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09 メロウの困惑 1

 あの忌々しい女の事を考えるだけで頭が痛くなる。


 散々やりたい放題した挙句、穢れを浄化する契約まで破り精霊を斬り殺そうとするとは。


「精霊国の妃にあるまじき行為。あの女に浄化の力さえなければすぐにでも殺してやるのに。」


 反省を促す為に部屋に軟禁してみたら、暴れ回った末に自分で脚を滑らせ頭を打って気絶らしい。


「こんな馬鹿げた話があるか。」


 呆れて怒る気にもなれなかった。

 脅迫があったとは言え、浄化出来る妃を迎え入れたのに全く使えないどころか害悪でしかない。

 

 最近は穢れによる被害が大きくなっていて、穢れの進行を抑えるアーティファクトの大量生産が課題だと言うのに。


「はぁー……。」


 精霊王メロウは執務室の机に肘を突き、頭を抱えていた。


「陛下、大丈夫ですか?」


 そんな俺を見て、側近のザリールが眉間に皺を寄せ顔色を伺っている。


「あの女、ようやく目を覚ましたと思ったら精霊のメイドに土下座させていたんだぞ。なにも反省していない。」


 あの女はどうしたら反省と謝罪を口にするのだろうか。いや、どちらも要らない。元よりこちらも許すつもりは毛頭ないからな。


 あの女はそれだけの事をしたんだ。

 思い出しただけでもはらわたが煮えくり返る。

 

「もういっそのこと殺してしまいましょうか。もしくは指や腕の一、ニ本斬り落として言う事を聞かせましょう。」


 ザリールは腰に台頭している剣に触れる。

 

「腕は浄化に必要だから駄目だ。」


 彼とは歳が近く幼馴染みとして育ってきた兄弟のような関係で、我が妃シシアを心の底から憎んでいる一人でもある。


「脚も無くなったら誰かがアレを運ばないといけなくなる。鼻が曲がるぐらい香水臭いあの女をザリールが運んでくれるのか?」


 後々困るのは俺達だぞ、と付け足すと本当に人を殺してしまいそうな強面の顔を更に濃くして舌打ちした。


「こうしている間もクレハ様はモナルダ病棟で苦しんでいると言うのに……。」


 ザリールの苦渋で歪む顔を見ると胸が押し潰されそうになった。


 我ら精霊は魔力量で下級、中級、上級に分けられる。

 位が上のものほど穢れが貯まる速度が増す為、必然的に定期的な浄化が必要となる訳だが、現状は圧倒的に浄化師が足りていない。


 我らは、ずっと黒穢になるその日を恐れながら生きている。


「ザリール、すまないな。」

「そんな、陛下の方がよっぽどお辛いでしょうに……。」

「……そんな事は、ない。」


 黒穢となれば愛した者に殺されるか、愛した者を食い殺し続けるかの二択。悲劇しか起こらない。


 かく言う俺も、この手は既に血で塗れている。

 あの生々しい感覚は今でも……。

 

 いや、思い出すのはやめよう。

 

 穢れが貯まれば心を病む。

 黒穢にならないように、愛した者を食い殺さないように、そう考える精霊は自死を選ぶ。


 俺は、その選択を見守ることしか出来ない……。

 このままでは近い未来、精霊国は消滅するだろう。

 

 せめてもの救いになればとモナルダ病棟を設立したが、患者が日に日に増え続けるのに対して、世話をする側の精霊の雇用が追いつかない。

 

 元々、黒穢になるリスクが高い精霊の世話なんて進んでやりたがる者の方が少ないのだ。仕方のない事だと分かっていてもやり切れない思いが沸く。


 そんな中でも頑張って働いてくれている所長のジルバルには頭が上がらない限りだ。

 

 当面の目的は穢れを抑える事と浄化師の確保だ。


「ザリール、魔法道具の方はどうなっている?」

「陛下が睨んだ通り、魔力と穢れを分離させるフィルターは魔法石を使えば大量生産出来そうです。ただ……、」


 何代か前の精霊王が開発した穢れを抑制するアーティファクトを改良し、大量生産を目指しているがこちらも中々上手くいっていない。

 

「分離させた後、アーティファクト内に貯まった穢れをどこに保管するか、ということか……。」

「おっしゃる通りです。」


 どうしてもここで浄化師が必要となる。

 アーティファクトを使い捨てにすれば穢れが蓄積された物だけがどんどん増え、置き場に困る。

 なにかのタイミングでアーティファクトが壊れてしまえば溜め込んだ穢れが一気に精霊を襲い、黒穢になってしまう恐れだってある。

 

