05 モナルダ病棟にて 1
「…………どういう事?」
死ぬしかないなんてあまりに物騒だ。
穢れなら浄化師が出来る。今だってナリの穢れは簡単に浄化できたのだから、他の人だって救えるはずだ。
「穢れが身体の半分以上広がってしまうと浄化が難しいのです。なのでモナルダ病棟は別名〝棺桶〟と呼ばれていて、一度入ると生きて出てくることはない言われています。」
人間国の浄化師の数が年々減っており、浄化してもらう事ができなかった者達が増えているらしい。
そういった者達は魔力暴走を引き起こす恐れもあるので城の裏手にある別棟で入院という名の隔離をされ、穢れの進行をアーティファクトで少しでも遅くして生きながらえているそうだ。
(小説にモナルダ病棟なんて出てこなかった。)
「穢れがそんなに深刻だなんて……。」
(あれ…………ちょっと待って。)
モナルダ病棟にいる人達の浄化は難しいだけで出来ないとは言っていない。国一番の浄化師であるシシアなら、なんとか出来ないかしら?
(浄化が出来ればシシアの好感度も上がるし、小説に出てきていないなら私がどう動いたって問題ないのかも。)
「あの、シシア様……」
「どうかした?」
考えに耽り百面相していたシシアを心配そうに見つめていたナリが、これまた申し訳なさそうにしている。
(もしかして、シシアがまたなにかしでかしたの……?)
「その……、シシア様は王妃であられますが公務をしておられません。代わりに陛下と幾つか契約を交わしており、その中にモナルダ病棟の患者の浄化を試みると言うのがあります。」
確か昨晩の怒りを露わにしたメロウ様も契約を破棄すると言っていたような。
不安で心臓がどんどん速くなる。
ナリのこの言い方の感じから察するに、
「これまで私がモナルダ病棟の浄化をした事は?」
「……………………一度もありません。」
「いやああぁ。」
想像通りの最悪な答えに絶望感でいっぱいになる。
シシアったら、王様と契約していたのなら一度ぐらい浄化を試してみても良かったじゃない。そうすればメロウ様だって少しは振り向いてくれたかも知れないのに……。
小説に出てくるシシアは精霊を人間以下と考えていたのだからその考えに至らなかったのだと思うけど。
「はぁー……。」
ため息の一つや二つ、吐きたくもなる。
でもここでじっとしていても状況はなにも変わらない。
(両脚を切断されて狂犬に噛み殺されるなんて絶対に嫌だ。)
考えられる最善の方法は、メロウ様との円満離婚しかないけど、シシアの実家であるフォンブール公爵家は何故か精霊王との婚姻に反対していた。
無理に推し進めた結婚なだけあって父親からは二度帰ってくるなと勘当同然で精霊国に嫁いでおり、実家には帰れない。
それに私自身、家族と言うものにあまり良い印象がない。会わなくて良いなら自ら関係を持つ必要もないだろう。
(離婚しても精霊国で生きていけないかしら。浄化も出来るし元々は庶民だ、なんとかなるかも。)
となれば目標はメロウ様と離婚して主人公シャルとの婚姻を邪魔しないこと。
(あわよくば誓いの口づけが見たい。小説の大ファンだもの!)
シナリオ最後にある口づけのシーンはとても感動的だった。枕を涙で濡らしたのを今でも覚えている。
小説のファンとして主人公の行く末を影から見守って行ければシシアに降り注ぐ惨たらしい断罪を受けずにするだろうし。
その後は精霊国の片隅で浄化師として静かに暮らしていければ文句ない。万々歳だ。
少しでも希望があるならやってみるべきよね。
それなら出来る事から行動しないと!
