14 メロウの悲痛な胸の内
自分でも驚いた。
忌々しいと思っていた女をまさか朝方まで抱くとは。
ジルバルに腹を決めろと言われ、相当苛立ちが募っていたのもある。
分かっている……。
これは八つ当たりだ。
『お願い、します。なんでもしますから、もうやめて……』
それでも俺の下でもがき、両手を拘束されてなす術の無い彼女はいつもの気色の悪い猫撫で声じゃなく、本当に嫌がるような素振りで最高にそそられた。
ようやくこの女を屈辱の檻に閉じ込められたようでとても気分が良かったんだ。
ただ……、その後は…………。
『メロウ様。私達、離婚しましょ?』
頭を殴られた様な衝撃だった。
あれほどまでに愛をくれ、私だけを見ろと自分勝手に言い続けていた女が離婚を申し出てきた。
契約と称して脅迫するほど望んでいた精霊になる、という願望を目前にしてだ。
あれほど執着していたのに?
信じられない。ありえない。
これはどうせ、嘘だ。
何故か自分自身に言い聞かせていた。
お前がいつもみたく醜く笑い、せがんできてくれればなんの罪悪感もなく抱き潰せたのに。
『私、本当に記憶が曖昧なんです。だから、貴方を愛していた事すら覚えてません。今の私は貴方と共に生きる理由が無いんです。』
俺の中で我慢していたなにかが音を立てて崩れ落ちていき、同時に殺したくなるぐらいの怒りが湧いた。
今更なにを言い出すんだ。
俺は、シイナを捨ててまでお前を……っ!
そう覚悟を決めてここにいるのに。
お前はあっさりと、自分勝手に俺を切り捨てるのか。
共に生きる理由がないだと?
ふざけるのも大概にしろ。俺だってお前に物凄い浄化の力さえなければ、愛するシイナの捜索を打ち切らずに済んだのに。
――シイナを、この腕で、抱きたかった……。
お前じゃないんだよ。
俺がこの十二年、人間の妃を娶る体制を作ったのも、家臣達を納得させる為に奔走したのも、全部全部っ。
お前の為なんかじゃ無いんだよっ!!
歯が剃り切れるほど食い縛り、シシアの両手首を再度拘束した。
これ以上、妄言を言ってくれるな。
間違って殺してしまいそうだ。
「離婚はしないし、お前は精霊にする。」
怒りのままに抱いた。
気がついた時には朝日が登っていて、ベッドに視線を落とすと泣き腫らした顔で眠る女いた。
いつもの傲慢さが滲み出た悍ましい顔が屈服した姿は最高に後味が良い、はずなのに……。
胸にぽっかりと穴が空いたようで、ただ虚しかった。
頬を触れ、柔らかい髪をくるくると指に絡めて弄ぶ。
首元には無数のキスマークと、大きく何重にもなった歯型が一つ。陶器のように透ける肌に咲く赤い薔薇を付けたのは自分だと思うと少しだけ虚しい心が埋まった。
「もっと赤く染めれば……。」
自分でも無意識に彼女の肌のあちこちに赤い薔薇を咲かせた。そして腹の少し下を撫でる。
(今ここに、俺の魔力があるのか……。)
そう思うと無性に噛みつきたくなったのをグッと堪えて毛布を掛けた。
「こうして眠っていれば非の打ち所がない美女だな。」
シシアは黙っていればとても美しい。その美貌は三国に響き渡るほど。そして傲慢で狂気じみた最悪の性格は、より三国に響きわたっている。
微睡みの中で腕に擦り寄ってくる姿は、まさしく天使。昨日のシシアを思い返してみると、女神と言っても良いほどで。
まるで別人だった……。
本当に記憶喪失なのか?
記憶喪失だとして、あんなにも性格まで変わってしまうものなのか?
大きなため息を吐き、眺めているとシシアが起きた。起きるように声を掛けたのは自分の方なのだが、どうしても確かめたったんだ。
これは演技だろ?
