30 嵐の前の甘い時間 1
そこからの生活は一変した。
毎朝ジルバル様が迎えに来てくれて護衛のウルバと三人でモナルダ病棟に出勤。午前中に出来るだけ多くの患者を浄化。
簡単に昼食を済ませた後は、部屋に戻って二週間後に開かれるパーティーに出席する貴族のリストの暗記とマナーの講義。
貴族リストの解説はメロウ様の側近に当たるザリール様が担当してくださった。
「自身のフォンブール公爵家についてはどのぐらい覚えていますか?」
「…………すいません。なにも。」
「では家族構成からですね。父、母、シシア様、それから……」
私の記憶喪失(嘘)は機密事項となった。表向きは悪女から猛省した結果と言うことになっていて、真実は限られた方のみが知っている。もちろんザリール様も限られた方の一員なのだけど……。
「……シシア様、理解出来ていますか?」
「も、もちろんです!」
私は、ザリール様が苦手だ。
燃えるような赤い短髪と瞳。堀深く褐色の肌はよく鍛えられ、軍人という印象を強く受ける。元々は、近衛騎士団長だったのだから当たり前なのだけど。
彼はメロウ様とクレハ様の二人と幼少期からずっと一緒に育ってきたこともあり、二人が心を許している数少ない精霊だ。護衛も兼ねている為、腰には常に魔剣を帯刀している。
本来の精霊は力より魔法を好む為、剣ではなく杖を持っている事が多い中、彼は数少ない魔剣士だ。ウルバの憧れでもあるらしい。
そんなザリールが持つ魔剣こそ、小説の処刑シーンでシシアの両脚を切断するのに使われた物。
そう、シシアを処刑したのはザリール様なのだ。
強面の顔も相まってザリール様と目が合う度、処刑シーンがチラつく。実状は処刑されるリスクがだいぶ減ったとは言え、離婚するまでは油断ならない。シナリオの強制力が働く可能性だってある。
正直、今の私は貴族リストの暗記どころではないのだ。
どうやってザリール様に取り入って、処刑されないように同情を買うか、それしか考えられない。
「……シシア様、聞いておられますか?」
「もちろんでございまするっ!」
「ござ、まする……?」
しまった……、緊張のあまり。
「んふふ。ザリールの顔が怖すぎるのよ。」
「クレハ様っ、まだ安静にしておられた方が……。」
部屋に訪ねてきたのはマナー講義を担当してくれているクレハ様だ。
「もう。ジルバルもザリールもほんっと過保護ね。シシア様のおかげでもうすっかり元気だってば。」
身体を軽やかに動かして健康をアピールするクレハ様は、いつにも増して楽しそうだ。
「それとも、私が宰相に戻るのが嫌なのかしら?」
頬をぷくっと膨らませてザリール様に近づくクレハ様こそ、この精霊国の頭脳。宰相様なのだ、と後から知った。クレハ様は明日から本格的に仕事復帰するらしい。
面会したあの日、モナルダ病棟で嫌われていなくて本当に良かったと噛み締めて思った。そんなクレハ様のサポートをしているのがザリール様なのだけど、
「そそそそ、そんな訳、ありません。むしろ……、」
「むしろ、なに?」
「あ、いや……、俺は。………………です。」
「なに? 最後の方が聞こえないわ?」
「――っ!! ですから……っ!」
ザリール様はどう見てもクレハ様が好きなのだ。
ここまで子犬に変貌する人も中々いないと思う。
(…………私はなにを見せられているんだ?)
