こころ、近づく③
(思っていた以上に、誠実な方だった…)
コンスタンスはフッと表情を和らげた。
オレリアンと対面することを決めたのは自分だが、正直、とても緊張していたのだ。
コンスタンスにはここ4年近くの記憶が無い。
その間に起きた事実に衝撃を受け嘆き悲しんだが、2ヶ月かけてようやく受け入れ、前を向く気持ちになった。
ようやく書類上の夫とも向き合う覚悟を決めたのだ。
だが、そうは決めてもやはり不安で仕方がなかった。
彼がどんな人物かも、自分たちが夫婦としてどんな生活を送っていたのかも、何一つ覚えていないのだから。
コンスタンスは兄に、オレリアンと2人きりにしてくれるよう頼んだ。
そして兄が渋々部屋を出ると、コンスタンスは真っ直ぐにオレリアンを見つめた。
「侯爵様…、これからの、率直なお話しをさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「侯爵様は、私と離縁をお望みですか?」
コンスタンスに問われて、オレリアンは驚いたように目を見開いた。
離縁の話が出るとは思っていたが、まさか、自分の望みを先に聞かれるとは思わなかったのだ。
だがオレリアンは気持ちを落ち着かせるよう静かに息を吐くと、こう言った。
「私は…、離縁は望んでいません。たしかに元々お互いが望んだ婚姻ではありませんが、私は貴女との結婚生活に幸せを感じ始めていました。できることなら、このまま共に、死が2人を分かつまで、共にありたいと願っております。しかし、もし…、離縁がコンスタンス嬢の希望なら、私はそれに添いたいと思います」
「それが、王太子殿下の側妃になるための離縁としてでもですか?」
「……え……っ?」
オレリアンは驚き、一瞬絶句した。
やはり彼女は、例え側妃であっても王太子の側にいたいと願うのだろうか。
しかし、それが例え彼女の望みでも…。
「私は、貴女が側妃になるところなど見たくはありません。貴女が他の女と1人の男の寵を競うなど、あってはならない。例え相手が私でなくとも、貴女は唯一の女性として愛されるべき人だ」
「でも、私を側妃として差し出せば、貴方にもきっと恩恵があるはずです」
「なんてことを…!」
オレリアンはコンスタンスをキッと見据えた。
その目は怒りに燃え、肩は震えている。
(これは、誰だ)
オレリアンは自分の耳を疑った。
そして次に感じたのは、言いようのない怒りだった。
たしかに、妻を離縁して王太子の側妃に差し出せば、王室に恩を売ることが出来、出世や褒美に繋がるだろう。
そう、かつて王妃に持ち込まれた縁談によって、侯爵位を得たように。
実際結婚した当初は、妻からそんな風に思われ、蔑まれているだろうと思っていた。
だが…、オレリアンの知るコンスタンスは、こんなことを言うはずはない。
「私を、そんな男とお思いか」
彼のその怒りの目を見て、コンスタンスは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。失言でした」
「失言って…」
睨むように自分を見つめるオレリアンに、コンスタンスは気まずそうに口を開いた。
「私は、本当は側妃になんて、なりたくないのです。だから、侯爵様がどうお考えなのか知りたくて、」
「私を、試したのか?」
未だ怒りの収まらないオレリアンの低い声を聞き、コンスタンスは息を飲んだ。
そして胸に手を当てると落ち着かせるように目を閉じる。
深呼吸すると顔を上げ、オレリアンの蒼い瞳を真っ直ぐに見据えた。
「侯爵様…。私の…、正直な気持ちをお話ししてもよろしいですか?」




