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11 契約の夜 1

 身体がふわふわする……。

 まるで雲の上で寝ているような、不思議な感覚。


「…………ぅ。」


 心地よい温もりに抱きしめられているみたいな満足感が身体を満たし、もうずっとここにいたいと思ってしまう。


 だって起きても良いことないんだもん。

 両親は今どこでなにやってるのかも分かんないし、お婆ちゃんも病気で死んじゃった。


 毎日働いてご飯食べて寝るだけ。

 恋愛は……、私には向いてない。

 だからずっとここに居たいな。


『俺と結婚してくれるか?』


 誰の声だろ……。

 なんでだか凄く懐かしい。


『必ず迎えに行く』


 アニメか小説の中に出てくるセリフの一部かな?

 王子様が吐く甘い言葉ね。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきちゃった。


 ――………………小説?


 あれ、なにか忘れているような?

 私、何してたんだっけ。

 確か、寝て起きたら小説の世界にいて……。


「生まれ変わるならヒロインが良かった!」

「ほう。お前は生まれ変わりたかったのか?」

「ふぇ!?」


 夢見から目覚め覚醒すると、隣には中性的で美しい男性が椅子に座ってこちらを見ていた。


「せ、精霊王様……。」

「なんだ、その呼び方は。いつもみたくすり寄る雌猫みたいに俺の名を呼べば良いだろ。」


 起きて早々、かなり棘のある言い方をするな。

 そりゃ、シシアは超が付くほどの問題児で嫌われているのは知っているけど、それでもやっぱり傷付く。


「申し訳、ございません……。」

「なにを謝っているんだ。理解出来ない。俺はただ名前で呼べば良いと言っただけだ。」


 精霊は名前をとても大切にする種族。

 親しい者にしか愛称で呼ぶことを許さないのは当然で、本名は家族にしか明かさないほど。


 愛を捧げる伴侶に対してだけに自分の本名を送り合う風習があり、それが最愛の儀式でもある。


 魔力の高い精霊族特有の儀式は、小説上でもとても素敵に描かれていた。


 二人だけの神殿。

 月夜に照らされた二人が名前を教え合いキスを送ると、月光が二人を包み、祝うように煌めき始める。その輝きは満面の星屑を思わせる美しさなんだとか。


 月光の輝きは互いの鎖骨の辺りに集まり、バラのような花の模様が咲くように浮かびあがると儀式は無事に終了となる。

 

 模様は生涯をかけて愛を捧げ合う事を誓う証。

 二人が離れないように、死が二人を別つともまた巡り合えるように、という願いをかけた花の模様がとても素敵で印象的なシーンになっていた。


 実は、シシアとメロウ様はこの儀式をしていない。

 シシアはそれが不服で仕方がなく、他人に見せつけるように精霊王の事をメロウ様と呼び、彼の執務室に訪れては最愛の儀式を早く取り行えと何度も暴れていた。


 メロウ様からすれば嫌がらせでしかなかっただろうに。


 そんな訳で、今の私がその名を口にする気はない。

 どちらかと言うと距離を置いて円満に二人の関係を終わらせたいと思っているのだから。

 

 どう答えるべきかしら……。


 視線を逸らすように下を向くと、自分が自室のベッドに寝かされていた事に気がついた。


(私はモナルダ病棟にいたはず。そこで……っ!)


「あの方は!? あの方は大丈夫でしたか!?」


 そうだっ!

 黒穢になった女性がいたはずだ。


「彼女は無事ですか!?」

「起きて早々、他人の心配か……。にわかには信じ難いな。」


 うっ……、確かに。

 シシアなら絶対に酷い目にあったと怒鳴り散らかしているはず。こんな質問すらしないだろう。


「…………。」

「…………無事だ。」


 答えてくれないと思ったのに、メロウ様は少しの沈黙の末に教えてくれた。その言葉で私の中のなにかがぷつりと音を立てて切れてしまった。


「そっか。良かった……。本当に、良かった……。」


 私はあの方を救えたんだ。


「あれ……、どうしよう。涙が……っ、」


 無意識に流れ落ちる涙。

 止めようとしても溢れてくる。


「すいませんっ、……うぅ、私っ…………」

「……よく頑張った。感謝している。」


 瞳を擦って涙を止めようとする私の頭にポンッとメロウ様が手を置いた。少し照れるような苦笑いを浮かべるような複雑そうな表情をしていたけど、それでも嬉しかった。

 

