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ある日、目が覚めたら④

「記憶喪失ですって⁈」

声を張り上げたのは、コンスタンスの母である公爵夫人だ。


医師の診察の後、コンスタンスは水分と軽い食事をとり、再び眠った。

そして今、皆は侯爵邸の応接間に集まり、医師の診断を聞いている。

両親であるルーデル公爵夫妻、兄であるエリアス、そして、夫であるヒース侯爵オレリアンである。

医師はその4人を前に、コンスタンスは頭を打ったことが原因で、記憶喪失に陥っていることを告げた。


「でも、コンスタンスは私のことはわかったぞ?」

公爵がズイッと医師に詰め寄る。

たしかに、コンスタンスはすぐに両親を認識していた。

わからなかったのは、夫と兄だけである。


「奥様はその…、12年分の記憶が抜けているようなのです」

「12年?」

「はい。どうやら、7歳より以前のことは覚えていらっしゃるようです。ですからお兄様に関しては、記憶の中のお兄様とあまりにも違い過ぎていてわからなかったのでしょう」


コンスタンスより3歳上の兄エリアスは現在22歳。

自分を7歳だと思っている彼女からしたら、兄はまだ10歳の少年であり、22歳の見知らぬ青年はおじさんでしかないのだろう。

「だから…、おじさま…」

愛する妹におじさん呼ばわりされ、エリアスはがっくりと頭を垂れた。


「7歳…」

誰ともなくポツリと呟く。

だが、それならばコンスタンスが見せたあの幼げな表情も仕草も説明がつく。


「コニー…、可哀想に…」

そっと涙を拭く夫人の肩に、公爵が労わるように手を乗せる。

「…コニー…」

そして皆は、彼女の記憶が王太子の婚約者に決定した翌日から途絶えていることを知り、余計に落ち込んだのだった。


エリアスは頭を上げ、項垂れる両親を見つめる。

19歳にして完璧な淑女であった妹は、なんと7歳の幼女に戻ってしまった。

辛い思いをさせてきた娘の幸せを願っていた両親にとっては、耐え難い哀しみであろう。

だが…。


エリアスは顔を妹の夫オレリアンの方へ向けた。

年上ではあるが、オレリアンはエリアスにとって義弟である。

この義弟は美しい金髪に蒼い瞳を持ち、なかなかの美丈夫だ。

そして、数々の武勲を挙げた、立派な騎士でもあった。

もちろんオレリアンも今のこの状況に混乱はしているのだろうが、実際、心の底からコンスタンスを心配しているかどうかは疑問である。


「ちょうど…、良いのではありませんか?」

エリアスの言葉に、オレリアンが顔を向ける。

エリアスは一瞬彼と目を合わせた後、スッと両親の方に目をやった。


「コニーの記憶から辛かった時期がすっぽり抜けているということです。だったら私たちはコニーを公爵邸に連れ帰り、慈しみ、また家族の愛で包んでやればいい。7歳から、やり直せばいいだけです」

「ああ…、そうか…。そうだな…」

顔を上げた公爵の目にはすでに希望の色が現れている。

「そうね、そうよ…。コニーを連れ帰りましょう」

公爵夫人も顔を上げ、明るい声で言った。


そもそも3人はコンスタンスが目覚めたら連れ帰るつもりで来たのだ。

記憶が欠落してはいるが、体の怪我が軽かったことは不幸中の幸いであった。

そう、7歳の幼女ならそれらしく、家族で守り、慈しめばいいではないか。

「それならば早速支度を…」


「お待ちください」

立ち上がりかけた公爵夫人を止めたのは、オレリアンだ。

オレリアンを無視して決められていくコンスタンスの処遇を、夫として黙って見ているわけにはいかない。


「コンスタンスは私の妻です。私が…」

彼女の世話をしたい、という言葉はエリアスの

「書類上のだろう?」

という言葉に遮られた。


「しかし…!」

「オレリアン」

公爵の低い声が応接間に響く。

オレリアンは言葉を切り、息を飲んだ。

公爵夫妻もエリアスも、オレリアンとコンスタンスの仲が冷え切っていたことは知っている。

結婚して1年以上経つが、妻を領地に置き去りにして、彼自身はほとんど王都のこの侯爵邸で暮らしているということも。


「今ここで君を責める気は無い。この結婚は、君だって被害者だったのだから。だが…、この邸には、君の義母である前伯爵夫人もいるだろう?この家ではコニーは…、いや、君の側では、コニーは気が休まらない」


公爵の言葉に、オレリアンは項垂れた。

この邸では彼女が養生できないと言われてしまっては、返す言葉がない。


コンスタンスに移動の許可が医師からおりるまで、彼女の世話は母親と侍女がつきっきりで行った。

その間、コンスタンスが混乱するからと、オレリアンは彼女に会わせてもらえなかった。

当然、今や彼はコンスタンスにとって見知らぬ赤の他人である。

7歳以降の記憶がないコンスタンスは、オレリアンと結婚したことも、侯爵夫人として暮らしていたことも忘れているのだから。


「いや、記憶があったとしても、赤の他人以下か…」

オレリアンは自嘲気味に笑った。


数日後、馬車に乗せられて去って行く妻を、オレリアンは少し離れたところから見送った。

馬車に乗りかけた妻はオレリアンに気づき、小さく会釈した。

そして、動き出した馬車から振り返り、見送るオレリアンに小さく手を振った。

驚いたオレリアンも僅かに右手を挙げる。


遠去かり、見えなくなっても、オレリアンは馬車の去った後にただ呆然と立ち尽くしていた。


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