19 クレハ様を訪ねて 2
「モナルダ病棟内は私達が案内致します。護衛とメイドはお引き取り下さい。」
モナルダ病棟の出入り口前に、看護師と思われる女性二人が立っていた。出迎えてくれるのはありがたいのだけど、
「ですが、私はシシア様専属メイド。私にもご一緒する権利があるはずです。」
「お引き取り下さい。」
「俺は陛下よりシシア様の護衛を仰せつかっております。」
「病棟内に護衛は必要ありません。お引き取り下さい。」
さっきからこれの繰り返しなのだ。
看護師二人は淡々と業務的で冷たい。ポーラとは真逆の態度だ。明らかに私を敵視している。
お見舞いに手ぶらではと思い、先ほどパウラニアで買ってきたクッキーをかごに詰めて持ってきたのだが、持ち物検査と称してかごの中身を見た二人は「クレハ様がこんな物で喜ぶとは思えませんけど」と鼻で笑う始末。
(ここまであからさまなのは初めてだ……。)
もちろん腹が立つし、気分も悪い。でも二人がここまでの態度を取るようになったのはシシアの過去の行いのせいもあるのだろう。
いつまで経っても浄化しに来てくれなかった我が儘王妃が今更何をしに来た、そう思われても仕方がない。
ここで騒いでも心象が悪くなるだけ。
私が我慢する方が穏便に納まるだろう。
「二人とも、ありがとう。ここからは一人で大丈夫よ。」
「ですがっ!」
「部屋にあるお土産を片付けて置いてちょうだい。」
ナリは何か言いたげな口で「はい」とだけ呟いた。彼女は察しが良い子だからそれ以上はなにも言わない。それでも顔には心配と書いてあった。
曲がりなりにも王妃のシシアに対してあまりにも無礼な態度を取る二人の看護師を危険視するのはウルバも同じらしい。いつもなら黙って後ろを着いて来るだけなのに、今は看護師と私の間に入って盾になってくれている。
(本音を言えば二人にも一緒に来て欲しい……。)
でも、これはシシアの蒔いたタネだもの。ナリやウルバにばかり頼っていては駄目よ。
「ではお二人、案内をお願いしますね。」
「………………はい。」
気怠げな返事をすると二人はモナルダ病棟の扉を開いた。
「俺はここで待機してますのでなにかあればお声がけ下さい。」
「分かったわ、ウルバ。行ってきます。」
心配そうな顔をしている二人にひらひらと手を振って病棟へ脚を踏み入れた。
病棟内は相も変わらず消毒液の匂いで充満していた。建物の所々にヒビが入っていて、修繕魔法を掛ける精霊が忙しなく働き回っている。前回訪問した時より人手はかなり多い印象だ。
私は無言で歩く二人の後を追いながらジルバルの言葉を思い出していた。
(要らぬ混乱を招くか…。あれは優しさだったのね。)
周りは私の為に道を開けてくれるけど、ヒソヒソと陰口を叩く者があまりにも多い。これじゃあ処刑場に向かう囚人と変わらない。もちろん前を歩く二人が皆を制止してくれるはずも無く、歓迎もしてくれない。
救いがあるとすれば、偶然とは言えクレハ様を救った事で大っぴらに悪態を突く輩は居ない事だけ。
(居心地の悪さが凄い……。もう、帰りたい。)
ため息を吐きながら早足で病棟の奥に進むと、一人の男が道を塞いだ。
「俺の事を覚えているか?」
シシアの前に立った男は静かに憎しみの炎を燃やしているように見えた。
患者服を着ている事からここに入院している事は分かるけど、全然見覚えがない。シシアに精霊の知人が居たとは思えないし……。
「どこかでお会いしましたか?」
前を歩く二人の看護師は無表情なまま睨んでいるだけ。周囲を囲む精霊達もそうだ。
(ここに味方は誰一人、いない。)
そんな状況で嘘を吐いて見破られては終わりだ。少し悩んだが、シシアには素直に聞く選択しかなかった。
「やっぱりな……。」
男は苦笑した。
「やっぱりお前がクレハ様を救ったなんて嘘だ。みんな、この悪女に騙されるなよっ!」
そして周囲に聞こえるように大声を上げた。
鬼の首を取ったように高らかと。
男の演説は更に続く。
「この女はな、俺や精霊のことを玩具かゴミ屑としか見てないんだ。あの時もそうだった。浄化を求めた俺の左腕を斬り落とすと笑って居たんだからな!」
「――ッ!」
男が自身の左腕を指刺して吠えた時、ようやく彼の正体が分かった。彼はシシアが部屋で謹慎を受ける原因となった男だった。
「そんな女がクレハ様の浄化をしたってか? ふざけるなよ。どうせ碌でもない事を考えてるに決まってる。ここへ何をしに来た。早く出ていけっ!」
彼の怒りは真っ当なもの。
返す言葉もない。
「お前がしてきた事を俺は許さない。お前に浄化の力なんて無いのだろ、あったとしても誰がお前に浄化を頼むか!」
これはパウラニアで浮かれてしまった私への罰?