「んふふ。」
「ご冗談はよしてください……。」
クレハ様も嫌ではなさそう。
むしろ好意があるように見える。
「早く結婚したら良いのにな。」
「ですね………………、メロウ様っ!?」
いつの間にか、私の後ろにはメロウ様が腕を組んで立っていた。
「どうされたのですかっ!?」
「今日は少し早く公務が終わりそうだ。夕食は早めに取ろう。それを伝えに来たんだ。」
「…………わかり、ました。」
メロウ様は私の髪を一房手に掬うと軽くキスを落としてから「では夕食で」と微笑んで執務室に帰って行った。
「あらら、お顔が真っ赤よ?」
私達のやりとりを見ていたクレハ様は、茶化すように笑った。最近のメロウ様はなぜか見せつけるように甘い言葉を吐いたり動作をするせいで、私の周りにいる皆の視線が生優しくなった。
特にナリとクレハ様はずっとニタニタしている。
クレハ様は離婚する事を知っているのに「今だけだから楽しんで?」と微笑んでくる。
「熱でも出たのでしょうか。ジルバルを呼んで来ます。」
「ザリール。貴方は頭を見てもらいなさい。」
「え……?」
あの日から一番の変化がもう一つある。
なぜか夕食をメロウ様と二人で取るようになった。
今まではナリが部屋に運んでくれたのでなにも気にせず食べられたのに、今じゃだだっ広い食卓でメロウ様に睨まれながら食事をしている。
今まで通り別々で、と言ったのに「和平パーティーは晩餐会も兼ねているから慣れておいた方がいい」と言われたら、頷くしかなかった。
「シシア様、夕食に間に合うようにマナーのおさらいを致しましょう。」
「……ゆっくりでお願いしたいです。」
こんな事になってしまったのも全ては『私も和平パーティーに参加させて下さい』なんて言った過去の自分のせいなのだけど……。
元々、シシアはパーティーに参加しない予定だった。
メロウ様が妻として挨拶させたくないから連れて行かないと言っていたらしい。なのにあの晩、「参加したいのか?」と聞かれて頷いたらあっさり参加が許されてしまった。
そこからのメロウ様とクレハ様の連携は凄かった。
クレハ様がパーティーのドレス選びから作法までサポート。メロウ様はシシアを妻として和平パーティーに参加させると公表。
あれよあれよと準備が進んでいき、口を挟む隙間もなかった。
(私はメロウ様の従者に変装でもしてパーティーに参加出来れば良かったのだけど……。)
決まってしまった事はしょうがない。
受験生並みの勉強に身を置くこととなった。
幸いだったのは、作法やマナー、ダンスの基本はシシアの身体が覚えてくれていたのでそこまで大変ではなかった。
記憶力もそこまで悪い方ではないのだけど。
メロウ様が毎日、晩御飯終わりに部屋でお茶をすると言う名目で貴族の事や情勢などを教えてくれた。
(やっぱりシシアを連れて歩くのに不安よね。足を引っ張らないようにもっと頑張らないと。)
それに、私にはどうしてもパーティーに参加しないといけない理由もある。
ついに『精霊の愛し子』の物語が始まるんだ。
(メロウ様とシャルを絶対に会わせないとっ!!)
放って置いても自然と出会うかもと思った時期もあった。でも、状況が大きく変化してしまったのだ……。
「じゃあ、今日の分。ほら、シシア?」
「本当に、その……、続けるの、ですか?」
「当たり前だろ。」
お茶を淹れたナリは下がり、ウルバは部屋の外で待機。
晩御飯終わり、シシアの部屋で二人きり。
もうこれが定着しつつある。
私は向かい合って座っていた椅子から立ち上がり、メロウが座るソファにちょこんと腰掛けた。
「もっと近づかないと出来ない。」
「で、ですがっーー。」
メロウが近づく。
「俺の穢れを進めたいのか?」
「そ、そんなわけーーっ!」
言い終わる前に口を塞がれた。
「んふ……っ!」
「鼻から息をするんだって教えただろう。」
「ハァー、ハァー……。ちょっと、待ってください。」
「まだ序の口だ。」
意地悪く挑発するように舌で唇を舐めるメロウ様。
こっちの呼吸が整うのを待ってはくれず、また唇を押し付けて無理やりに自身の舌を私の唇をこじ開けてくる。
「ちゃんと俺の舌を受け入れて?」
「うゔーっ……もう、や……」
夕食後のこの時間、毎日メロウ様とキスする羽目になったのには訳がある。
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