再び、王都へ⑩
コンスタンスがオレリアンの手を引いてあっちの店、こっちの店と見ていると、街のそこここで
「もうすぐ王太子様のご成婚だなぁ」
「成婚記念のパレード、楽しみだなぁ」
などという声が聞こえてくる。
王都の街は、もうすぐ挙げられる王太子の成婚式祝賀ムードで賑わっているのである。
「そうか…、いよいよフィリップ殿下の成婚式があるのね。盛大な祝賀パレードがあるんでしょう?楽しみね!」
「ああ…。それよりコニー、お腹はすかないか?何か美味しいものでも食べよう」
「うん!」
笑顔で頷いたコンスタンスだったが、その直後に頭を押さえて立ち止まった。
「…んっ…」
「コニー?どうした?」
「オレール…、あたま、いたいの…」
「コニー!」
オレリアンはガバッとコンスタンスを抱き上げると、
「リア!水を!」
と叫びながら道の端に移動した。
そして日陰に入ると、コンスタンスを横抱きにしたまま座り込んだ。
「コニー、大丈夫か?」
オレリアンは焦った顔でコンスタンスの顔を覗き込む。
コンスタンスは目を閉じ、頭を抱えたままジッとしている。
冷やしたハンカチを頭に当てたり、背中をさすってやっていると、しばらく目を閉じていたコンスタンスがパチリと目を開けた。
「…オレール…」
「無理して話すな、コニー」
コンスタンスはオレリアンを見て微笑むと起き上がろうとした。
「ごめんなさいオレール、もう大丈夫」
「ダメだコニー。もう少しこのままでいるんだ。今ダレルが馬車を呼びに行ったから、今日はもう帰ろう」
「え?嫌よ、嫌!もっといっぱいオレールと歩きたい!」
「また連れて来てあげるから。今日は帰ろう、コニー」
「いや、帰りたくない」
「今日はダメだよ、コニー」
「オレール、お願い」
コンスタンスの瞳からポロリと涙が溢れる。
オレリアンはコンスタンスの涙にものすごく弱い。
でも心を鬼にして彼女に告げる。
「コニー…、貴女が心配なんだよ。帰ってお医者さんに診てもらおう?」
「診てもらったって同じよ。また何でもないって言われるでしょ?」
唇を尖らせながら訴えるコンスタンスを見て、オレリアンの方が泣きそうな顔になる。
最近コンスタンスは、こうして時々頭痛を訴えることがある。
ずっと続くわけではなく、少しジッとしていると落ち着いてくるのだが、その度にオレリアンは生きた心地もしなくなるのだ。
もしや事故の後遺症ではないかと医者に診せても、医者は特に異常は無いと言うばかり。
ただ、オレリアンにはこの頭痛がフィリップ王太子と関係があるように思えてならない。
事実、コンスタンスが頭痛を訴え始めたのはフィリップ王太子と再会した直後からだった。
その後も王太子の噂を耳にしたりと、何かしら彼の名前が出てきた時だ。
今だって、王太子の成婚パレードの話が出た直後だった。
この頭痛が記憶喪失に関わっているのか、医者にもわからないし、当然オレリアンにもわからない。
だがオレリアンには、フィリップと会ったことによって記憶が蘇ろうとしているように思えるのだ。
正直、コンスタンスの記憶が蘇るのは怖い。
彼女が記憶を取り戻す時は、あの、冷え切っていた白い結婚と、薄情な夫であったオレリアンを思い出す時なのだから。
だが、それよりもっと怖いのは。
頭痛がするたび目をギュッと瞑るコンスタンスの、その目が再び開かなかったら、と思うことだ。
医者の言うとおり何も異常が無いならばいい。
だが、彼女は頭を打っているのだ。
もし本当に、事故の後遺症だったら?
頭痛を起こすたび、コンスタンスの脳が蝕まれていたら?
それを考えると、怖くて怖くて仕方がない。
彼女が自分を忘れてしまうかもしれないとか、冷たかった夫婦関係を思い出してしまうかもしれないとか、そんなことより、彼女が目の前から居なくなってしまうことの方がずっと怖いのだ。
だからオレリアンは、以前よりさらに、仕事以外の全ての時間をコンスタンスと一緒に過ごすようになった。
自分が見ていないところで頭痛を起こしたら?
もしそのせいで、倒れたりしたら?
そんなことを考え始めると、本当に怖くて怖くて仕方がないのだ。
この頭痛の件はルーデル公爵家にも伝えてあり、公爵家では頭痛や記憶喪失に詳しい一流の医者を探している。
今日だって本当は、王太子成婚の祝賀ムードに沸く街になど連れて来たくはなかった。
だが一方で、彼女を邸に閉じ込めるようなことはしたくないし、喜ぶことをしてやりたいとも思うのだ。




