01 悪役転生!?
後頭部が痛い。
鈍器で殴られたような強い痛みがする。
目を開けると知らない天井だった。まるでお姫様が眠る天蓋付きのベッドみたい。枕もこんなふかふかで、とっても気持ち良い。
今日は仕事も休みだしずっとここで寝てるのも悪くないかぁ……。
――いや、おかしい……。
こんなところで寝た記憶は『私』にはない。
「――様、――――シシア様!」
横から何度も叫ぶような声と自分の身に起きている異変に気づき、飛び跳ねるように起き上がった。
「ぇ……? なに、ここ……?」
まだ頭はズキズキと痛む。
痛みに耐えながら瞳を開くと、ぼやけた視界は徐々にクリアになっていった。辺りを見渡すと見たこともない部屋にいる事に気がつく。
まるで舞台のセットだ。
さっきまで、というか私は一人暮らしのワンルームマンションで暮らしていた。
寝たのは自分の部屋のくたびれたベッドの上だったはずなのに、目を開けたらこの有り様。海外の豪邸、もしくは中世ヨーロッパの貴族が暮らしていそうな豪華な部屋に変わっている。
「シシア様! お目覚めになられて良かったです!」
自分の置かれている状態をうまく飲み込めないでいると、横から声がした。
視線を声の方に向けると、ベッド横の床に膝をつき涙を浮かべている少女が一人いた。
(………………誰?)
見覚えがない少女だ。着ている服はメイドを連想させるが、それ以上に背中から美しい羽根が生えていて耳はエルフのように長く尖っていた。
(羽根って……。流石に作り物、よね……?)
それにしては手が込んでいて蝶のようなリアリティーを持ってる。触ってみたい……。
「ももももも、申し訳、ありませんでしたぁあ!」
私が羽根を凝視していると、少女は物凄い勢いで床に土下座しだした。
「私が部屋に花瓶を置いたばっかりに、シシア様が花瓶を割って漏れた水で脚を滑らせ転倒してしまうなんて思いもよらず……、頭を負傷させてしまうなんて。」
羽根が小刻みに揺れる。
正確には少女自身が異常なまでに震えていた。
「ええーっと……。」
彼女が土下座している方向には私しか居ない。という事は、私に向けた謝罪なのだろうと予測出来た。
ただ……、
「あのー。私、シシアじゃなくて……」
人違いですよ、と言い終わるより先に『バンっ!』という物凄い音を立てて部屋の扉が勢い良く開かれた。
「うわぁー……。」
入って来たのはアニメに出て来そうな、思わず感嘆の声が漏れるほどの超絶イケメン。
翡翠の長髪を一つに束ね、色素の薄い肌はどこか儚げ。瞳には蒼い空を連想させるサファイアが嵌め込まれているよう。彼にも土下座を続ける少女と同じ、それ以上に大きく美しい羽根が背中に生えていた。
不思議な事に羽根に全く違和感がない。彼を彩る全てのパーツが美しさを引き立て合っている感じだ。
(こんなイケメン、リアルでいるのね……って。あれ…………?)
急に痛みだす頭。
彼には見覚えがあるような気がする。
「またお前は懲りもせずに。精霊をオモチャにして壊して、それでもまだ足りないのかっ!」
そんな私を置き去りに、男は眉をこれでもかと寄せて鬼の形相で怒鳴りながら近づいてきた。
(これは一体…………なに?)
「お前のような汚れた人間は心底反吐が出る。」
「あ、あの……」
「軟禁は解くが王妃の予算、権利は全て没収する。契約も破棄させてもらう。この部屋で大人しく過ごせ、城内を歩き回るな。虫唾が走る。」
聞く耳を持たない男は一方的に罵声を浴びせると、土下座した少女の手を引き部屋を出て行ってしまった。あまりの衝撃に心配そうな顔をする少女を見送るので精一杯だった。
「…………本当に、どうなってるの?」
静まり返った部屋に響く私の声。
(あれ……、私ってこんな声してたっけ?)
聞き馴染みのない飴玉のようなコロコロした甘い声。私はずっと男と間違われるようなハスキーボイスだったはず。
「あー、あーあー。」
おかしい……。
喉がおかしいのかと手で押さえてみると一房の髪の毛が目に入った。思いっきり引っ張ってみると頭が引っ張られるような痛みが走る。
「なに、これ……?」
(私は昔からずっと黒髪ロングだった!)
ベッドから飛び上がるとすぐに壁に飾られた鏡が目に入った。
「――――――嘘、でしょ?」
鏡に映る人物は息を呑むほどの美女だ。
長くさらさらのプラチナブロンド。
ビー玉瞳はエメラルド。ぷっくりと張りのある唇にケアの行き届いた白い肌。まさに高価なビスクドール。
ネグリジェ姿だというのに他を圧倒する美貌。
恐る恐る頬や髪を触ると鏡の中の美女も同じ動きをした。
(これは、私……?)
そんな訳ない、と自分に言い聞かす。
だって鏡に映る彼女には見覚えがあるから。
「………シシアだ…………。」
寝る前に読んでいた恋愛小説『精霊の愛し子』に出てくる悪役令嬢シシア・フォンブール。
「まさか、ここは小説の中の世界なの!?」
ありえない。なんで?
理解出来ない。
「あれ…………そう言えば……。」
嫌な予感がする。
仮に小説の中の世界として、あの物語のラストにある悪役令嬢シシア・フォンブールの最期は確か……、
「私は、両脚を切断された挙句に狂犬に噛みちぎられて死ぬってこと……?」
また頭が痛くなってきた。
身体から力が抜けていく。
小説の内容はありがちな王道ラブストーリーでヒロインのシャルと精霊王が数々の困難に立ち向かいながら愛を育んでいくといったもの。
ただ、精霊王の愛情がかなり重い。精霊自体が愛情の深い種族として描かれていた事もあり、ヒロインのシャルを溺愛する姿はもう、ご褒美としか言えなかった。
そんな中、シシアは精霊王を脅迫して結婚した悪女だ。
傍若無人なシシアを精霊王が愛する筈もなく、愛情を注がれているシャルに嫉妬して殺害を何度も企てて失敗。精霊王の逆鱗に触れ、最後には悲惨な死を迎える哀れなキャラクターなのだ。
「待って、待って……。これは夢よね?」
流石にありえないもの。
悪役の極みみたいなシシアに転生なんて。現実世界で私、そんなに悪いことしてないはずよ。寝る前に小説を読んだのがいけなかったんだ。
「とりあえず、もう一回、寝よう……」
私はふらつく身体を引きずってなんとかベッドまで辿りつくと毛布を深々と被って眠りについた。
翌日。
目を覚まして絶句した。
目に入る光景、鏡に映る美女。
「…………シシアのまま、だ。」
どうやら本当に小説内に出てくる悪女シシアに転生してしまったらしい…………。
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