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53 閉ざされた蜜月の扉 2

 あれから数日が経ち、リュスに負わされた右足首の傷もだいぶ癒えた。


 まだ少し痛むけれど、歩けないほどではない。そのぐらい回復するほどの時間は経っている筈だけど、ここには時計もカレンダーもないから正確に何日経ったのかは、よく分からない。


『メロウ様、ここから出して下さい。』

『…………なぜ?』


 あの日を境にメロウ様は『外は危険だ』『シイナの為だから』と部屋の扉に外から鍵を掛けて公務へ行くようになった。


 何度メロウ様を説得しても無駄で、その度に朝方まで抱かれ動けなくさせられる始末。


 それでも強く食い下がると、『最愛の儀を今すぐに執り行うのであれば、部屋から一緒に出よう』と条件を付けられてしまい、口を噤んだ。


 どうしても、このまま最愛の儀を行う事に抵抗があった。儀式を執り行えば二度と取り消す事を出来ない。精霊国では儀式後の離婚は認められないのだ。


 それは即ちシャルから幸せを奪ってしまう事に直結する。あんなに優しく愛らしい子の幸せを私が潰すと考えただけで罪悪感で苦しくなる。あとは、メロウ様が向けてくる執着が今はなんだか恐ろしい。

 

 それに私は……、この先にある決断が怖くて仕方がない。

 

「はぁ……。」


(今日も同じだ。)


 鉄格子付きの窓から見える景色は変わらず美しい花畑。ここが何処で、本当に精霊国なのかもよく分からなくなる。この部屋にいるのは私だけ。世話してくれるメイドも、護衛してくれる騎士も居ない。


 ここは酷く静かで、音がない。

 言葉すら失ってしまいそうなぐらい、孤独だ。


(皆は、どうしてるかな……?)


 ナリとお姉さんの手術は上手くいったのかな。

 シャルはどうしてるだろう。今だにあの大木の下で涙を流しているのだろうか?


 今回の件でクレハ様が精霊国中に仕掛けられた魔石の場所を特定する為に走り回っていると聞いた。


 精霊国中が忙しく働き、人間国と獣王国にも波紋が広がっていると言うのに、私だけが取り残されていく。


「みんなに、会いたいよ……。」


 世界から取り残されていく。

 今日も昇っては沈む太陽を見守るだけの生活。自由に動き回れるのはこの部屋の中だけで、私の全てはメロウ様に完全に支配されている。


 この頬を流れる一筋の涙すら、いずれは枯れてしまうのだろうか……?


「シシア、戻ったよ……って、またご飯残したのか?」


 夜を迎えて数時間後、夜ご飯を載せたトレーを抱えたメロウ様が帰って来た。

 

「ずっと部屋の中にいるから、お腹が空かないのです。」

「それでも……、もう少しは食べないとって俺、言ったよな?」


 鋭く睨まれる視線にピクリと肩が反応した。


「おいで……?」


 部屋に置かれたひと組の椅子とテーブル。

 椅子に腰掛けるメロウ様が私を呼ぶ。その指示に素直に従うのは、既に反抗しても意味がないと分かっているから。


「ほら、俺の膝の上においで。」


 監禁されてすぐ、全ての食事を拒否した事があった。二日の抵抗虚しく、メロウ様に笑って押さえ付けられ、全部口移しで食べさせられた。

 

『シイナの世話は全部俺がするから』と言われた時、全ての抵抗が無駄だと思い知らされてしまった。


「良い子。だいぶここでの生活に慣れてきたんだね。」


 今でも二人でいる時はカトラリーを持つ事が許されていない。


「はい、あーん。」

「も、お腹が、いっぱいです……。」


 メロウ様がいいと言うまで、彼から与えられるご飯を胃に押し込んでいくのが日課だ。


「まだ半分以上残ってる。それに少し痩せたみたいだ。頑張ってもう少し食べような。それとも、前みたいに俺が口移しで食べさせてやろうか?」

「い、いえっ、自分で食べます……っ!」


 獣王国を蹂躙した男を相手に、何をしても勝てる筈がない。心が折れるのはあっという間だった。


「そうか。それは残念だ。」

「……。」


 メロウ様からのノルマをなんとか食べ、安心したのも束の間、

 

「じゃあ……、最後にお薬も自分で飲めるな?」


 出た……。

 その薬を飲めば飲むほど、私の身体は早く精霊に近づいてしまう。正直、飲みたくない。飲み込んだ後に待つ行為すら想像出来てしまうから。


「メロウ、様……私、今お腹がいっぱいで……」

「駄目だ。」


 なんとか逃れようとしてみても、腰に巻かれた腕が簡単に私の自由を奪う。

 

「でも、わたしっ…………んぁっ!」


 今日もメロウ様の唾液で飲まされる薬が身体を巡っていく……。


「シシアが精霊になるのを躊躇しているのは分かってる。だったら俺は、」


 抱えられて移動した先はベッド。

 隣に座ったメロウ様の表情は少し悲しそう。そして迷いを断ち切るようにギュッと私を抱きしめる。


「だったら俺がっ、その壁を壊してやる。大丈夫、なんにも怖くない。心配もしなくて良い。」


 そして、いつも通り耳元で囁くんだ。


「愛してるよ……、シシア。」


 愛してるなら、どうして私の話を聞いてくれないの?

 どうして、勝手に決めてしまうのよ。


「シシア、そう泣くな。」


 どうして、信じてくれないの……?

 愛を免罪符にしないでよ。


「怖いことなんてない。二人で幸せになろう?」


 今日も夜が溶けていく。

 二人の間の溝を抉るように。


 何処で間違えたのか、どうすれば良かったのか。

 考えても答えが出ない問題をずっと、ずっと……、考えている。



 ◯●◯●◯


 

「最近のシシアはお寝坊さんだね。」


 小鳥の囀りと共に、耳元に響く甘い低音。


「ようやく薬の効果が出始めたか?」


 夢と現実の間をゆらゆら揺れている。

 ずっとこのまま、居心地の良いこの場所に居たい。


「だったら起こすのは悪いな。」


 頭を撫でる優しく大きな手が離れていく。

 隣から温もりが少しずつ消えて、代わりに柔らかい枕が添えられた。


「…………シシア、行ってくるよ。」


 頬に軽いキスとリップオンがした後、ゆっくりと扉が締まる音がして、飛び起きた。


「いや、まさか、ね……?」


 ドクドクと、心臓が鳴る。

 完全に覚醒した瞳を大きく開き、ベッドから立ち上がった。


「でも、今日は……、音がしなかった。」


 ドクドクドク……、早くなる。

 恐る恐る外に繋がる扉の前に立った。

 ゆっくりとドアノブに手を掛けて、押す。


「………………開い、た。」


 吹く風から、久しぶりに感じる外の匂いがした。


ここまでご覧いただきありがとうございます(*´꒳`*)

底辺作家脱却を目指してます!!

ブクマや☆から評価いただけると執筆意欲に大きく直結します。どうか応援よろしくお願いしますっ!


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