32 嵐の前の甘い時間 3
「ふぅ、穢れは全て浄化出来ました。もう大丈夫です。」
「シシア様ありがとうございます。あの……、一つお願いがあるのですが、」
数日が経つ頃にはモナルダ病棟にも通い慣れ、浄化師としても大分板に着いてきた気がする。いよいよ明日は和平パーティーだ。
「なんですか?」
最初は病棟の皆に怖がられていたけれど、最近では挨拶を返してくれる者が多くなった。こうして話しかけてくれる精霊も少なくない。とても嬉しい変化だ。ただ…
「あの、僕っ…」
「シシア、浄化は順調か?」
病室の扉の方から甘い声がした。
振り向くと扉に持たれ掛かって立つメロウ様がいた。
「メロウ様、今日も来て下さったのですか?」
「公務の合間の休息だ。気にするな。」
気にするな、なんて無理な話。
ここ数日、毎日のようにメロウが必ずモナルダ病棟に訪れ顔を合わせている。夜にも会っていると言うのに、休まる時間がない。そんなに浄化する私が不審に見えるのだろうか。
(そんなに監視されなくてもちゃんと浄化するのに。)
「ああ、青年。話を遮って悪かったな。シシアになにか用があったか?」
「い、いいえ。なにも…。」
「そうか、なら良いんだ。」
監視するだけならまだいい。
最近の悩みの種はもう一つある。それは……、
「シシア、昼飯は食べたか?」
徐に近づいて来たメロウ様が私の腰を抱き、髪を一房掬うと軽くキスをした。
「ま、ままままだ食べてませんっ!!!」
最近のメロウ様はスキンシップが激し過ぎる。そんな事しなくて良いと言ったのだけど、水をかけられた一件をかなり気にしているらしい。
二度とあんな事がないように、と周囲に見せつけるような甘い態度を取ってくる。メロウ様が溺愛していると知れば手を出す者はいなくなるだろうとの事だけれど、
「なら一緒に食べよう。庭園に席を設けてある。」
慣れない。
毎度心臓が止まらないか心配になる。
残り三ヶ月のお飾り王妃にそこまでしなくて良いのに。ただ、メロウによる溺愛演技はかなり効果的面なのも事実なのだ。
うるさいぐらいの陰口が一瞬でなくなった。
今ではナリ達同様に微笑ましい笑みを向けられる方が多い。少し前とは別の意味で外を歩きづらくなってしまった。
「あの、今日はもう少し浄化を頑張りたいのです。」
「なぜ?」
「明日一日、浄化をお休みさせて頂く事になっているので。今日出来る限り多くの方の浄化をして回りたいのです。」
なので昼飯は別々に、と言おうとしてのに。
「シシア様、頑張りすぎです。」
「ジ、ジルバル様っ!?」
「陛下、連れ出して下さい。」
唐突に現れたジルバルによって話は遮られてしまった。
親指を立ててグットマークを作り、してやったり顔をするのはやめて欲しいのだけど。
「そのつもりだ。」
あれだけシシアを嫌っていたはずのジルバルはすっかり丸くなった。シシアが浄化をして回ったおかげで仕事が減ったらしく、目の下のクマが少し薄くなってきている。
無精髭も剃る時間が出来たらしい。今じゃ身なりの整った所長に大変身を遂げた。
「では、シシア。行こうか。」
「………はぃ。」
羽根の事も気にしていないと笑って許してくれた。
そんな彼の一言で私は庭園に強制連行される運びになってしまった。
「うわー、すごい。」
「ここは城で最も景色に景色にこだわって作られた庭園だからな。」
庭園には緑と花と小鳥が共存し、テラス席からは雲が泳ぐように見る事が出来た。パウラニアも凄かったけど、これは絶景だ。
城内にいると、ここが浮き島だと忘れそうになる。こうやって風を感じながら外を見渡せるのは最高に気持ちが良い。
「姫様、どうぞこちらに」
美しい景色に見惚れていると、メロウ様が椅子を引いて座らせてくれた。優しすぎる扱いがくすぐったい。
「ありがとう、ございます。」
よく笑いかけて下さるようになったメロウ様。
この笑顔を向けられるのも明日までと思うと少し悲しい。
(明日、和平パーティーでメロウ様はシャルに一目惚れするのよ。)
私はまだ大丈夫。
引き返せる。
深く息を吸い込み、笑顔を貼り付けた。
「明日ですがメロウ様に合わせたい方がいるのです。」
「それはどんなやつだ? 男か?」
食後のお茶を飲みながら会話の延長で話しかけたのだけど、メロウ様は不機嫌そうに私を睨んできた。
「女性の方です。きっと気に入りますよ。」
「……シシアとはどんな関係なんだ?」
「以前お話した月下の乙女です。明日のパーティーで会えるはずです。」
貴方達二人は運命の相手なんだもの。
小説通りの浄化が無くたって出会いさえすれば必ず恋に落ちるわ。
「ああ、居場所を知ってると言っていたやつか。」
「はい。なのでパーティーの途中で少しお時間を頂きたいのですが……」
そうしたら私の役目は終わり。
お金を持って旅に出る。
きっと楽しい人生になるわ。
「いや、いい。」
「……え?」
「会わなくていい。」
(……………えーっと、なんだって?)
