25 私の名前 2
「……シイナ。」
クレハ様は少し驚いた顔をした。
「あ、でも普段はシシアと呼んで欲しいです。なんだかその方がしっくりくる気がするんです。」
「わ、かったわ。」
外見がシシアだからか『シイナ』と呼ばれると少し違和感があった。ここでシイナと呼ばれ慣れてしまうと心と身体が別々になってしまうようで怖い。それにシシアと呼ばれた方が頑張れる気がするの。
「ねぇ、変な事を聞くけれど。十二年前の冬、貴方はどこで何をしていたかしら?」
「…………十二年、前ですか。」
意図が分からない質問だな。
ただクレハ様が真剣そのものなので茶化す訳にもいかない。あまり暗い話にはしたくないのだけど……。
「私、両親とあまり上手くいってなくて……。十二年前あたりは特にそれが酷くて、断片的にしか記憶が残ってないんです。」
両親に見捨てられ、餓死寸前のところで発見された時、祖母に何度か医者に連れて行かれた。色々聞かれたけれど、上手く答えられなかった。
医者が言うには一種の防衛本能だろうとの事だった。今となっては両親の顔すら思い出せない。
祖母も無理して思い出す事はないと優しく受け止めてくれたので記憶に蓋をしたままにしている。
「嫌な事を思い出させてしまってごめんなさい。」
「そんな、むしろお答え出来ず申し訳ないです……。」
「この事はメロウには?」
私はすぐに首を横に振った。
「言うつもりはありません。」
メロウ様は私となんて話したくないでしょう。それにもうすぐ円満に離婚してこの城から出て行くんだから。
「これ以上の迷惑はかけたくないのです。」
「……そう。」
どんな形でも、最後は笑ってさようならが言いたいもの。後腐れなんてない方がいいに決まっている。
「実は私、月下の乙女の居場所に心当たりがあります。これをメロウ様に伝えて見ます。そうすればすぐに離婚になるでしょう。」
愛が深いメロウ様ならすぐにでもシャルと結婚したいと思うはず。
「なので、あと少ししか一緒に入れませんが、仲良くして貰えたら嬉しいです。」
なんだか告白みたいになってしまって恥ずかしい。
クレハ様、そんな悲しげに笑わないで。すぐにシャルが来て私の事なんて忘れるから。
「私はずっと貴方と仲良しでいたいのだけど?」
「その言葉だけで十分です。ありがとうございます。」
「シシア様、これだけは覚えて置いて。」
クレハ様が私の肩を引き寄せギュッと包み込んだ。
「精霊の愛は貴方が思う以上に深いの。」
「えっ、は、はい……?」
「私はもう貴方への愛が芽生えてる。少しの間なんて寂しい事言わないで?」
向けられている愛の形は分からないけど、これが家族愛なら良いな。優しい言葉と包み込まれた安心感でまた涙が溢れた。
「シシア様は泣き虫さんね。」
「うぅっ……、すいません。」
「んふふ。瞳が真っ赤。それで帰す訳には行かないわね。少しここで待っていて。氷水貰って来るから。」
そう言うとクレハ様は立ち上がり軽やかに笑って病室から出て行った。
◯●◯●◯
個室になっている王族専用の病室から二つの影が出て来た。
「まさか、お前がここまでポンコツだとは思わなかったわ、メロウ。」
呆れ顔とため息を合わせて病室を出たクレハ。後ろを振り返ると、涙を溢す弟メロウの姿があった。
実は先ほどまでのシシアとの会話中、彼は魔法で姿を消し、病室内で堂々と話を聞いていた。
シシアは気がついていなかったけど。魂の色が見えるクレハには最初から知っていた。と言うか、部屋にいろと言ったのは他でもない、クレハ自身だ。
シシアを見極めるには話を聞いて置くのが最善と判断してのこと。ただ、まさかこんな結果を招くとは。
「想定外ね……。」
氷水を取りに行くなんて嘘までついて連れ出した弟は、どうしようもなく不甲斐ない男の顔をしていた。
「姉さん、俺……どうしよう。あいつに、シイナに酷い事を……、たく、さんしてしまった……。」
悪女シシアだと思っていたのだから仕方がないのは分かる。それでも、ここまでダメになるかと、呆れてため息が出る。
「ずっと探してた女の子が見つかったんでしょ。お前は罪悪感でその子の手を離すのか?」
「嫌に決まってる。でも……。もう、俺はどうしたらいいのか。何も分からないんだ……。」
――パンっ!!
病棟に響き渡るほど、思いっきり弟の頬を平手打ちした。
「目は覚めたかしら?」
病み上がりの姉に無理させてまで魂の色を見ろと言い出した男がこの有様。こんな弱い男が精霊国の王だなんて、不安でぐっすり寝ても居られない。
「嫌ならそれ相応の態度で示せ。お前の愛が伝わるまで。彼女に尽くして愛されるまで。お前に出来る事なんてそれぐらいでしょ。」
あんなに良い女性は中々居ない。
浄化師と王妃、どちらの素質もある。我が弟の妻にするのが勿体無いと思えるほどだ。
「彼女には私も酷い事をしてしまったから、これからあの子の手助けをする事を誓うわ。」
今日起こったモナルダ病棟内でも騒ぎ、ああなるように仕組んだのは、私クレハとザリールなのだから。
ザリールから聞いたシシアの変貌ぶりを見極め為に、わざとプライドが高く、難がある看護師に案内をさせた。騒ぎを起こすだろうと予期して……。
黒穢から救って貰った恩があるとは言え、今までの行為は許させるものじゃない。
特にジルバルの羽根の件を聞いた時の怒りは、今だに忘れられない。思い出すだけで怒りで身体が震える程だ。
だからこそ、この国の第一王女として見極めたかった。本当に改心して上手く場を納めれるのであれば、これまでの悪事には目を瞑り、素直に応援しようと心に決めて。
「私も、まさかシシアの身体に他人の魂が入っているなんて思いもしなかったわ。どう言う原理なのか見当も付かないけどね。」
それでもあの子は、あの場に置いて一番正しいと言っても良いほど、上手く立ち回っていた。
滴る水に負けない強い眼光を見た時、
ああ……この子なら、弟を幸せにしてくれる。
直感的にそう思ったの。
「原理はこれから調べるとして、彼女を絶対に手放してはダメよ。」
「ああ、もう手放さないし間違えない。」
ずっと探していたものね。
この十二年間ずっと頑張っていたのを、私は知ってる。
「シイナは、必ず俺の手で幸せにする。」
シシア様、言ったでしょ?
精霊の愛は深いのよ。
「もう逃してやれそうにない。」
「そうね。私達二人の愛を分かって貰わないと。」
貴方は離婚するつもりでいるけれど、そんな事は私も弟も許さない。この国と弟には彼女か必要だから。
受けて止めてちょうだいね……?
「クレハ、ありがとう。」
「ふふふ。素直な弟は可愛いわね。」
メロウの頭をわしゃわしゃと撫でた。
されるがままの弟は少し照れくさそうにしていたけれど、覚悟は決まったらしい。
これなら安心ね。
「それから一眼見て確信したわ。シシア様は黒魔法に関与していない。魂の色が明白にしてるもの。それよりも……、」
「それよりも……?」
これは私の勘だけど、と前置きして口を開いた。
「黒魔法で狙われているのは恐らく、シシア様よ。」
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