蜜月、やりなおし⑨
ヒース領での残りの日々を惜しむように、オレリアンは妻との時間を大切にした。
相変わらず毎日のように視察込みのデートに誘い、離れて仕事をすれば飛んで帰って来る。
邸の中でも外でも楽しそうに戯れる2人の姿は、周りの者にまで幸せを分け与えているかのようであった。
そうして、瞬く間に2ヶ月近くの時が流れ、2人がヒース領で暮らす日も、残りわずかとなった。
今日もオレリアンが急いで帰って来ると、コンスタンスは庭でカナヘビを観察していた。
貴族のお嬢様なのに、コンスタンスはちっとも虫や爬虫類を怖がらない。
「コニー」
「ひゃあ!」
突然声をかけられて驚いたコンスタンスは尻餅をつきそうになる。
夢中で地面を見ていたせいで、夫が後ろから忍び寄っても気づかなかったらしい。
「おっと」
オレリアンは咄嗟に妻を支え、そのまま軽々と抱き上げた。
「私のお姫様は何をそんなに夢中で見てたのかな?」
「おかえりなさい!オレール!」
「ああ、ただいま、コニー」
首に腕を回して笑顔で見上げる妻に、オレリアンも笑顔で応える。
「カナヘビを捕まえようとしたらね、尻尾を切って逃げるのよ?」
「ハハ…、なかなか残酷な遊びをしてたんだね」
「遊びじゃないわ。お勉強よ。それにすぐに尻尾は生えるわ」
コンスタンスは自分の手のひらに乗せた尻尾を見せた。
切れたばかりの尻尾はまだ動いている。
「うーん、なかなか悪趣味だね。尻尾はすぐには生えないから追い込まないであげようね」
「え?すぐには生えないの?それは、可哀想なことをしたわ」
コンスタンスはシュンとなって、尻尾を見つめた。
彼女はとても好奇心が旺盛だ。
昨日は飽きずにずっと蟻の行列を眺めていたし、一昨日は庭に遊びに来たリスを追いかけていた。
色々なことに興味を示すのはいいが、自分と2人だけの時は自分だけを見て欲しい…などと、オレリアンは思うのだが。
「……ん?」
ふと目をやった先に、抱き上げた妻の爪先が見えた。
「血がついてるよ?切ったんじゃないのか?」
オレリアンは妻を芝生の上に降ろすと、座らせて、足首を持ち上げた。
「キャッ!」
スカートの裾が捲れ上がり、コンスタンスが小さく叫び声を上げる。
すると、近くで控えていたリアが血相を変えて走り寄って来た。
「旦那様!淑女に何をなさいます!」
主人の前に立ちはだかろうとするリアを、オレリアンは胡乱な目で見上げた。
そして、妻の爪先にそっと触れる。
「痛っ!」
コンスタンスが小さく叫び声をあげると、オレリアンは苦笑した。
「見てごらん、リア。これが淑女の足?」
「まぁ」
「裸足で庭を走り回ってるから、石か草で切ったんだろう」
リアは主人の血の付いた足先を確認すると、ため息をついて2人から離れて行った。
「見せてごらん?コニー。薬を塗ってあげるよ」
オレリアンは妻の爪先をハンカチで拭い、懐から塗り薬を取り出す。
騎士であるオレリアンは塗り薬を常備してはいるが、最近は特に、こうして妻がちょこちょこ切り傷を作るものだから、常に携帯しているのだ。
「くすぐったい!」
「こらコニー、じっとして」
「くすぐったいってば!オレール!」
「全く…、このお姫様は10秒とじっとしていられないのか?」
「もう!子供扱いばっかりして!私が子供っぽいからオレールは奥さんとして見てくれないの?」
「そんなことないよ。俺の可愛い奥さん」
「ほら、子供扱いしてる。最近はずいぶん大人になったってみんな言ってくれるんだから。ゾフィ先生だってね、びっくりするほど覚えがいいって褒めてくれるのよ?もうお勉強だってすごく進んでるんだから」
ゾフィ先生というのはヒース領に来てから雇った家庭教師だ。
マナーや常識、簡単な勉強を教えてくれている。
「進んだって、どのくらい?」
「えーとね、12歳くらいかしら」
「そうか。じゃあ12歳の淑女だな」
そう言うと、オレリアンはコンスタンスの白い足先に口付けた。
「キャァ!そんなところ汚いわ!」
「ハハッ、俺のお姫様に汚いところなんてないよ」
いつまでもイチャイチャする2人に呆れたような目を向け、リアはさらに離れた。
そしてそのさらに離れた場所からは、ダレルも苦笑して眺めている。
「記憶が戻ったら…、私は大人に戻れるのよね?そうしたらオレールは、私をちゃんと奥様扱いしてくれるの?」
コテンと首を傾げて夫を見上げるコンスタンスに、オレリアンはハッと胸を衝かれた。
そして妻を見つめると、
「いや…、記憶があってもなくても、コニーは俺の大事な奥様だよ」
と言って優しく髪を撫でた。
その自分を見つめる夫の瞳はとても優しいけれど、少し悲しげに見えるのはなんでだろう…、とコンスタンスは思った。
そしてなんだか切なくなって、夫の首に抱きついた。




