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10 メロウの困惑 2

「なんだって!?」

「黒穢になった者は誰だ。すぐに家族にも伝えろ。」

「…………それが、」


 息を切らす伝令役は更に嫌な知らせを持ってくる。


「どうした、早く報告しろ!」

「黒穢になったのは……………第一王女クレハ様、です。」


 立っていた場所が急に崩れ落ちるような、崖から突き落とされたような強い衝撃を受けた。


「………………そんな、」


 力が抜け、倒れそうになった身体を椅子が受け止めてくれた。


 クレハは血を分けた姉だ。

 今となっては唯一の家族。


『お父様しっかりして下さい。お父様っ!』

『父様、どうか、許して下さい……。』


 あの日の記憶が流れ込む。

 父様の言葉が今でも消えない。


『我ら精霊王は、寿命を全う出来ない運命、だ……。』

『父様……っ!』

『メロウ、俺を……、殺せ。』

 

 黒穢に堕ちる寸前、父様を手に掛けた瞬間の映像が脳裏に浮かぶ。


「俺は、また、あれを繰り返すのか……?」


 嫌だ。

 もう、誰も殺したくないのに。


『メロウ、貴方は悪くないわ。でもね……、私はあの人が居ない世界が耐えられないの。こんな母様を許してね。』


 父様の遺体を見た母様が泣きながら短剣を首に突き立てるのを観ているしか出来なかったあの日の記憶が、俺に重くのしかかり、動けない。


 あれを、また…………?

 今度は姉を失うのか…………?


「馬鹿を言うな! クレハ様はまた黒穢になるほど穢れが貯まっていなかった筈だ!」


 ザリールの叫び声が遠くに聞こえる。

 早く行かなくては。クレハが暴れて他の精霊を食い殺してしまう前に。


 変わり果てたクレハの命を、止めに行かないと……


「ああ…………、クレハ――。」


 この国の王として、責務を果たさねば。


「クレハ――っ!」


 手を引いて一緒に遊び回った姉を、俺の手で殺さねばいけないなんて…………。


「……………………嘘だと、言ってくれ。」


 吐き気に似た涙を必死に耐える。

 震える手を握り締めた。


『メロウ。』


 頭の中に浮かぶクレハは母様と似て凛と美しく立っている。これはいつぞやの記憶だ。


 我ら二人は仲の良い姉弟だった。父様を手に掛けた弟など悍ましいだろうに、いつもそばで支えてくれた。


 俺の次に魔力が多いせいで黒穢になりやすい身体を持ってしまった。それを気にして嫁にも行かず、他人の為に魔法を使っては穢れを貯め込んだ。

 

『メロウ。もし、私が黒穢になったら――。』


 姉はいつも笑っていた。

 俺を気にかけてくれていた。


『メロウが私を殺してね。』


 そうだ。そうだったな……。

 お前は他人を食ってまで生きたいと思うような奴じゃなかった。我が姉ながら勇ましく、かっこいい女性だった。


「陛下はここでお待ち下さい。私が、行ってまいります。」


 ザリールはそんな姉を好いていた。

 クレハも口にはしなかったがザリールに好意を抱いていたんだと思う。俺は二人が幸せになって欲しかった。


 ずっとそうなったら良いなと願っていたんだ。

 それなのに……。


「いいや、俺が行く。」


 愛する二人を殺し合わせる様な事、絶対にさせない。

 血を被るのは俺だけでいい。


「ザリールは避難誘導を頼む。」

「しかし……っ!」


 父様を殺したんだ。

 母様を見殺しにしたんだ。

 あと一人ぐらい、姉を手に掛けたとて……。

 

「これは王命だ。」

 

 クレハ。どうか俺を、許してくれ……。


 

 ◯●◯●◯



「これは、一体…………。」


 モナルダ病棟へ駆けつけると、病棟の奥から黄金色の光が見えた。クレハが魔法を暴走させているのかと思い、急いで駆けつけると目の前には二人の女性が抱き合う様に倒れていた。


「へ、陛下……っ!」

「ジルバル、これはどうなっている!?」


 近く座り込んでいたジルバルに声を掛けると、彼は希望と興奮を混ぜた瞳をこちらに向けた。


「いたんですよ!」

「…………なんの話だ。それよりもこの状況を」


 説明しろ、と言うより先にジルバルは立ち上がって倒れている女性の方を指さして叫んだ。

 

「黒穢を浄化出来る人物がっ!!」


 興奮冷めやらぬジルバルが指差す方に目をやると、泣き腫らして眠るクレハともう一人、見知った顔があった。


「…………なぜ、シシアがここにいる?」


 それに黒穢を浄化しただと?

 あのシシアが……?


 ありえない冗談だろ。

 というか、この女はなぜメイド服なんて着てるんだ?