心が苦しい。まるで心臓に釘を打ち込まれている気分だ。
「まず、自分の心を浄化してから来い!」
そう言うと男は右手をこちらに向け、手の平から大量の水が放った。彼の水魔法を防ぐ術を知らない私は思いっきり水をかけられ、全身ずぶ濡れになってしまった。
ポタポタと水が滴り床を汚す。
静まり返る病棟。
助けは、こない。声も、出ない。
服が身体にへばり付く感覚と水の冷たさに震えるしか出来なかった。
案内役の二人はあからさまに見下し、周りの精霊もいいザマだとクスクス笑うだけ。
「帰れ、帰れ、帰れ――」
何処からか湧き上がる帰れコール。
波はどんどん大きく強くなる。
「帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ――っ!」
これがシシアのして来た事に対する罰なのは分かる。
それでも、やっぱり辛いよ。
逃げてしまいたい。
「帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ――」
こんな姿じゃクレハ様に会う事も出来ない。
せっかくポーラに綺麗にして貰ったのに、台無しだ。
持って来たクッキーだって水が掛かりビショビショで、とてもじゃないけど渡せない。
「帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ――」
本当は、本当はね。叫びたいの。
私はシシアじゃないって。
私だってこの世界に飛ばされた被害者なんだって、泣き叫んで逃げ出したい……。
私はそんなに強くないんだよ。
こんな取り囲まれて罵声と水を浴びせられる経験した事もないの。
怖くて、辛いよ……。
ただ、胸が、苦しい。
「なんの騒ぎだっ!?」
騒ぎを聞き付けたジルバルが群衆をかき分け現れたことで、ようやく帰れコールが収まった。騒ぎの中央で立ち尽くす私を見たジルバルが慌てて駆けつける。
「シシア様!? 一体なにがあったのですか?」
「……。」
何処から説明すれば良い?
なんて伝えればいいの?
もう、分からない。疲れてしまった。
「ジルバル様、お聞きください。」
部屋に帰りたい、と口を開く前に案内役の二人が瞳に涙を貯めてジルバルに駆け寄った。
「シシア様が怒り、彼に手を挙げようとしたのです。」
「それで防衛する為に水を放ってしまって……。」
「そ、そうなんだ。俺、驚いて咄嗟に。」
さっきまでの無表情は何処へ行ったのかと聞きたいぐらいの名演技を見せる案内の二人とわざとらしく焦る男。
(ああ……、そう言う事ね。)
男と案内役の三人は最初からグルだったんだ。周りにいる精霊達の中にも共犯はいるだろう。裏付けるようにジルバルに告げ口する三人を止める者はいない。
黙り込む周囲とシシアをいいことに三人は更に嘘を並べる。
「私、シシア様がクレハ様の暴言を吐き嘲笑う姿がどうしても許せなくて……。」
「悔しかったんです。幾ら王妃様でも私達のクレハ様を悪く言うなんて酷すぎます。」
三人はジルバルがシシアを毛嫌いしていたのを知っていたのだろう。だから自分達の言い分が嘘だとバレるはずがないと、確信している口ぶり。
「俺達は謝罪を要求します。この場で土下座させて下さいっ!」
全てはシシアを貶めるために……。
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