回想、コンスタンス⑦
王妃様に会うため王宮に向かった日、オレリアン様は王宮のエントランスで私を待っていてくださいました。
私は晴れ晴れとした気持ちで彼を見上げました。
この時すでに私は、王宮から戻ったらヒース侯爵邸に戻るつもりでいたからです。
たった半月程のお付き合いしかしておりませんが、私はオレリアン様の優しさ、あたたかさを知っています。
それで、十分だと思いました。
私は彼と、夫婦として歩んでいきたいと思ったのです。
お邸に戻ったら、私は妻として、彼を慕い、彼に尽くすでしょう。
そして、ヒース侯爵夫人として、世間にも、侯爵家にも受け入れられるよう頑張りたいと思うのです。
それが、私を根気強く待っていてくださったオレリアン様に対する、私の感謝の気持ちです。
でもまさか。
まさか、その直後にあんなことになるなんて。
自由のきかない手足と、火照る体。
私は恐れました。
今フィリップ殿下が現れて私に触れたりしたら、私は抗えないのではないのかと。
なんとか正気を保とうとする私の頭に浮かぶのは、オレリアン様の優しい笑顔でした。
私がこのまま殿下の妾になったりしたら、あの方はどんな顔をされるのでしょうか。
王命によって娶った妻をまた王家の勝手で奪われるなど、騎士としての彼の矜持も、どんなに傷つけられることでしょう。
そんなこと、絶対にあってはなりません。
私はペーパーナイフを自分の手首に当てました。
決して、自害しようと思ったわけではありません。
とにかく、正気を保たなくてはと思ったのです。
そうすれば、フィリップ殿下も私に触れようとはお思いにならないでしょう。
それに、そうして時間を稼げば、きっとあの方が助けに来てくれるような気がしたのです。
薄れゆく意識の中、私はオレリアン様に抱き上げられました。
そして彼の温かい胸に抱かれ、ようやく安堵いたしました。
彼は『貴女の騎士だ』と言ったことを、守ってくださったのです。
手首の傷による出血と、痺れ薬と媚薬を盛られた副作用で、私は再び眠り続けました。
そうして目覚めた時、私は『19歳の私』に戻っておりました。
目を開けると、目の前にはオレリアン様の端正な、けれど蒼ざめたお顔があります。
でも私が目覚めたことがわかると喜んで、涙を流されました。
その時私は一瞬、これは馬車の事故に遭った直後かと思いました。
彼の恋人を庇って私が怪我を負ったから、彼が責任を感じているのかと。
でも次の瞬間、私は全てを思い出しました。
この数ヶ月間に起きた出来事が、次々と頭の中に流れてこんできます。
『7歳の私』を、オレールはとても慈しんでくれました。
『16歳の私』に、オレリアン様はとても誠実に接してくださいました。
そして、『19歳の私』には…。
いいえ、『本当の私』には…。
私は、思い出しました。
事故に遭う直前、彼に離縁を申し出ていたことを。
7歳の私を彼が慈しんでくださったのは、私が何も知らない少女のようだったからです。
そう、長年この身に叩き込まれたお妃教育も何もかも忘れて、ただの少女に戻ってしまっていたから。
彼が愛してくれたのは、何も知らない、自由に跳ね回っていた頃の私だったのです。
また、16歳の私に『お付き合いから始めよう』と言ってくださったのは、彼の、事故に遭った私に対する贖罪の気持ちからです。
彼の恋人を庇って事故に遭ったから。
19歳の私は、彼に拒絶されていました。
それもそのはずです。
私はオレリアン様とセリーヌ様の仲を引き裂く邪魔な存在でしかなかったのですから。
そう、今の私では、彼に絶対に愛されないのです。
ああ、なんて残酷な運命なのでしょう。
記憶が戻った途端、そんな現実を思い知るだなんて。
いっそ、記憶なんて戻らなかったら良かったのに。
そう、あの、7歳の時の私のままでー。
でも、これは現実なのです。
私はヒース侯爵夫人として、現実を受け入れなくてはならない。
私はこの方を、セリーヌ様に返して差し上げなくてはならないのです。
だって彼には、幸せになって欲しいから。
たとえその隣が私の居場所じゃなくても、彼にはずっと笑っていて欲しいから。




