こころ、近づく①
「また飲んでいたのか?」
グラスを片手に窓辺で座り込んでいる主人を見て、ダレルは眉間に皺を寄せた。
オレリアンの足元には酒瓶が転がっている。
「月見酒だ。心配するな。勤務には差し支えない」
出て行けとばかりに鷹揚に片手を振る主人に、ダレルはツカツカと歩み寄った。
そして、主人の手からグラスを取り上げた。
「もうやめておけ。過ぎれば体を壊す」
「放っといてくれ。月を愛でているだけだ」
「そんなところに座り込んでみっともないぞ、ヒース侯爵。近衛騎士の誇りはどこへ行った?」
「ハッ、近衛騎士の誇りか!」
オレリアンは嘲るように唇の端を歪めた。
たしかに、王族を守る近衛騎士に選ばれたことは、名誉であり、誇りであった。
だが今、その王族によって運命を弄ばれているのは自分ではないか。
普段のオレリアンは、酒は非番の前日…、しかも嗜む程度にしか飲まない。
生真面目な騎士である彼は、剣を持つ腕が鈍るからと、騎士仲間で飲む時もほとんどアルコールを口にしなかった。
それなのに、あの、ルーデル公爵邸を訪ねなくなった日から、オレリアンは毎晩酒を飲むようになった。
しかも、こうして潰れそうなほど飲むのだ。
あれほどストイックだった主人の今の醜態を見て、ダレルはため息をつく。
そして、手に持っていた封書を手渡した。
「…手紙ですよ、旦那様」
「…手紙?こんな夜更けに?」
訝しげに差出人の名前を見たオレリアンは、酒ですわった目を、驚いたように見開いた。
「…コニーからだ…」
「ああ。ルーデル公爵家の使いの者だったからな」
封筒から便箋を取り出してサッと目を走らせたオレリアンは、それをそのままダレルに手渡した。
「やはり酔っているらしい。明日、コニーが俺に会いに来ると書いてある」
「失礼…。ああ、そうみたいだな」
手紙には、明日、コンスタンスが兄エリアスと共にヒース侯爵邸を訪ねたいと書いてある。
「ふっ…、いよいよ離縁の相談か」
窓から月を見上げ、オレリアンは呟いた。
この2ヶ月以上対面を拒否していた彼女が突然会いに来るなどと、離縁の話以外考えられない。
「…そうとは書いていないが…」
「書類上の夫というだけで赤の他人なんだ。そんな男と会う理由なんて、1つしかないだろう」
コンスタンスが15歳の少女として目覚めた日から、いつかこんな日が来ることは予想していた。
それでも奇跡が起きるかと毎日花を贈るなどして足掻いてみたが、無駄だったようだ。
ただ、コンスタンスはオレリアンの話題だけで頭痛を起こしたというのに訪ねて来たりして平気なのだろうか。
苦痛を押してでも来るということは、彼女は彼女なりのケジメをつけたいのかもしれない。
「そうか…。会うのは最後になるかもしれないんだ。俺も、無様な姿は見せられないな」
オレリアンは立ち上がると、だらしなく着崩していた襟元を抑えた。




