いざ、王宮へ⑤
「コニー!」
フィリップはコンスタンスを見とめると、ツカツカと早足で走り寄って来た。
それは、今の『16歳のコンスタンス』が、たった2ヶ月前まで慕っていた相手である。
コンスタンスは動揺する気持ちを抑え、カーテシーをする。
「殿下、ご機嫌麗…」
「コニー!」
フィリップは挨拶するコンスタンスを無視して、その体に抱きついた。
婚約中でさえこれほど密着したことはほとんどなかったコンスタンスは、震えるほど動揺した。
「殿下!お放しください!」
「ああ、ごめん。君を見たら嬉しくて」
フィリップは抱擁は解いたが、片手はまだコンスタンスの手を握ったまま。
しかし彼女の様子から察し、
「ああ、記憶は戻ったんだね」
と微笑んだ。
前回会った時は7歳の幼女だったのだから、今の彼女の様子を見て記憶が戻ったと考えるのは当然だろう。
「じゃあもう元通りの君なんだね?ここに来てくれたということは、私の気持ちを受け入れてくれる気になったのだろう?」
「…何のことですか?私は王妃様にお茶に誘っていただいたため参じたのですが」
「…それだけか?」
フィリップは訝し気に母である王妃の方を伺った。
王妃はフィリップを見ると、
「コンスタンスとの話がついたら呼びにやるつもりでしたのに…」
とため息をついた。
コンスタンスの説得が無事済んだら、フィリップに会わせる魂胆だったのだろうか。
フィリップの変わらぬ姿を目の当たりにして、コンスタンスは悲し気に目を伏せた。
つい先日まで慕っていた相手であっても、もうすでに人の夫なのである。
そして、自分も人妻なのだ。
そのことを、絶対に忘れてはならない。
目を伏せるコンスタンスを見て、フィリップは彼女の頤に指をかけ、クイッと持ち上げた。
「私を見て。コニー」
コンスタンスは間近に迫ったフィリップの顔を見て、瞳を揺らした。
そこには、ずっと婚約者として寄り添って来た男の顔がある。
だが、自分は人妻なのだ。
絶対に動揺を悟られてはいけない。
「先日…、君がヒース侯爵を慕うのを見て、血が逆流するかと思うほど衝撃を受けたよ。やはり私は、君がいないとダメみたいだ。コニー、どうか、私の側にいてはくれないか?」
フィリップは指を滑らせ、彼女の頬に触れる。
「それは…、私に妾になれということですか?」
コンスタンスはフィリップの目を真っ直ぐ見据えたままたずねた。
「違う。そうではなく、私の恋人として」
「でも殿下には正妃様がおられるのです。言い方は違っても、結局私は妾ということでしょう?」
「正妃はいても、私の一番は君だ、コニー」
コンスタンスは悲し気に笑った。
そして、優しくフィリップの手を外した。
「殿下、今日お会い出来て良かったです。自分の気持ちに区切りをつけることが出来ましたから。私のお慕いしていた殿下はもっと誠実な方でした。以前の殿下なら、決して私に妾になれなどとおっしゃらなかった。私の婚約者だったフィリップ殿下はもうどこにもいないのだと、はっきりとわかりました。私が言うのは烏滸がましいですが…、殿下、どうかお妃さまを大切にしてくださいませ」
コンスタンスは今、漸く憑き物が落ちたような気がした。
『王太子が自分を妾に望んでいる』
それは、両親や兄から聞いて覚悟はしていたが、自分の耳で聞き、今はっきりと理解したのだ。
いくら未来の国王でも、いくら長年想っていた相手でも、妾になるのはごめんである。