「会いたかったんじゃないのですか!?」
クレハ様からは十二年もの間、ずっと探し回っているって聞いたのに。会えるのを待ち焦がれていたんじゃないの?
「そんなことよりも、明日のパーティーでは俺の側を離れるなよ。」
「そんなことよりって……、」
一体なにがどうなっているの?
「いいな、ずっと俺だけを見ていてくれ。」
そういうと手の甲にキスを落とされ、頭が真っ白になった。
「…………最近のメロウ様は、おかしいです。」
「なにか言ったか? そろそろ公務に戻られない行けないのだが。」
「ま、待って下さいっ!」
月下の乙女シャルに会って欲しい。
どう伝えたら会ってもらえる?
なんでシャルに会いたくないのかな。理由があるなら教えて欲しい。
(これじゃあ物語が始まらないじゃない!)
どうしよう。
思っていた返答じゃなかった事に焦り、パニックで思考が纏まらない。
「俺と離れるのが寂しいのか?」
「え!? ちが、んっ……。」
抱き寄せられ口を塞がれた。
無理矢理開かれる唇からメロウ様の舌が押し入ってくる。離れようと腕の中で踠いてみるも、やめろと言わんばかりに頭を手で押さえられてしまった。
「や…………もぅっ……!」
ならば肩を押して逃げようとしたけれど、やはりビクともしない。
なんでこんな事をするの?
今は誰が見てるわけでもないし、契約の為でもない。
メロウ様はシャルが好きなんでしょ?
(これじゃまるで、メロウ様は私が好きみたい……)
いや、そんなはずないわ。
勘違いしたら駄目よ。
じわっとぼやける視界に映るメロウ様の長いまつ毛が憎い。勘違いさせるような事、しないでよ……。
「…………んんっ、」
逃げ場のない口内で絡みつく舌が熱くって漏れる吐息すら熱を持つ。ぐるぐる回る考えは、口内を侵略してくるメロウ様の舌によって押し流されていった。
「……ぷはっ!」
「あはは。まだ慣れないか?」
悪戯が成功した子供みたいに無邪気に笑うメロウ様。
「こんなの、いつまで経っても慣れるはずない、です。それに今する必要はないですよね。」
「する必要はないが俺がしたかったんだ。お前があんまりにも悲しそうな顔をするから。」
二人を繋ぐ銀色の線をペロリと舐め取り、私の唇に音を立てて軽いキスをした。
「なっ!? 勘違いですっ!!!」
「そうか、それは残念だ。でもこれで綺麗になったな。」
「……なんの話ですか?」
メロウ様は私の見つめ腕組みをした。
「モナルダ病棟で沢山の精霊に触ったのだろ。凄い匂いがしたんだ。」
「えっ!?」
それはもしかして、臭いってことですか……?
流石にショックなのですが。
モナルダ病棟で浄化をするから香水は付けない方が良いだろうと思っていたのだけど、体臭キツかった?
それは本当にごめんなさい。
「色んな精霊の臭いと魔力の残り香がついている。」
「魔力の残り香?」
「俺の妻だと言うのに毎日毎日色んな奴の臭いを付けて帰って来て……、浄化という目的がなかったらこんな浮気まがいの行為絶対許さない。やっぱり毎晩のキスだけだと俺の匂いが付きにくいのか……。」
「メ、メロウ、様……?」
独り言をぶつぶつと呟くメロウ様の瞳は虚ろで出会った時に見せた怒りの感情とはまた違う怖さを感じた。
「ああ、すまない。」
いつもの優しいメロウ様だ。
さっきは見間違えたのかな?
「俺のマーキングだと思ってくれ。」
グッと距離を詰めたメロウ様が私の耳元で囁くと、頭をポンっと撫でてからくるりと身体を翻した。
「ではまた夕食時に。ウルバ、護衛は任せるぞ。」
「はっ!」
そういうと唖然とする私を置き去りに、メロウ様は颯爽と庭園を後にした。
(今のセリフ、小説でシャルに嫉妬したメロウ様が吐いた言葉と一緒だ……。)
「そんなはず、ないわよね……?」
ここまでご覧いただきありがとうございます(*´꒳`*)
底辺作家脱却を目指してます!!
ブクマや☆から評価いただけると執筆意欲に大きく直結します。どうか応援よろしくお願いしますっ!




