あの日、あの場所で④
目覚めた翌日、コンスタンスは一度ルーデル公爵邸に帰ることになった。
本当はすぐにヒース侯爵邸に戻りたかったが、大怪我を負った妻を心配したオレリアンが、傷が治るまで実家で静養して欲しいと言ったからだ。
もう何の障害もなくなり、想いが通じ合った2人である。
愛おしい妻がそばにいたら…、もしかしたら箍が外れて、無体なことをしてしまうかもしれない。
そんなことを恐れた主人が妻を実家に置いてきたことは、腹心のダレルだけが知っていることだ。
王宮を出る日の朝、オレリアンとコンスタンスは国王と王太子から謝罪を受けた。
極少人数で箝口令も敷かれた、極秘の謝罪である。
王妃からも謝罪を、という話だったが、それは拒否していた。
オレリアンとしては、大事な妻をあんな目にあわせた王妃にどんなに謝られようと許す気はない。
コンスタンスにしても、正直王妃には二度と会いたくなかった。
国王と王太子の謝罪を受け入れた2人は、王妃が病気療養を理由に王宮を離れ、離宮に向かうことを知らされた。
表立っては罪に問わないが、要するに離宮への軟禁であり、それが王妃への罰である。
コンスタンスを害そうとした罪に対してはかなり甘い処置であるが、未来の国母である王妃の罪を国民に知られるわけにはいかない。
申し訳ないがこれで矛を収めて欲しいと国王と王太子に頭を下げられ、元より国が乱れるのは望んでいないコンスタンスは即座に受け入れた。
「王妃様には感謝する気持ちもあるのです。この方と出会わせていただいたのですから」
そう言ってオレリアンを見つめ微笑むコンスタンスに、夫も渋々頷くしかなかった。
そしてそんな寄り添う2人を間近で見せられた王太子もまた、自らの初恋の終わりを思い知ったのである。
王妃のコンスタンスに対する気持ちは、かなり複雑だったらしい。
愛おしく思う気持ちと、憎らしく思う気持ち。
その相反する気持ちが事件を引き起こした。
優秀で、美しいコンスタンス。
しかし彼女に傲慢さはなく、その心根は素直で優しい。
未来の義母と慕ってくるコンスタンスを、王妃は本当に愛してもいた。
しかし彼女は王妃が溺愛する息子フィリップが想いを寄せる少女。
それに、自らの初恋の男の娘であり、その初恋の男と結ばれた憎むべき女の娘でもあった。
由緒正しい侯爵家の娘であった王妃は、生まれた時から未来の王妃になることを嘱望されていた。
実際王太子の婚約者候補になり、すんなりと婚約者にも決まった。
もう1人の婚約者候補だった少女が、ルーデル公爵家の令息と婚約してしまったからだ。
王妃は実は、その令息が好きだった。
だが、侯爵家の者は皆王妃になることを期待しているのだから、これでよかったのだと自分を納得させた。
だが…、いざ王太子妃として王宮に上がってみれば、実は王太子の方ももう1人の婚約者候補だった令嬢に想いを寄せていたと知った。
それは、舞踏会などで彼女を見る王太子の目を見れば明らかである。
しかも王太子は正妃との間にフィリップを設けると、義務は果たしたとばかりに次々と愛人を持った。
王妃もまた、王家の被害者だったのである。
後日談であるが、病気療養を理由に離宮に送られた王妃は、それ以降公式の場に姿を見せることはなかった。
そして、王妃が離宮に去って以来めっきり女性関係が大人しくなった国王は、間も無く体調を崩した。
王妃を全く顧みなかったことに、少しは良心が咎めたのだろうか。
病床で、王妃の名を呼んでいたと言う。
しかし王妃は国王の見舞いを拒み、2人が会うことは二度となかった。
国王は結局回復することなく、その数ヶ月後に崩御したからである。
その後即位したフィリップが母を王宮に呼び戻そうとしたが、彼女はそれも拒んだ。
そして離宮に軟禁状態のまま、その生涯を終えたのである。
また国王となったフィリップは、両親の愛憎、母が引き起こした事件、そしてもしかしたら自らも加害者になり得た事件に深く反省した。
あの時、フィリップにはコンスタンスをどうにかしようなどという考えは元々なかった。
だがコンスタンスは夫に操を立てるために自らを害し、オレリアンは妻を守るために王家にも楯突く勢いだった。
それを見て、悟った。
母だけが加害者なのではない。
傲慢で、独善的な自分も加害者だったのだと。
その後フィリップがコンスタンスに言い寄るようなことは、二度となかった。
そればかりか、正妃1人を大切にし、仲睦まじい国王夫妻として、国民に周知されるようになるのである。




