回想、コンスタンス①
この章はコンスタンスの一人称です。
「フィリップ殿下との婚約は解消することになった」
そうお父様から告げられたのは、私が17歳の時の、月が綺麗な夜でした。
私は返す言葉もなく、ただ涙を流すばかりでした。
だって、何を言えたでしょうか。
フィリップ殿下との婚約解消は王家の決定なのです。
どんなに辛くても悲しくても、受け入れざるを得ないではありませんか。
私はたしかに、フィリップ殿下をお慕いしておりました。
物心ついた頃はすでに私たちの婚約は整っており、私はこの方が未来の夫なのだとずっと思い定めていたのです。
フィリップ殿下は穏やかでお優しい方で、私はそんな殿下と過ごす時間が大好きでした。
殿下はよく私の銀色の髪を綺麗だと、頭を撫でてくださいました。
翠の目を可愛らしいと、瞼に口付けてもくださいました。
私はその度に胸の奥がキュンと鳴るのを感じました。
あれはたしかに、私の淡い初恋であったのです。
婚約解消の話があってから受け入れる直前、殿下と一度だけ2人きりで会う機会がございました。
解消されてしまえば、もう二度と2人で会うことも、話すことも叶わない私たちですから。
殿下はおっしゃいました。
『私は君と、一緒になりたかったよ』と。
その悲しそうな瞳を見て、私はあらためて胸を抉られるような悲しみを覚えました。
それまで当たり前のようにお側にいたから、これほどお慕いしていると、自分で気づいていなかったのかもしれません。
私も彼と一緒になりたかった。
王太子妃や王妃になりたかったのではなく、彼の妻になりたかった。
でも、結局私はその時もただ泣くばかりで、何も言葉に出来ませんでした。
『お慕いしていた』と、『貴方の妃になりたかった』と、それを伝えて、どうなると言うのでしょう。
でも、何も言わなくとも、殿下は私の心をわかっていてくださったでしょう。
『ごめんね』
そう言うと、殿下は私の銀色の髪を一房取り、愛おしそうに口付けました。
『私はこの国の王太子だ。国益に背くことは出来ないと、理解して欲しい』
私は黙って頷きました。
『私はこれから、新しい婚約者に誠を尽くすつもりだ。君もどうか、幸せになって欲しい』
こうして2人で会えるのは最後なのだから、殿下のお顔をよく目に焼きつけたいと思いました。
でも、悲しいことに、涙で殿下のお顔が見えません。
私たちが婚約解消するのは、隣国の王女様がフィリップ殿下に一目惚れされたからだと伺っております。
ただ、幸いに思ったのは、この縁談が王女様の我儘ではなかったということです。
王女様は殿下に婚約者がいることもご存知なく、無理矢理縁談をねじ込もうとされたわけでもありませんでした。
寧ろ、我が国と縁を結ぶことに積極的だったのは王女様の父君である隣国の国王陛下で、結局我が国の国王陛下が折れざるを得なかったのです。
王女様は素直で可愛らしい方のようです。
フィリップ殿下に恋していらっしゃる方なら、きっと、殿下をお幸せにしてくださることでしょう。
ええ。私はいいのです。
殿下がお幸せなら。




