いざ、王宮へ⑧
絶句するコンスタンスを見つめ、王妃は優雅にカップに口を付けた。
そしてコトリとカップを置くと、ニッコリ微笑む。
「私ね、知っていたの。ヒース侯爵に恋人がいたことも、彼が貴女に全く興味がないことも。だからわざと、貴女との縁談を持ち込んだのよ。だって貴女は我が国最高の淑女として成長したのだもの、いくらフィリップとの婚約が解消されたからといって、全く貴女の傷にはならないわ。貴族たちはこぞって貴女に求婚するでしょうし、きっと誰に嫁いでも貴女は大切に扱われ、幸せになれたでしょう」
微笑みを絶やさないまま語る王妃を、コンスタンスもまた黙って凝視する。
「貴女がね、夫に顧みられず不幸な結婚生活を送っていたならまだ良かったの。なのに貴女ったら、いつのまにかヒース侯爵と仲睦まじくやってるって言うんだもの。許せるわけないじゃない。やっぱりあの女…、貴女の母親と同じ、男を誑し込むのが上手なのだと思ったわ」
今度は蔑むように見据える王妃に、コンスタンスは目を見張った。
やはり王妃は、母を妬んでいたのだ。
王妃は我が国最高の女性として国民に崇められてはいるし、正妃として国王にも丁重に扱われている。
フィリップが即位すれば国母としてさらに大切にされることだろう。
しかし国王は王妃に義務とばかりにフィリップを産ませた後、次々と側妃や寵姫を迎え、フィリップの異母弟妹たちを産ませている。
一方ルーデル公爵は夫人を唯一の妻として慈しみ、社交界でも有名な愛妻家だ。
もちろん子供も夫人が産んだエリアスとコンスタンスしかおらず、『男子が1人では不安であろう』と側室を世話しようとした国王の話も即座に断っている。
身分はともかく、1人の女性としてどちらの方が幸せであるかは、火を見るより明らかだ。
そういう意味で王妃は気の毒ではあるが、しかし、母を貶められて黙っているわけにはいかない。
「母は…、そんな女性ではありません。父は本当に心から母だけを愛して…」
「そんな話、聞きたくないわ」
王妃はバサリと扇子で顔をあおいだ。
「フィリップの妾になりなさい、コンスタンス。そして、フィリップを支えて。貴女が受け入れてくれさえすれば、全て丸くおさまるわ」
そう言ってコンスタンスをジッと見つめてくる王妃の目を見て、コンスタンスは『私はこの目を知っている』と思った。
あの日も王妃はコンスタンスに言ったのだ。
『貴女さえこの縁談を受け入れれば全て丸くおさまるのよ』と。
あの日…?
あの日っていつ?
コンスタンスは頭を押さえた。
何か思い出せそうで、思い出せない。
ただ、王妃にそう迫られた場面は頭に浮かんでいる。
そう、あれはもしかしたら、フィリップとの婚約が解消されて打ちひしがれていたコンスタンスに、王妃が告げた言葉だったのかもしれない。
近衛騎士オレリアンとの縁談をねじ込んできた時の。
(その時からすでに私は、この人の手のひらの上で…!)
目眩がする。
喉の奥に、苦いものがこみ上げてくる。
だがコンスタンスはこみ上げてくるものをこらえ、王妃を見据えた。
「公式寵姫の話は受け入れられませんわ、王妃様。私はヒース侯爵オレリアンの妻ですもの」
「口を慎みなさい、コンスタンス。貴方の気持ち次第で、ヒース侯爵の処遇にも関わるのですよ」
それは、コンスタンスが拒めばオレリアンが罰せられるとでもいうことだろうか。
コンスタンスは唇を噛み、睨むように王妃を見据えた。
オレリアンの、あの、穏やかな笑顔が思い出される。
自分のせいで、また彼に迷惑がかかるのだろうか。
だが、今この状況を、この話を受け入れたりしたら、彼はもっと傷つくのではないだろうか。
まだ半月しか関わっていないが、きっと彼はそういう人だと思う。
(ダメだ、もう帰ろう)
話は終わっていないが、コンスタンスは立ち上がろうとした。
王妃に対して不敬かもしれないし、この後ルーデル公爵家やヒース侯爵家に何かしらお咎めがあるかもしれない。
でも、両親も兄も、そして夫オレリアンも、きっとコンスタンスが受け入れてしまうことの方に怒り、悲しむであろう。
「もう失礼しますわ、王妃様」
そう言って立ち上がろうとしたコンスタンスは、しかしグラリと傾いて、再びソファに沈んだ。
手にも、足にも、力が入らないのだ。
「……私……?」
必死に体を動かそうとするが、体が動かない。
しかも何やら体中火照ってきて、動悸がする。
王妃はそんなコンスタンスを見ながら、優雅に立ち上がった。
そして見下ろすと、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「やっと薬が効いてきたようね」