昨晩あんなに怒りを露わにしていた精霊王メロウ様に面会を申し込んでも簡単に会ってくれるとも思えない。
だったら、今の私が優先する事は浄化師として国に貢献すること。
「ナリ、モナルダ病棟に案内してくれる?」
◯●◯●◯
ネグリジェ姿のシシアが難しい顔で仁王立ちしていた。
「……服が、ない…………。」
モナルダ病棟への訪問を意気揚々と決めたはいいが、ベッドから飛び起きて早々に問題が生じていた。
実際には部屋のクローゼットの中は沢山のドレスで溢れかえっているのだけど、どれもこれも露出度が高過ぎる。
胸元が大胆に開いていたり、タイトスカートにパンツが見えそうなぐらいスリットが入った物まで。見るからに男を誘惑する為の物ばかり。
「このドレスで部屋の外を出歩くなんて無理よ……。」
色も黒、紫、赤、翠と奇抜なものが多くて観ているだけで目が痛くなる。
スタイルが良いシシアならどのドレスも着こなしてしまうのだろうが、中身の私は普通の社会人OLだった。ただの平民がセレブの衣装を見に纏うなんて、そんな度胸はない。第一に恥ずかし過ぎて死んでしまう。
「いっそ、ネグリジェの方がまだマシよ……。」
どれだけ奥まで探しても誘惑ドレスばかり。
前世の記憶がある分、こういったドレスで病棟を訪れるというのは気が引けてしまう。出鼻を挫かれるとはまさにこのことだ。
(一着ぐらい露出度が低くて落ち着いた色合いの服があっても良くない!?)
「シシア様、お召し物は決まりましたか?」
ナリがひょこっと可愛い顔を覗かせた。
「それが……」
着ていけそうな服がないの、そう言い掛けてやめた。ナリの着ているメイド服に目を奪われたからだ。
首元までのあるハイネックに腰から丸みのあるロングスカートのメイド服は、白と黒を基調としてシンプルな作り。
精霊用の仕様で羽根のある背中部分が大きく開いているが、それ以外は人間のシシアが着ても難なく着こなせそう。
(あっ、そうだ。シシアが連れてきた侍女達は逃げ出したのよね。だったら、まだ残っているんじゃないかしら。)
「ねぇ、ナリ。人間用のメイド服ってある?」
唐突な質問にナリはキョトンと首を傾げて考える。
「お帰りになられた侍女さん達のならまだ残っていたの思いますが……。」
シシアは心の中でガッツポーズをした。
「そのメイド服持ってきてもらう事は出来る?」
「……? 分かりました。」
ナリが不思議そうに人間仕様のメイド服を持って来たのはその数分後のこと。
手渡されたメイド服をシシアがなんの躊躇いなく着替え始めた事にナリが絶句したのがそこから更に数分後の話だった。
「よし、行きましょう。」
「シシア様、本当にその格好で行かれるのですか!?」
部屋の扉を思いっきり開けて歩き出したシシアにナリが焦って追いかける。
シシアはナリと同じメイド服を身に纏う。
人間仕様の服は背中部分にもちゃんと布があって安心した。更にメイド帽子に髪を全て入れてそばかすまで描いて変装は十分だ。
「ええ。動き易いしこの姿なら私がシシアだって気付かれないでしょ? 城内を散策するのに持って来いよ。」
メロウ様には部屋で大人しくしてろと激怒された事だし、着ていく服もない。今考えつく一番良い方法だろう。
「それに私ね、今凄くワクワクしてるの。」
「ワクワク、ですか?」
「そう。メイド服着るのも初めてだし、お城に潜入してるみたいじゃない? それって凄くワクワクするの。」
「な、なるほどー?」
ナリからしてみれば当たり前の事だろうけど、私にとっては全てが異次元。こんな可愛いメイド服で緑溢れる幻想的な城内を散策出来るなんて。転生した人物は最悪だけど世界観は最高よ。
胸踊るシチュエーションに足取りも軽くなる。
今日は病棟の見学をするだけにしよう。
変に目立ってまた部屋で謹慎みたいな事になっては駄目だもの。せっかく異世界に来たんだからもっと色んな場所を見て回りたい。
「モナルダ病棟の下見が終わったらドレスを売りに行きましょう。そして露出度の低い地味目の服を買かって、悪女のイメージを払拭するの!」
我ながら計画は完璧。
そうと決まれば病棟に急がないと。
「ナリ、モナルダ病棟まで案内をよろしくね。」
「どうなっても知りませんからっ!」
半ばヤケクソ気味のナリの後を追って病棟を目指した。
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底辺作家脱却を目指してます!!
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