26 メロウの絶望
『私の名前は、シイナです。』
嘘だろ、と聞き直したい衝動と同時に吐き気に近い眩暈に襲われた。
ここ数日、ウルバに掛けた魔法で彼の視界を共有し、シシアの動向を伺っていた。熱が下がった彼女が一番最初に口にしたのは、
『ナリ、一人にしてごめんなさい。無事で良かった。』
他人の心配だった。そして自分のメイドの安否に涙を流して喜んでいた。
護衛と称して部屋に行かせたウルバの視界から伺うシシアは、相も変わらず周りの心配ばかり。
傲慢で我が儘だったあの頃のシシアは何処にもいない。
信じられないほどに、別人だった。
俺の前だけで猫を被っていると思っていたのにそうでもない。むしろ、監視していく内にウルバに向ける優しい笑みや、愛嬌のある仕草に心が揺れた。
笑顔を向ける相手が自分じゃないことに、苛立ちを覚えるほど……。
(俺が好きなのはシイナ。ただ一人だ。)
自分でも戸惑いが大きくて見舞いにも行けず、顔を合わせるのを避けた。
姉のクレハが目覚めたと知らせが入ったのは、そんな時だった。
花束を抱えて会いに行った病室で、朗らかに笑うクレハは、俺を見てすぐに「どんな頼み事かしら?」と口にした。
「起きて早々に姉をこき使うなんて、良い度胸ね。」
「……まだなにも言ってないぞ。」
流石は我が姉だと言わざるを得ない。
穢れに苦しんでいた姉が、こんなにも元気になるなんて奇跡だ。これもシシアのおかげ。
そう思うと、これまでシシアに浴びせた暴言、言動に胸がざわついた。
俺は正しい事をしたんだ。
シシアに罪悪感を抱く必要はない、のに。
「……姉さん、魂の色を見て欲しい人がいるんだ。」
口から溢れ落ちたのは、戸惑いと不安だけだった。
「素直でよろしい。私も会いたい人が居たの、丁度良いからもう呼んであるわ。ここに来るのを一緒に待ちましょう。その間にこれまでの話を聞かせて?」
「ああ……、もちろんだ。」
久しぶりの家族だけの時間は俺にとっても心休まる時間だった。長らく忘れていた愛情を取り戻したような、懐かしい感覚に、会話も弾んだ。
話に夢中になっていると、病室の外がなにやら騒がしい音が耳に入った。どうやらシシアが現れたらしい。
「メロウ、私と貴方二人に認識阻害魔法を掛けて。外の様子をこっそり見に行きましょう。」
認識阻害魔法なんてかっこよく言っているが、実際は光の屈折を応用して周りから見えなくなるようにしているだけ。昔はこれでよく城からこっそり抜け出して遊びに行ったものだ。
「懐かしいな。城から抜け出したのがバレて母様によく怒られたものだ。」
「んふふ、そんな事もあったわね。」
「……行くか。」
「もちろんエスコートしてくれるのよね?」
「親愛なる姉様の為なら。」
互いに笑って手を取り、病室を出た。
「…………は?」
病室を出てすぐに笑みは消えて、湧き上がったのは怒りだった。
「これは、流石にやり過ぎね……。」
病棟のエントランス付近で水をかけられ全身ずぶ濡れになったシシアを見た瞬間、過去の懐かしさも安らいだ気持ちも全て吹き飛んでいった。
ドス黒い負の感情が腹に溜まっていく。
水を掛けた男を殴りに行ってやろうと足を踏み出した瞬間、
「ねぇ、あの方は誰?」
姉の言い放った言葉で脚が止まった。
「誰って、シシアだ。」
「……いいえ、違う。彼女はシシア様じゃない。」
その一言で俺は、絶望の淵に立たされた。
クレハの言葉を疑いはしなかった。
どちらかというと、「やっぱりか」としっくりきてしまった。
だって目の前で水をかけられた彼女は癇癪を起こすでもなく、泣き喚く事もしなかった。
凛と立つ一輪の花のように、気高い瞳。
滴る水を物ともしない立ち居振る舞い。
そして、圧倒的な浄化能力と重みのある言葉。
「あの方、王妃として相応しい品格の持ち主ね。」
姉が絶賛するのも頷ける。
助けに入る余地すら無かったのだから。
たった一人、悪意に立ち向かう姿は誇り高き英雄の如く。見惚れた。不覚にも胸が高鳴った。
(綺麗だ……。)
着ているドレスもいつものド派手で露出度の高い物じゃない。それなのにいつもより色気が増して、水で濡れたせいで身体のラインが際立っている。
(あんな姿、人前で晒すなよ……。)
勇ましく『自分は浄化師だ』と叫ぶシシアは美しい。周囲の精霊達も黙らせ、悪意に打ち勝って見せた。
(俺はあんな心の強い女性を知らない。)
「あれは、一体、誰なんだ……?」
「今から確かめに行きましょう。」
隣に立つクレハは彼女を気に入ったらしい。
姉は魂の色が見える分、人の本心を見抜く。どれだけ上辺で取り繕っても無意味。俺以上に国を納める資質がある、そんな彼女が気に入ったのだ。
(他人厳しく、自分にもっと厳しい姉が自身を〝ねぇね〟た呼ばせるまでとは。驚いたな。)
そして罪を着せた者達への罰を聞くと「自分の浄化を嫌がらないこと」と平然と言ってのけた。
(なんて愛らしく、健気なんだ。)
姉の表情からこれが本心なのだと分かる。
だからこそ、怖くなった。徐々に傾くこの心が。
目を瞑ると思い出せたシイナの顔が消えてくようで、彼女に対する冒涜だと、もう一人の俺が言う。
気まずい想いを察したのか、姉がシシアを連れて行った。前を歩く姉から風に乗って『姿を消して話を聞いてなさい』と俺にしか聞こえない伝言が届き、こっそり侵入した病室。
そこで繰り広げられた会話が更に俺を苦しめるなんて、今はまだ、思いもしなかった……。
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