43 リュフェスの目的 2
「簡単さ。俺と結婚しろ。」
「…………え、嫌。」
まさかの提案に思わず本音が漏れた。
「アヒャヒャっ!」
リュスは笑っているが後ろから抱きつくように回された腕に力が入り身体が萎縮した。
「なんで結婚なんて事になるの!?」
「羽虫野郎の顔が一番歪むのはこの方法だからだ。」
(たったそんな理由で私、拉致されたの……?)
リュスは本気で言っているようで頭が痛くなった。小説に出てくるリュスはもっと狡猾でズル賢い印象だったはず。これも小説の内容が変わってしまった影響なのだろうか?
「あいつの歪む顔が見れると思ったら最高だぜ。」
「私と結婚したってメロウ様はなんとも思わないわよ。」
だってシャルがいるんだ。上手く行っていれば今頃メロウ様の興味は完全に彼女に向いている頃だろう。
「お前がどう思っていようが関係ない。今のあいつと精霊国にとっての弱点はシシア、お前だ。」
浄化師という点ではそうかも知れない。
シャルはまだ浄化の力が覚醒していないから。
「あいつが精霊国の王になってから俺たち獣人がどれだけの煮湯を飲まされてきたか。簡単には殺さない。俺たちと同じ以上に苦しんでから死んで貰う。」
リュスから物凄い殺意を感じた。それこそ、獲物を狙う血に飢えた狼のような……。
「お前にある選択肢は二つ。ナリ、書類を。」
「はい、ご主人様。」
扉に立っていたナリがニ枚の紙を近くのテーブルに並べた。
一枚は、奴隷契約書。
「ナリと同様に俺に自由を奪われるか、」
もう一枚は、リュスとの婚姻届。
「俺の庇護下で自由を得るか。」
ナリがこちらのペンを向ける。受け取れと虚ろな瞳が言う。
「待って。私はメロウ様と婚姻関係にあるわ。結婚なんてまず無理よ。」
「ああ、それなら問題ない。」
ナリはもう一枚の紙をリュスに渡した。
「――それはっ!」
見覚えのない紙に書かれていた内容は、メロウ様との契約書だ。部屋を探そうと思っていたけど、色々あり過ぎて忘れていた。
「ナリに探させていたんだ。ようやく見つけたぜ。」
「見つけたって、魔力が込められた契約書は簡単に破棄は出来ないはずよ。」
契約更新は三ヶ月後。
ここにその契約書があったところでなんの意味も持たない。それなのに、リュスは不気味に「アヒャヒャ」と笑い、己の爪を契約書に突き立てた。
「知ってるか? 獣人の爪は魔法すら切り裂くんだ。」
「なっ!?」
そう言うと契約書をビリビリに引き裂いた。
「これでお前を縛る契約は破棄された。従って結婚も強制じゃない。どこぞの神に誓った結婚なんて無効だ。」
今頃あいつの持っている契約書もズタズタになっているはずだ、と続けるリュス。あんなに苦労していた契約が、こんな呆気なく破棄されるなんて。驚きのあまり声が出ない。
「さて、どっちを取る?」
テーブルに並べられる二枚の契約書に視線を落とす。
「おすすめはもちろん婚姻だ。お前は俺の十番目の側紀にしてやるよ。」
獣人は一夫多妻制。王族ともなると十や二十人の妃がいるなんて珍しくはない。
元のシシアがリュスとの結婚を嫌がったのはこれもあってだと私は思っていた。シシアは欲深い。常に一人からの大きな愛を求めていた。誰かと愛を分け合うなんて考えられなかったのだろう。
「俺はどっちでもいいぞ。お前に選ばせてやる。」
リュスは楽しそうに私の耳元で囁く。
この男がシシアを愛していない事は明確。メロウ様に嫌がらせする為だけに私との結婚を望んでいる。だったら、本当の事を教えてあげるわよ。
「リュス、貴方は勘違いしてるわ。」
「……なに?」
あんたがしようとしている嫌がらせは最初から無意味なんだから。
「メロウ様と私は元々離婚するつもりだった。だからこの選択はなんの脅しにもならないの。私はメロウ様の弱点にはなり得ない。」
まさか、メロウ様の溺愛演技がこんな事に繋がるなんて。私がどちらの選択を取っても精霊国が揺らぐ事はない。
「それに、もうすぐ凄腕の浄化師が産まれるわ。そうなれば精霊国の弱点でもなくなる。」
獣人がシャルの存在を知らない今、彼らが精霊国に牙を剥けても甘噛み程度にしかならないだろう。
獣人族は私を追い、シャルを逃したあの瞬間に選択を誤った、なんて知らなくていいけど。
「ふーん。じゃあ仕方がない。普通に精霊国を堕とすか。」
「…………え?」
リュスは退屈そうにあくびをして、ナリから一つの親指程度の大きさの魔石を受け取った。
「それは、なに……?」
魔石は禍々しく黒をしていた。
私でもそれが危険なものと分かるぐらいに。
「これは穢れを閉じ込めた魔石だ。羽虫女を黒穢にしたのと同じだ。」
クレハ様を、黒穢にしたって。さっきも言っていたけど、精霊を黒穢にする魔石なんて一体どうやって作り出してるって言うの?
私の不審な表情を察したのか、リュスは「見てろ」と小声で囁いた。
「ナリ、こっちゃ来い。」
「はい。ご主人様。」
近づいて来たナリに向かってリュスは黒い魔石を砕いた。
「あががっ!!」
すると魔石から黒いオーラがナリの腕にまとわりつき、黒く汚染し始めた。
「ナリ!?」
悶え苦しむナリはその場で呻き声を上げながら倒れ込む。右腕はどんどん黒く穢れが増していく。
「いけないっ!」
咄嗟に立ち上がり、倒れたナリの手を握り締めた。
「今すぐに浄化、をっ……!?」
(い、息が……、出来ないっ!)
急に喉が締まり、目眩がして浄化どころではなくなってしまった。
「ハァー……、あっ、なに、これ……?」
「ああ、浄化しようなんて思わない方がいい。」
クスクスと後ろから笑うリュスの声がした。
「お前の首にしてある首輪は魔力に反応して縮まる様に加工したアーティファクトだ。魔法を使おうとすればするほど首が締まって簡単に死ぬぞ。」
(……そ、そんな…………)
「それにこいつだけ浄化した所で意味ないぜ。」
「どういう、こと……?」
「既に精霊国の至る場所にこれより大きな魔石を幾つも隠しておいた。俺が合図を送ればその瞬間に全ての魔石が割れる。」
あの大きさでナリの右腕は一瞬で穢れてしまったと言うのに、更に大きな魔石を仕掛けたなんて。
「そんな事をしたら……」
「ああ、そうだ。精霊国は黒穢で溢れかえるだろうな。」
一気に身体全身から血の気が引いていく。
「や、やめてっ!!!」
「アヒャヒャ。随分必死だな。」
リュスが表情を変え、机に置かれていたニ枚の紙を指差した。
「やめて欲しかったら、さっさと選べ。」
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底辺作家脱却を目指してます!!
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