 腕の良い浄化師にアーティファクトを浄化してもらい、使い回しが出来るようにしたいのだが……。


「浄化師の方はどうだ?」

「……。」


 ザリールは首を横に振る。


「そう、か……。」


 人間国で浄化師を探しているが腕の良い人物が見つからない。でも望みはあるんだ。


「月下の乙女。お前は何処にいる……?」

「十二年前に陛下の穢れを全て浄化した白銀の少女ですね。」


 俺の恩人であり、最愛を捧げたい人物。

 ずっと探しているのに見つからない。


 月下に靡く銀髪も俺の髪よりも深い緑色の瞳も、瞳を閉じれば鮮明に思い出せるのに――。


『貴方、苦しそう。大丈夫!?』

『俺に構うな、今すぐに立ち去れ。』

『ダメ! 一人は寂しいもん。涙いっぱい出ちゃうから私がそばに居てあげるの。』


 人間国で開かれた両国の和平を記念したパーティー。

 参加したは良いが穢れのせいで立っているのが辛くなり、こっそりと庭園に抜け出し休んでいた時に一人の少女と出会った。


 彼女は最初こそ戸惑っていたものの、意識もそぞろで力なくベンチに座る俺を心配そうに見つめて、なにを思ったか手を掴んできた。


『これで寂しくないでしょ?』

『……ッ!』


 一瞬にして両脚に貯まった穢れが全て消えていくのを感じた。精霊王の浄化は三人掛かりでも数日はかかると言うのに。


 彼女は手を握ったその数秒でやってのけた。

 それも無意識にだぞ。

 信じられない。でも実際に起こっている現実。


 彼女は我ら精霊を救う鍵になる。

 直感的にそう思った。

 

『もう大丈夫だよ。』

 

 それと同時に無邪気に笑う少女に冷え切った心が溶かされていくのを感じた。


『ああ……、悪くないな。』

 

 握られた小さな手から伝わる温かさが愛おしい。

 出会って数秒しか経っていないのに、自分でもおかしいとは思うが、なぜか「この子は俺の物だ」と思った。


 我ら精霊は生涯をたった一人の最愛に捧げる種族。

 これは運命だ、俺の人生を捧げるならこの子しかいない。心が歓喜しているのを感じた。


『なぁ、人間はあとどのぐらいで大人になるんだ?』

『うーん。分かんないけど、前にママが早く十六歳になって家から出てけって言ってた。』


 少し寂しそうに笑う少女。

 彼女は両親とあまり上手くいっていないようだった。

 

『お前は今いくつだ?』

『六歳!』


 そうか……。

 あと、十年か。

 精霊の寿命は人間より遥かに長い。十年なんて瞬きの間に過ぎ去るだろう。俺も王となったばかりで国の政治や維持に力を入れねばならん。


 十年あれば……。

 違うな、十年で人間の君を迎える準備をしよう。


『十年後、俺と結婚してくれるか?』 

『うーん……。ママとパパに聞いてみないと。』

 

 お前の両親がお前を大切にしないなら、

 お前が俺を望んでくれるなら、


 いや……、お前が望まなくても。


『でも……。』

 

 どす黒い感情は少女が俺の瞳を見つめただけで消え去っていく。


『貴方一人で寂しくなっちゃうなら結婚してあげる。』


 その月下に咲く笑顔を今すぐに抱き寄せて連れて帰りたい衝動を抑え、彼女の手の甲にキスを落とした。


『必ず迎えに行く。』


 昔、父様が「最愛を見つけたらもう引き返せない」と言っていた言葉の意味を今ようやく理解した。


 もう逃してやれそうにない。

 どんな事をしても、君を我が妃としよう。


『迎えに行く時の目印として名を教えてくれないか?』

『いいよ。私の名前は――。』


 満点の星空の元、大人になった君を迎えに行こう。

 

「シイナ――、君は何処にいるんだ?」


 あれから十二年が経った。この二年、シイナを探し出すのに全力を注いだが見つけ出せずにいる。

 ドレスを着てパーティーに出席していた事から貴族だと思い、人間国に問い合わせるもそのような娘は居ないと返事がきた。


 そんな訳がないと独自に調査をしたがやはり見つからない。没落貴族の線でも探したが、似たような娘が一人居ただけ。それも瞳の色が違うし、浄化の力もなかった。


「早く会いたい……。俺のシイナ――。」


 深いため息を吐いていると、伝令役の精霊が慌てた様子で執務室の扉を叩き入ってきた。


 妙な胸騒ぎがする……。


「モナルダ病棟の患者が一人、黒穢になったと連絡がありました!」


ここまでご覧いただきありがとうございます(*´꒳`*)

底辺作家脱却を目指してます!!

ブクマや☆から評価いただけると執筆意欲に大きく直結します。どうか応援よろしくお願いしますっ!


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