どうせまた、傲慢で精霊嫌いの我が儘娘に戻っているんだろ?
そう、思っていたのに……。
飛び起きたシシアが昨日と同じ様子に安堵してしまった。そして改めて離婚を申し込んできた事に腹が立った。
冷たくあしらって部屋を出ようとすると、呼び止められて浄化すると言い出した時は「正気か?」と聞き返しそうになったぐらいだ。
クレハを浄化したと聞いて半信半疑に疑っていたが、まさか本当に浄化してみせるとは思ってなかった。
それも身体にある穢れ全部だ。
ありえない……。
これまでどれだけの浄化師に頼んでも全ての穢れを一度に浄化できる者なんていなかった。
身体が非常に軽い。右脚をこんなに自由に動かせるのなんて十二年前、シイナに浄化してもらって以来初めてだった。
『良かった。』
そういって笑うシシアの表情は慈愛に満ちていた。
見惚れるぐらい、美しかった。
プラチナブロンドの髪が太陽光に照らされ輝く。
まるでシルバーに……。
「………………シイナ?」
(いや、そんなわけないがないだろっ!!)
こいつがシイナの訳がない。一瞬でも月下の乙女とこの女を重ねた事を後悔した。
その後すぐに床に倒れ込んだシシアはおそらく力を使い過ぎたのだろう。なんて無茶をするんだ。
(しょうがないからベッドにくらい運んでやる。)
シシアを抱き上げた時、いつもの鼻が曲がるほどの香水臭さがなく、自然な甘い香りがした。
(嗅ぎ慣れた俺の、香水の匂い……。)
「陛下、大丈夫ですか!?」
シシアをベッドに寝かせ、部屋を出るとザリールが待ち構えており、心配を顔に敷き詰めて駆け寄ってきた。
「なにがあったのですか!? お顔が真っ赤ですよ!!」
「――ッ!?」
思わず片手で顔を押さえてしまった。
「陛下?」
「…………なんでもない。それよりもジルバルにシシアを診断するように伝えろ。」
これ以上突っ込まれないように話題を変えると他の者に見つかる前に急ぎ足で執務室へと戻った。
◯●◯●◯
「陛下、報告致します。」
モナルダ病棟での一件から三日が経った。
急ぎ執務室に入ってきたザリールが報告書と一緒にある物を机に置いた。
「クレハ様の病室から黒魔法を使用された形跡がありました。」
机に置かれたのは小さな魔石のカケラ。ただの黒い石にも見えるが微かに魔力を帯びている。不気味で拒絶したくなるほど禍々しい。
「……厄介な事になった。」
「はい。クレハ様が黒穢になったのが意図的だったなんて、前代未聞です。」
黒魔法は白魔法の対となる存在だ。浄化の力と同じく使い手が極端に少ない。呪いや腐敗など負を司る魔法の特殊性からも禁忌とされ、未だ謎が多い。
「精霊を黒穢に変える黒魔法なんて、俄かに信じたくないな。」
見つかった魔石は他の精霊を黒穢にするほどの強大な黒魔力を持つ使い手が居る証明。これは確実なる敵意だ。
目的は一体なんだ?
どうしてクレハを狙った?
「それともう一点報告があります。」
「……なんだ?」
「シシア様の部屋からもごく僅かながら黒魔法の痕跡が出ました。」
念の為、シシアが眠っている間にこっそりと調べさせたがまさか痕跡が見つかるとは……。
あの女は味方か敵なのか。
早急に見極めねば。
「……ウルバをここに呼べ。」
「まさかウルバをシシア様の監視になさるのですか?」
「彼が適任だろう。俺との魔法適性もあるしな。」
「分かりました。呼んで参ります。」
そう言って執務室から出て行こうとするザリールの背中を呼び止めた。
「黒魔法の事は絶対に漏れないようにしろ。特にシシアにはな。」
「かしこまりました。」
慎重に、確実に、お前の化けの皮を剥いでやる。
シシア、覚悟しておけ――。
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