 

「ジルバル、何があったのか詳しく説明しろ。」


 その後、クレハとシシアを病棟の空きベッドに寝かせ、落ち着きを取り戻したモナルダ病棟の所長室にてザリールを含めた三人が顔を付き合わせた。


「そんな事が……、信じられん。」


 ジルバルから聞かされた話は耳を疑う物だった。

 黒穢となったクレハは止める為にシシアが自分の命を顧みず行動を起こしたとは。


「でも事実です。もしあの場にシシア様がいなければ今頃…………。」


 ジルバルは口を継ぐんだが言いたいことは分かった。

 クレハが倒れていた場所は壁や床に抉られたような無数の傷があった。あれはクレハが魔力暴走を起こした跡だ。

 

 放置していたらクレハは確実に病棟にいた精霊を何人か食い殺し、暴走した魔力に耐え切れず病棟は倒壊。


下手したら数十、百人の精霊が犠牲になっていただろう。


「考えただけで恐ろしい……。」


 ザリールが思わず羽根を羽ばたかせ身震いした。


「それにしても、彼女はなぜこのタイミングでモナルダ病棟に来たんだ?」

「不可解な点はそれだけじゃありません。クレハ様は黒穢になるほど穢れを貯め込んではいなかった。予測ではあと半年は大丈夫だと言っていましたよね?」

 

 俺とザリールの考えはおそらく同じ。

 

 〝シシアが全ての黒幕だったのでは?〟


 あの女にらやりかねないからな。

 速やかに調査する必要がある。ザリールと二人顔を見合わせ頷いた。


「恐れながら王様、シシア様がここを来たのは本当に偶然だったと思います。」


 ジルバルが手を挙げて発言する。彼の左腕には穢れが貯まっていたと記憶してきたが、今は綺麗さっぱり無くなっていた。


 聞けばシシアが浄化したと言う。

 あの女が毛嫌いしていたジルバルを浄化したなんて、にわかには信じ難い。


「それが……今思えばなのですが、シシア様はメイドに変装してでも本当に病棟を見学したかっただけなのではないかと。」

「ジルバル殿、働き過ぎて頭をやられたか? それとも今回の件で強く頭を打ったとか。」


 ザリールが本気でジルバルの心配をする。

 正直、俺もザリールと同じ事を考えていた。なんとか言葉を飲みん込んだがザリールが台無しにした。


「違います。実は、クレハ様が黒穢になる少し前にメイドをもう一人連れて見学させて欲しいと尋ねて来たのです。その時は彼女がシシア様だと分からず、新しく入ったメイドがシシア様の命令でやって来たと思っていたのです。」


 もちろん断りましたが、と付け加えるジルバル。

 その後すぐにクレハが黒穢になった事から時系列的に考えてもシシアの関与は難しい。


「メイドに扮したシシアは自身の今までの行いを反省しつつあると言ったのだな?」

「はい。間違いありません。」


 ジルバルが嘘をついている様には見えない。しかし、話を鵜呑みにする訳にもいかない。


「この件は早急に調査が必要だな。ザリール、頼めるか?」

「もちろんでございます。」


 他にも大量の仕事を任せているザリールにこの件の調査も依頼するのは酷だが、モナルダ病棟にはクレハがいる。ここにいれば二人が会う機会も増えるだろう。


 ザリールは本当に頑固者だ。

 さっきからクレハの様子を見に行きたくてうずうずしているのが丸分かりなのに「陛下の護衛が優先です」と、一向にクレハに会いに行こうとしない。

 

 あれで自分の恋路が誰にもバレていないと思っているから憎めない。どうか二人の仲が進展してくれる事を祈るばかりだ。


「俺はシシアを部屋に運んでくる。ここに置いておくのは色々と問題があるからな。」

「陛下、よろしいですか?」


 そう言って立ち上がると神妙な顔のジルバルに呼び止められた。


「無礼ながら進言させて頂きます。」

「構わん。どうした?」

「陛下に想い人がいるのは皆が知っています。ですが、あれほどの浄化が出来るシシア様は、我が国にとって非常に重要な存在。もはやあの者を人間国に返すわけにはいかないでしょう。」


 ああ……そう、だな。

 ジルバルの言いたい事は分かる。


 ザリールも察しが付いたようで「ジルバル殿っ!」と声を上げたのを制止した。


「そろそろお心を決める覚悟が必要かと。」


 この国の王として十ニ年前に出会った希望の少女の行方を探すよりも、目の前にいる才能ある女を縛り付ける為の既成事実を作れ。


 ジルバルはそう言いたいのだろう。


「………………分かっている。」


 無意識に握りしめた手に力が入った。やり切れない想いを押し殺すみたいに。


「月下の乙女の捜索は、一時中止する。」

「陛下っ!」

「捜索にあたっていた者達をモナルダ病棟の復旧にあてろ。」

 

 ジルバルが深々と頭を下げているのを横目に所長室を出た。呼吸を整えすぐ隣にある個室の扉を開く。

 室内のベッドに人形のように美しいシシアが眠っていた。


「これで性格が穏やかであれば、月下の乙女に似ていただろうに。」


 今は見えない閉じられた瞳はシイナと同じ深緑色。その瞳を初めて見たパーティーでは、一瞬シイナと見間違えるほどだった。


 口を開いた瞬間に、その想いはことごとく破壊されてしまったが……。


「こんな女と俺はあと数百年を共に生きるなんて……。」


 考えただけで息が詰まる。

 愛を捧げる事など到底出来そうにないが、これが俺への罰ならば甘んじて受け入れよう。


「シイナ、すまない……。」

 

 メロウは一筋の涙を溢すとシシアを抱き抱え、病棟を後にした。

ここまでご覧いただきありがとうございます(*´꒳`*)

底辺作家脱却を目指してます!!

ブクマや☆から評価いただけると執筆意欲に大きく直結します。どうか応援よろしくお願いしますっ!


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