第四十七話 カリとトリガーとリリスとあいつ
白だけがただただ続いているこの空間はカリの深層心理を表している。上と下の区別があるのか分からないこの空間の中にあるものとしたらたった二つの紫色の花束だけだった。
そして、その花束の前に目に一切の生気が感じられないカリがうつむいたまま座って冷たく震えてる手を合わせて謝っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‥‥‥‥」
カリは花束に向け『ごめんなさい』という単語をまるで呪文のように言い続け、カリの声は震え、言葉の間隔がどんどん詰まっていく。
胸が浅く上下し、喉がひゅっと鳴るたびに、空気がうまく入ってこない。
指先が冷たく、膝の上で小刻みに震えていた。花束の輪郭が滲み、視界が揺れる。
白い空間の中で、カリの呼吸だけが、異様なほど大きく響いていた。誰かに謝るようにずっと、ずっと‥‥。だが、不思議と普通の生き物なら流れるであろう涙は流れていなかった。
「まったくお前はうるさい、いつまで生物の死を引きずってんだ、お前にとってそいつはただの友達なんだろ命の恩人ってわけでもないのになんでそこまで引きずるんだ。ボクには意味が分からない、やはりお前はあいつ‥‥」
どこからともなくトリガーが忽然と姿を現してカリに近づいていく。ただトリガーの言葉はカリの耳には一切入っていなかった。カリはうつむいたまま花束を見ていた。
「チャオ☆!、トリガー」
その時、突然トリガーの後ろに何の前触れもなく訪れる災害のようにリリスが現れた。軽快な挨拶を連れて。
「誰だ!‥‥‥ってリリス様か」
一瞬誰が分からなかったため後ろを向いて警戒したがそこに立っていた特徴的な紫の目と薄い紫色の髪のポニーテールでリリスだと判断した。
「リリス様、お前がいるってことはこいつに昔、因子でも埋め込んでたのか」
「正解!流っ石、時間は経ってもあいつの一部なだけあるね、ところでなんで君がここにいるのかな?、というかその姿と一人称もしかしてあいつ真似てんの愛が重すぎるでしょ、ちょっやばいってボクの腹ねじれそう!」
リリスはとある人物とまったく同じ姿のトリガーを見て体を倒して腹を抑えながらごろごろ転がっていた。
「そういうお前もその一人称あいつの真似だろ、それにお前だって姿変えられたら同じことしてるだろう」
そういいながらトリガーはカリをより男性に寄せた姿になり白衣をかっこよく羽織っている。
「おぉ、またもや正解!じゃあまぁここからちゃんと私のしゃべり方で話そうか。それにしても、やっぱトリガーはそっちのが似合ってるね。でなんでここにトリガーがいるの?」
「お前が暇つぶしに作ったとか言ったサイエン家でやっていた『悪魔を魔族もしくは人族の中に入れる』とかいうふざけた実験のせいでここにいる」
「ふーん、けどそんな実験成功するはずなくない?私がその子に因子埋め込んでるからあいつの眷属のトリガーは弾かれると思うけど‥‥‥‥」
リリスは腕を組んで十秒間真剣に考えた。リリスやトリガーの考える十秒間は普通の生物はもちろん上級の悪魔の数時間に匹敵する。
そんな、リリスの考えが導き出した答えはこうだった。
「そこのカリって子あいつ__帝級が一人『科学』の能力を持つ悪魔カリスの生まれ変わりって所だろ」
「流石だな、一応聞くがどうしてそう思った?」
「まず、そう‥‥だな、その子を見た瞬間にリカのあの姿と重なった。そして、まぁ似すぎだよね髪色からつま先から頭まで何もかも同じすぎる」
「他にはあるのか?」
「私の因子に適合したこととトリガーがここにいることだ。そもそも因子の方はそう簡単に適合できない。できていいはずない、六十億人の内二人か三人ほど適合できれば奇跡に近い。万が一、奇跡的に適合できたとしてもリカの一部から生まれたトリガーが私の因子に触れれば反発してトリガーがこの肉体から出れている、けど出ていない。つまりは私の因子を帳消しにするほどにトリガーに適した悪魔の因子があるってこと、そんなものはこの世に一つしかない。そう‥‥リカの因子だ!!ホント‥‥似すぎだよ‥‥なーんてね!」
リリスは一瞬だけなんとも言えない表情なったがそれも一瞬だけですぐににっこにこの笑顔になった。それでもほんの少しだけ瞳が揺れていた。
「で、トリガーはどうするの、その子殺してこの身体奪う気なの?カリスのことを抜きにしても身体として結構いいというか最高だと思うけど」
「それが出来たらもうやっている。分かって上で言ってんだろ、やっぱ性格がカリス様より一段も二段が悪いな」
そういいながらトリガーはカリの身体に手を触れようとすると青い電流がトリガーを拒絶するように流れてトリガーはカリから手を離す。
「な?」
リリスのいる方に手を差し出しながら振り向いたトリガーの腕は指先から蝕むように徐々に黒くなっていたが何の躊躇もなく手を切り落とし魔力で新しく再生させた。
「な?って言われてもはぁ、としか言えないけど、まぁ理解したよ。私の因子に含まれていた私の力『疫病』が見事なまでにその子と相性が良すぎて触れた瞬間に蝕むんでしょ。‥‥‥似てないな」
「あぁ似てないあいつと違ってお前との相性が良すぎる」
トリガーは座り込んだ。リリスはその隣に立って不敵な笑みをこぼしながらこう言った。
「私の因子と最っ高なまでに適合するカリスの魂の転生態、面白い知りたい‥‥‥壊すか」
「は?」
トリガーはリリスからこぼれたその言葉が衝撃的過ぎて呆気にとられながらリリスの方に振り向いた。
そこには紫色の魔力が右手からあふれ出してリリスがいてその周りの空間が紫に侵食されていく。
そんな、リリスから振り出される手刀はリリスと同格もしく同格以上の生物は当たったら確実に死ぬ。直撃を避けられたとしてもリリスの場合は少しでも来ている衣服や肌に触れた瞬間に魂ごと蝕んでいくウイルスが入り防ぐことは出来ない。
「せーーのっ!」
リリスは明るく手を振り上げたその時、空間がぐらッと地震が起きたかのように揺れる。そのおかげでリリスは振り上げた手を下げてどこか遠くを見た。
「だるっ、レインが来たみたいだね。流石にレイン相手なら私がここにいると外の私の意識に迷惑かかるからそっちいくか。じゃあまた後で会おうねトリガー、バーイ☆!」
それだけ言ってリリスはこの空間から魔力ごと一瞬で姿を消した。その一連の動きを見届けたトリガーは心から安堵してしまった。
「どうすればいいんだよカリス様‥‥クラスター。俺はこいつをどうすればいいんだよ、殺して肉体を奪えばいいのか、それとも‥‥救えばいいのか。頼む‥‥教えてくれ。あんたら二人を救えなかった俺に」
空間に投げつけたトリガーの願いはただただ虚しいほどに静かに消えていった。




