59 あれからの日々
「すいません、浄化の予約をしていた者ですが……。」
精霊城を飛び出してからもうすぐで一年が経つ。
「はーい、今行きます。」
「あら、今日はナナフシさんじゃないのね。」
「ナナフシさんはお昼寝中なんです。」
こじんまりした室内。窓からは青々とした草木の香り、動物達の鳴き声が届く。室内は太陽の光で溢れ、眠気を誘う穏やかな空間。
「あはは、彼女らしい。」
「なので今日は私、シイナが担当します。」
私は今、精霊城から一番離れた浮き島、土魔法で豊かな土壌が広がる放牧地の片隅で、浄化師兼医者のナナフシと言う女性が営む診療所に身を寄せている。
「今、浄化しますね。」
離宮を抜け出したあの日、二人に連れられてやって来たのはジルバルのいるモナルダ病棟だった。
今までの経緯を彼に説明すると、難しい顔をして「今は互いに時間が必要だろう」とここを紹介してもらえた。
「はい。これで大丈夫ですよ。」
「凄い、こんな早く浄化してもらえるなんて。」
「えへへ、浄化のスピードだけは自信があるんです。」
ジルバルはメロウ様の事も上手くやっておくと面倒を引き受けてくれた。モナルダ病棟の事も気にするなとの事だ。なんでも浄化の力を貯めた魔石が大量にあるらしい。
なぜか魔石の話をするジルバルは非常に申し訳なさそうにしていたのが気になったけど、ありがたくその申し出を受けてここへとやってきた。
「シイナ。また私の言いつけ破ったね。」
ここでは私のことを精霊王の妻シシアではなく、浄化師のシイナと呼んでくれる。
「ぐっ……、ナナフシさん。いつの間に…………。」
知らぬ間に私の背後に女性が立っていた。彼女こそ、この家の主人でなんと、ジルバルの奥様でもあるナナフシと呼ばれる精霊だ。
「いつもいつも言ってるだろ。忘れちまったか?」
タバコをふかし、白衣を着る姿はとても既視感を覚える。それもそのはず、初対面時のジルバルとそっくりなのだ。夫婦とはここまで似るものか、とナナフシとの対面した時にナリと顔を見合わせてしまった。
「このデカい頭は飾りですかこのヤロー。」
ただ、ジルバルより五割り増しで口が悪い。
淡雪のような白髪、色素の薄い水色の瞳にメガネをかけたナナフシはポンポンとシイナの頭を叩く。
「うぅ。浄化はゆっくり、回数を分けて通院させる。」
「そう。全ては?」
「なるだけお金を稼ぐため、です。」
「そのとおーーりっ!!」
ご覧の通り、ジルバルより八割り増しで素行も悪い。彼女を見ていると、ジルバルがどれだけ優しい医者だったか思い知らされる。
「もう、ナナフシさんったら。相変わらずね。」
「いやいや、今やこの家も大所帯になったもんだからね、もっと稼がないとやってらんないよ、全く。」
それでもここらに住まう精霊は皆、ナナフシを好いている。人望は厚く、失礼ながら浄化の腕も良い。
「他にどこか痛むところは?」
「特にないわね。」
「そうか。そりゃ良かった。じゃあまた来月、欠かさず来いよ。」
「はいはい。貢ぎにくるわ。」
「そーしてくれ。」
患者を見送るナナフシの背中を眺める。彼女には不思議と人を惹きつける魅力がある。それはどこから滲み出ているものなのか。
恐らくは彼女の性格からだ。
「シイナ。何度も言うが、一度で浄化をするな。精霊に取って穢れは共に歩むもの。慢性的なものだ。数週間、数ヶ月に一度、通院する癖を付けさせろ。その癖が後々、精霊を救う事に繋がる。」
言葉の節々に彼女なりの愛情がこもっている。それを皆が知っているのだろう。
「あと魔力操作を怠るな。だからあんなに早い浄化になっちまうんだ。浄化師が誰でもお前みたく早く浄化出来る訳ねぇだろ。てめぇが私らに合わせろやバカヤローめ。」
「………………。」
「返事は?」
「…………はい。」
だが口の悪さと頭をポンポン叩く癖は直して欲しい限りだ。
「「ナナフシさん、お食事の準備が出来ました。」」
キッチンからトコトコ駆けて来た瓜二つの少女。
「おお、ちょうど腹減ってたところだ。にしても、髪飾りがないと相変わらず見分けがつかねぇーな。」
メイド服に身を包む双子、ナリとリナ。彼女達は二人の時間を取り戻すかのようにいつも一緒にいる。
