ様。落ち着いて下さい。」
「そうです。私があのザリール様を想うなんて、」
あり得ない。
だってシャルの好みはもっぱら美人。ザリールも悪くはない。ただ、彼は彫りが深く渋い漢というのが相応しい。シャルが好意を寄せるなんて天地がひっくり返るぐらい余程の事がないと。
それにザリールとクレハ様は共に好き合っていると精霊城内の全ての者が知っている共通認識だ。どこの馬鹿がそんな二人の仲を引き裂くと言うのか……。
「隠さなくたっていいの。誰だって好きになる事を止められないのだから。」
「いや、そうじゃなくて……っ!!」
当の本人達だけがこの事実を知らない。
「クレハ様、なぜそう思われたのですか?」
このままではシャルがあまりに不憫だ。
なんとか誤解を解かなくては。
「だってシャルより強い方なんてザリールぐらいでしょう?」
た、確かに……。
シャルは精鋭近衛騎士団の中でも屈指の実力者。なんたって近衛騎士団隊長に一番近いと噂されるウルバに僅差で勝ってしまったぐらいだ。
今や〝爆炎の剣姫〟なんて異名で老若男女に知れ渡り、若い女性達から圧倒的な支持を受けている。精霊城でも彼女の隠れファンは多いと聞く。
「で、でも可愛くて愛嬌がある方……、」
「ザリールじゃないっ!!」
それはクレハ様、貴方の前だけです。
ザリールは貴方が好きなんですよっ!!
とは口が裂けても言えないので私とシャルは押し黙るしか出来なかった。
「最近、ザリールと貴方が一緒にいるところを何度も見ていたし。お似合い、だとも、思うわ……。」
「く、クレハ様っ!?」
そんな苦しく悲しそうな表情を浮かべながら言わなくてもシャルはクレハ様からザリールを奪うような真似はしないのに。
(シャルもちゃんと否定しないと……っ!?)
「わ、わわわわ、たじと、オニアイ……オニ、アイ?」
隣に視線をやると混乱し過ぎたのかシャルは完全にキャパオーバーを起こしていた。これじゃあ、更なる誤解が産まれちゃう。
「私、応援してる、わ……」
ほら、やっぱりっ!!
苦笑するクレハ様はあまりに痛々しい。心にも思ってないだろうに、どうしてあっさり身を引く決断をしてしまうの?
「クレハ様、本当によろしいのですか?」
離れた私とメロウ様の心を繋くきっかけをくれたのはクレハ様だ。弟思いで優しいクレハ様。私は彼女にもちゃんと幸せになって貰いたい。
「クレハ様。ここに貴方を否定する方はおりません。素直な気持ちを口に出して良いのですよ?」
だから、自分の心を押し込めるような苦しい恋の終わらせ方はして欲しくない。
「……これが本心よ、シシア様。」
「クレハ、様。」
その後、変な空気感の内にお茶会は終了した。
自室に戻り着替えを済ませたところで放心状態だったシャルの意識がようやっと戻ってきた。
「シシア様、どうしましょうっ!?」
「一応の確認なのだけど、シャルって本当にザリール様のこと……、」
「好きな訳ないですよ、あんな筋肉ゴリラっ!!」
ですよね……。
本人が居ないのを良いことに、ザリールを筋肉ゴリラなんてピッタリなあだ名で叫ぶシャル。きっと普段から何かあればそのあだ名で呼んでいるのだろう。
「私にだって好みぐらいありますっ!」
「でも最近よく一緒にいたってクレハ様が言ってたけど?」
「あ、あれは、おすすめのプロテインとか剣の話で盛り上がってしまって……。」
騎士団の中でも剣を上手く扱えるのはザリール、ウルバ、それからシャルくらいだ。
必然的に話す機会が増えたのだろう。本人もまさかこんな誤解を招くなんて微塵も思っていなかったようで、相当落ち込んでいる。
「シシア様っ、私はゴリラじゃありませんからっ!!」
「え?」
「ゴリラじゃありませんからねっ!!」
顔を真っ赤に染めて恥じらいながらも強い否定をする。
シャルの気にするところはゴリラらしい。
というか、さっきもそのぐらい強い口調でザリールを好きじゃないって否定して欲しかった……。
「わ、分かったから。」
さて、困った。
クレハ様の変な誤解をどうやって正せばいいのやら。
「こうなったらザリール様にプロポーズさせるっていうのはどうですか?」
クレハ様に誤解されたのが相当嫌だったのか、シャルの不満が爆発し始めた。
「だいたい、あの二人どう見ても好き同士じゃないですか。焦ったくて見てられないんですよ。さっさとくっ付いて欲しいって前から思ってたんです。」
それは皆が思っている事だろう。ただ、立場が高い二人なだけあって中々二人の背中を押せる人物がいないのだ。それこそメロウ様ぐらい……、
「そうよ、メロウ様に相談してみましょう!」
◯●◯●◯
「アハハハッ!!」
「メロウ様、笑いすぎです。」
「いや、すまない。でも、ウヒヒッ……」
メロウ様の執務室に移動した私達二人はことの経緯を説明した。するとメロウ様がこれまで見たことがないぐらいお腹を抑えて笑っていた。
「こんなに笑ったのは久しぶりだ。それでクレハの誤解を解きたいって話だったか?」
ひとしきり笑い終わったメロウ様がようやく咳払いして本題に入り、私とシャルは二人揃って頷いた。
「クレハはああ見えて思い込んだら考えを曲げない節がある。頑固なんだよ、アレは。昔はもっと自由奔放でやりたい放題していたんだ。懐かしい。」
俺がどれだけ振り回されたか、とメロウ様は過去に浸る。彼の知る幼女クレハは、今の落ち着いた雰囲気からは想像出来ない。
分かるのは絶対に美少女だっただろうって事だけ。
ぜひ見てみたいが、今はそれどころじゃない。
「じゃあ、一体どうすれば……、」
まずは要らぬ誤解を解くのが先決。
「ふむ。ザリールを呼ぶか。」
「えっ!?」
慌てる私達を他所にメロウ様がアーティファクトを手に取り、ザリールを呼び出した。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「ああ。」
「これは、一体なんの集まりでしょうか?」
程なくしてザリール本人が執務室へと入ってきて、室内にいる私達を見るなり不思議そうな表情を浮かべた。
「ここにいるシャルがお前を好きだとクレハが勘違いして困っているんだと。」
「……はぁ?」
なんともストレートな物言い。
こういうところは姉弟でよく似ている。
「シャル。お前、私の事が好きなのか?」
「いいえ、全く。」
「ではクレハ様にもそう言えばいいだろう。」
「それで、解決出来なかったからここにいるのです!」
シャルが少し怒り気味にザリールに説明していた。彼女がここまで敵意を剥き出しにしているのを見るのは、浮き島から脱出した時以来だ。
普段一緒にいて見ることのない顔。
所属している騎士団ではこんな感じなんだろうか?
今度こっそり覗きにいるのも悪くない。
「なるほど。ではなぜ私が呼ばれたのでしょう?」
メロウ様に向き直ったザリールが「私に出来る事なんてない」と言いたげに口を開いた。
「簡単な話だ。誤解も解けて皆が幸せになれる方法があるだろ。」
「はぁー………………、いつものですか。」
「そうだ。何度も言っているだろう。」
幼馴染の二人にか入れない話に私とシャルは置いてけぼりだ。
「私も何度も言ってますが、クレハ様にプロポーズなんてしませんからね。」