「……っ、…………うぅ。私、私っ……!」


 誰かによく頑張った、なんて言って貰うのは久しぶりで、それだけでなにか救われた気がした。ちょっとだけシシアがメロウ様に惚れた理由が分かってしまった。

 

「……うぅ…………グズん。」

「落ち着いたか?」

「はい。もう、大丈夫です。ありがとうございます。」


 泣き止むまでメロウ様はずっと頭を撫でてくださった。やっぱり心根はとても良い人なのね。

 シシアはこれまでずっと嫌がらせや酷い事をいっぱいしてきたと言うのに、見捨てないで世話を焼いて下さる。


 だから、強く思ってしまうの。

 私は…………ここにいてはならない人間だ、と。


「では改めて。」


 メロウ様は徐に立ち上がると跪き、こちらを見上げた。その姿はまるで騎士がお姫様に忠誠を誓うような、とても絵になる姿だった。


「精霊王様っ、立って下さい!」


 ただ、今それをされても困る。


「此度は我が姉クレハを黒穢から救って下さった事、誠に感謝する。」


(姉……? メロウ様に姉がいたの!?)


 知らない事ばかりなんですけど!!

 小説はヒロインのシャル視点でしか語られていなかった。今更ながら私はシシアとメロウ様の結婚生活を全く知らない事に気がつく。


「感謝しているが、……それを踏まえて聞きたい。」


 エメラルドの瞳がこちらを射抜く。

 その美しさにドキッとしてしまった。


「いつまで猫を被っているつもりだ?」


 心臓を撫でられたみたいに一瞬にして息が出来なくなった。メロウ様の瞳と声色はどんどん鋭くなっていく。


「俺の知るシシアは精霊の為に涙を流すような女じゃない。やり過ぎだ。そんなに俺が契約を破棄したのが気に入らなかったのか?」

「ち、違いますっ!」


 まずい。早く誤解を解かないと。


「何が違う? 次は何を企んでいるんだ。」

「私、昨晩から記憶が曖昧で……っ!」

「はっ、笑わせるな。記憶が曖昧ならなぜ、あのタイミングでモナルダ病棟へ行った? お前はクレハが黒穢になると知っていたんじゃないのか?」


 どうしよう……。

 なんて言えばいいの?


「完璧な計画だな。記憶喪失を利用して黒穢を浄化し、一気に聖女にでもなるつもりだったのか?」


 違う、違うのに……。


「そうすれば俺がお前を愛するとでも思ったか。今までお前がしでかした事を許す訳がないだろう。いい加減、真実を全て話せ。」

「わ、わたし、はっ……。」

 

 言葉が、出ない。

 メロウ様私の声が届く気がしない。

 怖い……、頭が、回らない……。


 瞳から伝う温かな雫。


「…………ぐずっ、…………めん、…………ぃ。」

「また、泣き落としか。芸がない事だな。」

「ごめん、な、さい……。」

 

 ようやく止まったと思ったのに、また涙が止まらなくなってしまった。


 ちゃんと説明しないととか、さっき頭を優しく撫でてくれたのは嘘だったの、とかいっぱい言いたい事があるのに。


 いつの間にか立ち上がったメロウ様の呆れて見下す視線を前にすると謝罪以外の言葉が見つからなかった。


「はぁ、もういい。せいぜいその化けの皮が剥がれないようにしてろよ。」

「――っ!?」


 突然、メロウ様が私の肩を強く押した。その弾みでベッドに倒れて込んでしまった。


「何度も言うが俺の愛はやれない。他に好きな人間が居るからな。」


 チクリと胸が痛んだ。

 そっか……、もうシャルとメロウ様は出会ってたのか。


「だが、契約は守ってやる。お前がクレハを助けた事に代わりはないからな。これでいいだろ。」


 契約……?

 シシアはメロウ様とどんな契約を交わしていたの?


 そんな事を思っているとメロウ様がベッドに脚をかけ、近づいて来る。


「せ、せせ、精霊王様っ!?」


 あまりの事にびっくりしているとメロウ様は躊躇なく着ていた服を脱ぎ始めた。


「何を今更……。」


 今更もクソも知らないっ!!

 私、なんにも知らないんだってっ!!


 目のやり場に困って逃げようとした時にはメロウ様が馬乗りになっていて身動きが取れなかった。


「ど、どいて下さいっ!」

「退かない。契約通り、お前を精霊にしてやる。」

 

ここまでご覧いただきありがとうございます(*´꒳`*)

底辺作家脱却を目指してます!!

ブクマや☆から評価いただけると執筆意欲に大きく直結します。どうか応援よろしくお願いしますっ!


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