「いつも言ってるじゃないです。左耳の後ろにホクロがあるのがナリ。」
私があげた白い魔石付きの髪飾りを着けている方がナリ。
「右耳、の、後ろ、にあるのが、リナ。」
リナには浄化の力を込めたネックレスを贈った。彼女がここにやって来たのは半年前。ジルバルに連れられてやってきたが、獣人の人体実験にあった後遺症でまだ上手く喋れない。
療養も兼ねてここでナリと一緒にメイドをやりつつ、ナナフシが経過を観察しながら過ごしている。
二人はナナフシにとてもよく懐いている。ナナフシも二人を気に入っているのか、両手で彼女らの頭を優しく撫でる仕草が理想の母親像を連想させた。
「じゃあ私、シャルを呼んで来ます。」
診療所の外は広大な放牧地と畑が広がっている。見る者によっては何もない田舎町だが、豊かな自然と暮らすには最適。避暑地として扱う者も少なくない。
と言ってもこの診療所がある場所は避暑地からかなり離れた言わばド田舎。観光客はまず来ない。首都パウラニアや精霊城の情報が届くのに半年はかかるほどだ。
「シャル、ご飯出来たそうよ。」
自給自足で成り立つ町の大きな畑に、一際大きな鍬を振るう娘がいた。
「シイナ様、今行きますっ!!」
呼ばれた娘は顔にパッと笑顔を咲かせて手を振ってみせる。
「シイナと呼んでとあれほど言ってるのに……。」
シャルは元メイドなので診療所でナリとリナと一緒に働くものだと思っていた。
けれど、元来の彼女の性格がかなり男勝りだった事もあり、ナナフシから「畑を耕して食いぶち作ってこい」とダメ男みたいなセリフを吐かれ、畑で農作物を作っている。
今では近所の住人と一緒に牛や鶏などの動物の世話をしながら、子供達に剣や護身術を教えてたりと、私以上にこの土地を満喫している。
「シャル、頬に土が着いてる。」
「え、どこですか?」
取って下さいとばかりに顔を近づけるシャル。
「ここよ。」
「シイナ様、ありがとうございますっ!」
満面の笑みを浮かべる可愛らしいシャルの姿に胸が打たれた。彼女の人たらし精霊たらし具合と来たら……。
「ほんと、ヒロインだわ。」
「……? 何か言いました?」
この街で唯一の人間であるシャル。初めは距離を置いていた者もいたが、今ではそのヒロイン力のおかげもあり、街中から愛されている。
「なんでもないの、診療所へ行きましょ。」
「はいっ!」
ナリとリナ曰く、たまに男女関係なく若い精霊から告白されている、らしい……。
「シイナ様、身体の方は大丈夫ですか?」
シャルが不意に立ち止まり、心配そうにこちらを伺っている。
「…………大丈夫よ。意外に思うかもしれないけど、私はこの羽根も耳も随分と気に入ってるの。」
ナナフシの元へ来た当初、たまに背中が痛んだり耳が聞こえづらくなったりと支障をきたしていた。自分の身体なのに動かせなくなる日もあった。
「そう、ですか……。」
ナナフシが言うには、毎日のような飲んでいた促進剤で急激に身体を作り替えた副作用だろうとの事だった。唐突に精霊になってしまった事で、感情や身体の機能が追い付いていなかったのかもしれない。
シャルは今でもそのことを心配してくれている。本当に心優しいヒロインなのだが、少し困ったことが……、
「あのクソヤローめ。痛い気なシイナ様によくも……」
「シャ、シャル……?」
「あっ、なんでもありませんよ~」
最近、ナナフシの口の悪さがシャルに移ってきている気がする。本当に、本当にっ、やめてほしい。
「ささ、お昼ご飯が楽しみですね。」
畑から診療所へ戻る最中、二人で他愛ない会話に花を咲かせた。この時間は平和そのもので、友達と喋って家路に着くような、懐かしさすら感じる。
「ただいま戻りました……って、お客さんですか?」
診療所の扉を開くと、入り口すぐの所に精霊が一人立っていた。
丁寧に手入れをされた濃い緑色の長い髪。振り向いた精霊は、色の違う左右の瞳でニコリと弧を描いた。
「お久しぶりですね。」
「…………クレハ、様?」
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底辺作家脱却を目指してます!!
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